【シャアム】lift

シャア×アムロ。現パロ。シャアは外交通訳、アムロはSE。シャアがもんもんとしてる。外交通訳って格好いい。

 帰国した夜に、アムロから四文字のメッセージを受け取った。

 私は外交通訳として、今回発展途上国の技術支援をするプロジェクトに参加している。
 支援が第一の目的だが、様々な国の思惑が絡んでうまく進まない。強国はパワーバランス維持のために否定的な意見を漏らしたり、別の強国は今すぐ支援すべきだと主張する。支援を申し出た国――私を振り回すクライアント――は譲らなかった。
 意志が強い男には好感が持てる。
 アムロを思い出すからだ。しかしこの男の信念はアムロにはほど遠い。
 男は用意した資料を指差してマイクをオンにする。私はクライアントの思想を周りに伝えるため、ひと言も言葉を漏らさないよう耳と脳を働かせ、可能な限り正直に透明に意思を拡張する。――声の温度感まで。
 国を対立させてしまえば後の対応が厄介だ。いや、対立に傾いてしまった時点で終わりだ。周りの国もそれを理解しており、偽善をもって朗らかに会は進む。
 反論する相手の嫌味をフィルタリングして、言いたいことだけを伝えた。男の言葉は優しかったが、中に明確な拒絶があった。後進国に絡む利権、見えない国境、介入機会の損失を朗々と非難する。事前にクライアントを調査してはいたが、この男はいささか頑なだった。多少強引なのは良い。行き過ぎると暗雲を呼ぶ。
 支援対象国の代表者を見ると成り行きを心配そうに見ていた。
 虫の羽音に似た小さなノイズを拾ったマイクが討論を邪魔るように響いていた。
 偽善に舗装された支援の言葉には吐き気がする。自らこの職に就いたが、今回のように憤りを感じることがある。
 支援を申し出る国には二パターンある。
 一つは自力で歩いていけるように教育する国。これは稀だ。
 もう一つは都合のいい仲間を増やすよう教育する国。後者が大半である。己が繁栄するために持てる他者を利用する。善行を足がかりに支援国家に搾取を行うのだ。貪欲で醜悪な国はこの場で道化を演じる。
 クライアントはどちらだろうか。この男の正義にチャンネルを合わせて再びマイクをオンにすると、幾人かが顔を歪めた。男の卓の水差しが震える。
 世界は国という利己的な生き物が運用している。

 ホテルの部屋に帰り、数日前にアムロに送ったメッセージの返事を確認したが届いていなかった。
 ――デスマーチとやらは終わっただろうか。
 諦め、スーツを脱いでシャワールームに向かう。早く汗を流して明日の資料の確認をしなければならない。
 アムロと最後に会ったのは先月だった。
 熱めの湯を浴びて打算と偽善に塗れた疲労を流した。
 もういい加減にアムロに会いたい。
 ここ最近のアムロは深夜に帰宅するか会社に泊まり込み、せっかくの休日に会いに行っても彼は部屋に閉じこもって仕事ばかりしていた。
 長期の出張を前に、どうしても顔が見たくてノックすると「邪魔をするな」とそっけない言葉だけ返ってきた。
 私はその言葉と共に飛行機に乗った。

「終わった」
 四文字だけのメッセージだ。――私はすぐ電話をかけた。
 徹夜明けの声は無防備で幼く、直ちに駆けつけて抱き締めたくなった。きっと半分瞼が下りているだろう。
 アムロのいたプロジェクトの工程はスケジュール通りに進んでいたが、別のプロジェクトは度重なる障害により大幅に遅延していた。
 それを見かねたアムロがヘルプに入り、終わりのない対応に着手した、とのことだった。
「何も君がそこまでやる必要はないのでは」
「いいんだよ。困ってんだからお互い様で。チームだろ」
 彼にそう言われると何も言えない。
 無事ヤマは越えたそうだ。
 後は残ったメンバーで対応できるからもう大丈夫だ、と言って電話口からアムロの寝息が聞こえてきた。
 アムロは優しい男だ。甘くて愚かだ。
 私たちと違って裏表がない。単純に助けたいから手を伸ばしただけだ。見返りなど求めない。先の要人どもには彼の動機が理解できないだろう。個人と国の違いはあれど、結果動くのは人間だ。
 人間不信に陥る私をアムロの善性が引き上げてくれる。彼だけが私を助けてくれる。
 携帯電話を置き、パソコンの電源を入れた。
 アムロと対等でありたいが、依存してしまっている。彼がいないと息ができない。早く彼に会いたい。

 アムロとふたりきりになりたい一心でスケジュールを調整し、温泉旅館を予約した。もちろん、労う気持ちはある。同時に労ってもらいたい気持ちもある。そして下心も。
 アムロは文句を言っていたがしぶしぶ承諾した。彼は大抵誘いを受けてくれる。
 休みの朝、愛車にアムロを乗せてハンドルを握った。久しぶりに見た彼は想像より精悍で幼かった。この場で抱いてしまいたいと思いながら、高速道路に合流した。
 助手席で缶コーヒーに口をつけるアムロから視線を感じ、「なんだ」と続きを促すと呆れたように息を吐いた。
「強引だって言われないか」
「いや? クライアントからは言いたいことを汲み取って伝えてくれると有難がられるが」
「そういう強引さではなくて」
 質問の意図は理解していたが、あえて誤解したふりをした。強引なのは承知の上だ。
 最後にアムロに触れてからどれくらい経っている。多少は許されてしかるべきだろう。アムロは半眼でこちらを見ていた。半々、といったところだろうか。指摘を認めたくなくて、分からないふりをした。アムロにバレてしまっているため、もはやパフォーマンスに近い。
「君が何を言いたいのかよく分からないが」
 アムロは舌打ちをして、「もういい」とシートにもたれた。アムロの舌打ちすら新鮮だった。
 強引だから何だと言うのだろう。私が強引であれば動きやすいだろう? 君も、私も。
 彼は繊細で受け身な天邪鬼と形容していい。
 隣で機嫌を損ねたふりをしている。

 旅館に着いてすぐ、私たちは案内された部屋に荷物を置き入浴の準備をして大浴場に向かった。
「もう少しひと休みしてから行かないか」と言われたが、「腰を落ち着けたら動けなくなってしまう」と座布団を枕にしようとしたアムロを立ち上がらせた。
 向かう途中、アムロはもぞもぞと居心地悪そうに浴衣を直していた。浴衣の裾から見える白い内腿に視線が吸い寄せられる。着慣れないらしい。
 アムロは緩んでしまった帯を雑に結んでエレベーターのボタンを押した。繊細な作業をこなす彼の指は、時にひどく雑に振る舞う。
「結ぼうか」
「いい。すぐ脱ぐし」
 裾に足が絡まって転ばなければ良いのだが。
 扉が開いたエレベーターに乗り込んだ。アムロが目を向ける。
……浴衣、着慣れているのか」
「いや。君よりはマシのようだが」
「ふーん」
 自分だけ苦戦しているのが気に入らないらしい。彼は一見どうでも良さそうな顔をしているが、気にしている。そのことが私を喜ばせた。
 開いた襟から覗いた滑らかな首筋を見つめていると、不機嫌な声が上がった。邪な気持ちに気付かれた。敏感な彼には隠し事ができない。いや、特に隠してはいなかったが。
 君が浴衣を着慣れなくて良かったと思っている。歪む唇を隠すためそこに唇を落とすとアムロは非難を込めて振り向いた。
「公共の場だぞ」
「誰もいない」
 ――少なくともこの箱の中には。
 目的の階で扉が開くと客が数人待っていた。
 アムロは身体を離してさっさと歩いて行ってしまった。あれ程までに気にしていた浴衣の裾を放して大股でずんずんと歩いて行く。
 君こそ公共の場で晒して良いものではないだろう。
 柔らかい絨毯を踏みしめ、同じく大股で彼の後を追った。途中、視界の端に土産物屋が入った。後でアムロと覗こう。
 脱衣場でスリッパを収めているアムロの腕を掴んだ。ようやく捕獲できた。
 スリッパは私たちが履いてきたもの以外になかった。幸運なことに今はどうやら誰も浴場にいないらしい。
「離せよ」
「君、浴衣が」
 帯は解けていなかったものの胸や太腿は肌蹴ており滑らかな肌が露われていた。もう三十ともなろう男が、無防備すぎではないか。
「うわ、やば」
 浴衣の前を慌てて閉めて、アムロは適当なロッカーに荷物を入れた。
 ロッカーをアムロの隣に決め、浴衣を脱ぎ始める。隣に目をやるともう全裸になっていた。
 思い切りが良すぎる。髪を縛りながら横目で彼の身体を検分する。しなやかな腕、柔らかそうな太もも、尻。前回会った時より痩せたようだった。抱き寄せて腰回りを確認したかったが我慢する。ここは公共の場だ。
 アムロはロッカーの鍵を閉めながら胡乱げな視線を向けた。
「なんだ」
「いや、人がいなくて良かった」
 下着を脱いで、「君の肌を他の人間に見られなくてな」と本心からの笑みを浮かべると、「馬鹿なのか、あなたは」アムロは呆れた。
 馬鹿ではないよ。君の身体を独り占めしたいだけだ。
「あなたと付き合って長いけど、こうやって風呂入るのは初めてだな」
 湯船にふたり並んで浸かりながら一息ついたところに、アムロがぽつりと言った。
 彼から「付き合っている」という言葉を聞いたのが初めて――私の記憶するところでは――だったため、信じられずに反応が遅れた。改めて私達は恋人同士であると自信が持てた。ここまで私を不安にさせたり喜ばせたりできるのは、この男だけだ。
「おい、シャア?」
 目の前で振られた手を掴んだ。
「君が私を恋人と認識して……?」
……なんだよ、恋人じゃなかったら今まで何のつもりだったんだよ」
 呆れたアムロの返事に実感が湧いて頬どころか耳まで熱を持つのを感じた。アムロと恋人。
「そうだが、君にはっきりと言われると」
「え、もしかして照れているのか?」
……いや、そうでは、」
 ばしゃ、と別の客が浴場に入ってきた。露天風呂に向かうアムロを追って外に出た。
 竹で規則正しく囲われ、石造りの露天風呂にアムロは入っていく。
「入れよシャア。お前がここの宿選んだんだろ」
 内湯より温度が高い。慎重に身体を沈めた。
「ああ。ここの湯にはいくつか効能があってな。疲労回復、冷え性、肩こり、胃腸機能低下……すべて君に必要だと思って調べた。ゆっくり浸かるといい」
 アムロは肩まですっぽり湯につけて目を閉じている。冬の入り口から流れる風が水面を撫でていく。不意に名前を呼ばれた。
「嫌なヤツとやり合ったって顔に出てるよ。分かりやすい」
「何」
「出張疲れたんだろ? 電話で暗い声していたし」
 半分寝ていたくせに、彼は分かったのだろうか。そんなに酷い声を出していたのだろうか。
「俺の慰安っつーより、あなたの慰安でもあるだろ」
 アムロは背中を向けて静かに移動し、景色を見ている。ここの温泉旅館は山中にあり、見渡す限り森だ。静かな情景にアムロの声が落ちる。肩甲骨から背骨まで雫が流れていった。
「しかも温泉って、あなた……えっちだね」
 アムロは大きめの石に頬杖をついて、私を見つめる大きい瞳がおかしそうに緩んだ。
 馬鹿な。見抜かれている。