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悠環 彰
2025-12-03 22:17:08
4166文字
Public
MCU:バキサム
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Frozen with cold.
雪の日の思い出と、寒さと、バキサム。
※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作
さむい。
意識が覚醒してまずサムが思ったのはその一言だった。手足の末端から全身に染み渡るような冷え。体の重さ。身動ごうとして、上手く行かずに一度脱力する。
はて、自分は何をしていたんだったか。
思考が回り始めると、次に状況について考える。閉じていた瞼を開こうとする。まるで凍りついてしまったみたいに開けづらい。何度か力を入れては緩めてを繰り返し、なんとか開くも視界はぼんやりと暗く、よく見えない。
「サム」
首を回して周囲を確かめようとして、か細い声に呼ばれたことに気づいた。至近距離に、濡れた青灰色の透き通った瞳。
「ばっく」
応えると、彼はぎゅうと強くサムの体を抱きしめた。
はて、自分は、俺たちはいったい何をしていたんだったか。サムはもう一度目を閉じて、思考に意識を沈ませる。サム、と呼ぶ声はゆらゆらと遠ざかる。
ああそうだ。確か、寒さに唸りながら朝目覚めたら、昨夜降り続いた雪ですっかり世界が真っ白になっていたのではなかったか。D.C.が冬に雪化粧で飾られるのはそう珍しい話ではない。ベッドの中で二度寝を決め込みたい気持ちをぐっと堪えながら、サムは部屋を出る。クローゼットから目についた冬用のジャケットを引っ張り出し、暖房のスイッチを入れ、キッチンで湯を沸かす。一旦体内から体を温めたら、雪かきをしなくては。急な出動があるかもしれないから玄関先と、ガレージの入り口ぐらいは空けておかないといけない。
家の中は雪が積もっているのもあってかしんと冷え静まり返っている。リビングのカウチの脇にはクリスマスツリー。ダイニングテーブルの上にはアドベントカレンダーがあって、開けられるのを待っている扉がまだいくつもあった。
コーヒーを一杯飲み干すと、半地下のガレージへ降りる。物置から今年初めて出動になる雪かき道具を片手にシャッターを開け、どっと流れ込んできた冷たい空気に首を竦めてジャケットの前を閉めながら外に出た。
「サム、おはよう!」
「ウィルソンさん!」
掬っては避け、掬っては避けを繰り返してしばらくした頃。いつもの休日は朝寝坊を決め込む近所の子どもたちがわっと声をかけてきた。みんな防寒は完璧で、だが鼻の頭は真っ赤だ。
「おはよう、早いな。もうひと遊びしてきたのか」
雪は毎年のこととは言え、子どもたちにとっては楽しい雪遊びの機会だ。雪玉を投げ合ったり、ソリを持ち出したり、あちこちではしゃぎまわる。顔なじみの近所の子たちはサムが先程積み上げた雪の山に飛び込んだり、雪玉を作ったりしてはしゃいでいる。雪かきを継続してもすぐに無駄にされてしまいそうだと、サムは諦めて子どもたちの輪に混ざることにした。
「くらえー!」
ぶん、と渾身の力で投げられた雪玉が滑って明後日の方へと飛んでいく。相手の子の隣を通り過ぎた雪玉は、そのまま黒いウールのコートにぶつかって弾けた。
「ぁ」
「
……
随分な歓迎だな、お前たち」
ぱたぱたとコートの表面を叩いているのは、サムの同居人のバッキーだった。昨夜は雪が降り始め、緊急対応などがあるかもしれないからと泊まり込みになったのだ。
「バッキー!」
「バーンズさんも雪合戦やろ!」
眉を潜めて不機嫌そうな顔を作るバッキーに臆することなく子どもたちはわっと駆け寄ってその手を引いている。まだどこか戸惑うような表情を見せる彼をふっと肩を竦めて笑いながら、サムは「よし」と一つ手を叩く。
「二手に分かれて雪合戦するか。俺チームに入りたいやつ!」
そう一声上げると、何人かがきゃっきゃと手を上げながらサムの方へと駆けてくる。
「おい、俺は仕事帰りで疲れてるんだ、雪合戦なんて
……
ぶっ」
俺たちバッキーチーム、と周囲にまとわりつく子どもの輪から抜けようとしたバッキーの顔に、白い雪玉がぶつかって弾ける。
「
……
サム」
「疲れたりしないんだろ、超人兵士サマは」
いや、サイボーグだったか。雪玉で濡れたらショートするからやりたくないんだな。なんてさんざん煽ってやると、バッキーは片手の鞄をガレージの入り口に放り投げて、雪の山に手を突っ込む。
「雪まみれにしてやる。元スナイパーの腕を舐めるなよ」
「上等。よし、行くぞお前たち!」
そして小一時間、全く大人げなく子どもたちと一緒になって雪玉を投げあって、雪まみれになって、声を上げて笑った。せっかくキレイにしたガレージ前は雪玉の欠片と溶けた水でぐちゃぐちゃだ。だがそんなことはどうだっていいくらい、楽しい時間だった。
やがて迎えにきた家族と帰っていく子どもたちを見送って、バッキーと連れ立って屋内へ戻る。しっかりと暖房がきいた室内は温かいが、雪玉を何度もぶつけられてお互い全身ずぶ濡れ、手足の先も冷え切って軽くしもやけになってジンジンと疼くほどだ。
「コートがびしょ濡れだ」
上着を脱ぎながらため息をつくバッキーは、襟元から入ったのかシャツやスーツの首周りも濡れている。
「髪もぐっしょりだな」
だいぶ伸びた彼の黒い髪は、濡れると僅かにカールして整った顔をランダムに縁取るのでセクシーさが増す。
「朝食食べるだろ。用意しておくから、シャワー浴びてこいよ」
額に張り付いた一房を指先で避けてやると、その手を取って手のひらにキスを落とされた。
「お前もだいぶ冷えてる
……
一緒に、入らないか」
「朝から盛るなよ」
冷たい指先同士が絡むのをそのまま好きにさせながらサムが肩を竦めてみせると、バッキーはふふと笑って軽く頬を触れ合わせ、耳に唇を寄せる。
「そんなつもりはない
……
と言いたいところだが、こんないじらしい格好されたらな」
なんのことだか、とわざとらしくはぐらかす。恐らく、サムが羽織ったジャケットの話をしているんだろう。
「俺がいなくて寂しかった?」
「違う。クローゼットの一番手前にあっただけ」
「だから、俺のジャケットを着てたって?」
上機嫌そうな声。心底嬉しそうな笑みを浮かべて、バッキーはひょいとサムを抱え上げ階段を上がっていく。安定を求め腕を回して抱きつくと、ふわりと嗅ぎ慣れた香水の香りがして目を伏せる。
「
……
ム
……
サム」
そうだ、バッキーの香水の香りだ。懐かしい。確かそのままシャワーを浴びて、軽食を腹に入れて、眠そうなバッキーに連れられて二度寝を決め込んで
……
。
「サム」
ふと瞼を開けると、やけに必死そうな表情のバッキーがこちらを覗き込んでいた。ぱち、と瞬きをして、そこが自宅ではなく、お互い寝間着でもないことに思い至って、サムは一つ息をつく。
「夢
……
いや、フラッシュだったか」
「縁起でもない言い方するな」
フラッシュ
――
走馬灯というより、単純に寒さに関連して思い出しただけなのだろうが、つい口にした一言にバッキーはぎゅうと傷ついたみたいに顔を歪めてサムを抱きしめる腕を更に強めた。苦しい、なんて文句を言う元気もない。
「サム、目が覚めた? 体はどう?」
視界の端からホアキンが顔を出す。笑顔の体を取っているが、目は笑っていなかった。
「
……
寒い」
「だろうね。凍った海に突っ込んで寒くなかったらそのスーツはボロボロの癖にかなりハイスペック」
「あと、この万力みたいに締め上げてくるシュラフ退かしてくれ
……
暑苦しくて敵わない」
「寒いのと暑いのが相殺しあって丁度いいんじゃない?」
思わず、はぁとため息が出る。
「辛辣だな、ホアキン」
「理由はその胸に手を当てて考えてみてよ。もうすぐ基地に着くから、あとちょっと我慢して」
つっけんどんに言ってホアキンは視界から消える。再びサムはため息をついた。
そうだった。つい先刻の任務中に、色々あって寒中水泳をする羽目になったのだった。スーツが万全ならここまで冷えなかった可能性もあるが、残念ながら直前の戦闘であちこちに傷が入っていた。更には激しい戦闘で割れた氷が浮かぶ冬の海にスラスターを吹かせた勢いで突っ込んだとあれば、ホアキンもあの反応をするだろう。
そして、バッキーも。
「
……
怒られたじゃねぇか。お前が海に落ちたりなんかするからだぞ、バック」
相変わらずサムを抱きしめ胸元に耳を当てたまま微動だにしないバッキーにそう文句を言うと、彼はこちらを見ずやはり微動だにしないままふんと鼻を鳴らした。いや、啜ったのか。
「超人だし、サイボーグだし、俺は落ちても問題ない。氷漬けにも慣れてる」
ぴく、とサムが片眉を跳ね上げる。だが、続くバッキーの声に小言は喉で止まった。
「なんでお前まで飛び込むんだ
……
」
声が震えていた。
先に、海に落ちたのはバッキーの方だった。戦闘終了の間際、サムと共に最後の一撃をお見舞いした後のことだった。バッキー、とあちこちで叫び声が上がる中、サムは咄嗟に彼を追って海へ飛び込み、暗く冷たい海の中から沈んでいくバッキーを見つけ、その手を掴み、スラスターの最後の一吹きで飛沫を上げて空へと飛び出した。
もしかしたら、サムが飛び込まなくても大丈夫だったかもしれない。準備を整えてから捜索に入った方が適切だったかもしれない。
氷漬けになっても、バッキーなら無事だったかもしれない。誰かさんみたいに。でも。
「俺は、七十年なんて待てない」
ぴく、と抱きしめる腕が跳ね、ゆるりと頭が動いてこちらを見た。
「待たないからな、七十年なんて」
じっと見つめ合う。時が止まったみたいな一瞬。
「
……
油断して、海に落ちて、悪かった」
バッキーがぽつりと言った。
「ありがとう、サム」
「よし」
その言葉に一つ頷いてみせると、すりとバッキーがサムの胸に額を擦り寄せる。重い腕を持ち上げて、そのまだ少し濡れた髪に指先を滑り込ませた。僅かにカールした毛先をくるりと巻きつけて遊ぶ。
懐かしい感触に、ほっと体から力が抜けていく。
「
……
寒いな」
「もっと、毛布とかコートとか探してくる」
「
……
違うだろ」
手を滑らせ、バッキーの青白く冷たい頬に添わせる。バッキーは一瞬呆けて、それからハッとなにかに気づいた顔をして、表情を緩ませて笑った。
「気が利かなくて、悪かった」
触れた唇は、不思議と温かかった。
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