葉野レカ
2025-12-03 21:31:45
3176文字
Public sgdz
 

炭酸割りのウイスキー

散策のバーでのsgの発言をもしdziが聞いてしまっていたら、の話

「今日は太宰の相手して疲れたし、炭酸割りのウイスキーでも飲むか」
 バーの喧騒の中で、ふとそんな声が耳に入った。いや、入ってしまった。かなり酔っていた自覚はあるが、俺が太宰治で、その声の主が志賀直哉であることは間違いなかった。途端に酔いが覚めそうになったので、誤魔化すように立ち上がった。
……かえる」
 ふらついた脚に任せて、部屋に戻って、いつの間にか着いてきていたみんなと一緒に飲み直した。なにかを喋っていたような気はするけれど、どうしても志賀の言葉が頭から離れなくてどこか上の空だったような気もする。大体なんなんだ、俺の相手して疲れた、って。確かに今日も喧嘩を売りに行った覚えはあるけれど。買ってるのはそっちだろう。嫌なら相手をしなきゃいいのに。

 翌朝、頭痛と共に目が覚めて、決めた。俺はしばらく志賀に喧嘩を売らない。関わらない。なるべく会わないようにする。……御老体に俺の相手は厳しいようですから? こちらからご配慮してやろうってわけ。というか、直接言われてはいないけど要は「アンタの相手疲れるんだよ」ってことでしょ? 勝手に疲れてろ、という気持ちと、じゃあちょっと喧嘩売るのを控えるか……の気持ちで揺れて、後者が勝ったのだ。そう、俺はなんだかんだいって優しいので。
 それから、なるべく志賀を視界に入れないよう努めた。うっかり見てしまうと喧嘩を売りたくなってしまうから、見ないように。でも、入れないようにするには奴の居場所に常に気を配っていなくてはならないわけで。それもそれで、嫌だった。


「よぉ」
 各自の部屋に付けられたインターホンが鳴ったので、部屋の覗き穴から誰が来たのかと見てみれば志賀だった。開けなかったら面倒になる。そんな直感があったので開けた。そして開けたら偉そうな挨拶。ぐっと怒りを抑えて静かに問う。
……御用件は?」
「アンタ、最近俺のこと避けてるだろ」
「わかっててなんで来たの」
「理由が気になった」
「じゃあ言わない」
 あまりにも直接的すぎる。自分を避けてる相手に対してなんでわざわざ近寄ってくるんだ。普通察して近寄らないだろ。こういう所が嫌なんだよな……と睨むと黙ったままこちらを見ている志賀と視線が合った。
……なに」
「体調が悪いとかじゃないんだな?」
「なんでお前に体調の心配されなきゃいけないわけ?」
「気になるだろ。普段うる……賑やかなのが急に静かになったら」
「うるさいって思ってるじゃん。俺のこと」
「いや……まぁ、そうだな」
 志賀は否定をしようとして諦めたようだった。なんだこいつ腹立つな。扉閉めるか、と思ったときだった。
「だから、あー…………
 珍しく志賀がなにか言葉を探すように言い淀んでいる。少し目を瞑って考えたような素振りをみせた後、パチ、と目が合った。そしてそのまま平然と志賀は言った。
「寂しかった」
「はァ?!」
 今年最大の大声が出てしまったような気がする。そんな俺のことを気にせず志賀は続けた。
「アンタが喧嘩を売りに来ないと、寂しいと思った」
「復唱しろなんて言ってないんだけど?!」
 なんなんだこいつは! というかそもそもの原因はコイツだろ! どうして被害者みたいな顔してるんだ! ……と言いたいことを色々と抑えて志賀に聞く。
……俺の相手、疲れるんじゃないの」
「それは……まぁ、疲れる」
「でも、俺に喧嘩売りに来て欲しいんだ?」
「別に喧嘩じゃなくてもいいんだが……
「めんどくさい奴」
「アンタには言われたくねぇよ」
「は? 遠回しに俺のことめんどくさいって言ってる?」
「どう考えたってアンタは面倒な部類だろ」
「直接言うな! 大体なんだよ俺が喧嘩売りに来ないと寂しいって!」
「言葉にした通りだ。つい、こう……考えちまう」
「じゃあ、そうやってそのまま俺のこと考えてたら」
 そう言い放って扉を閉めた。鍵もかけた。外で何か言ってる気がするけど聞こえない。……気を使って避けてやったこっちが馬鹿みたい。「今日は太宰の相手して疲れたし、炭酸割りのウイスキーでも飲むか」とか言ってたくせに、相手にされないと寂しいとか。お前の方が余程面倒だろ! 鏡見ろ!! と脳内で大暴れしている横で、ふと疑問が浮かぶ。
 なんで、炭酸割りのウイスキーなんだろう。志賀は特にこの酒が好きだとか、そういう話は聞いたことがない。なのに、わざわざ酒の種類を指定した。なぜ?
 一般的に、炭酸割りのウイスキーというのはハイボールと呼ばれるものだったはずだ。薄い黄金色をしていて、ちょっと味に癖があるウイスキーを炭酸で飲みやすくしているもののはず。わざわざそれを選んで飲む理由が、俺の相手をして疲れたから。……いや、単にそういう気分だったってだけ、と言ってしまえばそれまでだけれど。もしかしたら、を考えてしまった。俺の瞳の色も薄い黄金色で、志賀からしてみれば俺は少し癖のある人だろうから。もしかしたら、俺のことを考えて炭酸割りのウイスキーを選んだのかも、なんて。……志賀直哉がそんなとこまで考えてるわけないだろ! いや、でもアイツ喧嘩売りに来なかったから寂しかったって言ってたし。……ああ、もう! そのまま俺のこと考えてたら? とか志賀に言ったくせに、俺が志賀のことばっかり考えてどうするんだよ!!


 別の日。あれからどうにも志賀のことばかり考えてしまってふわふわしている俺は、気晴らしになんとなくバーに来てみたのだ。酒を飲みながら、今日は誰がいるかな、なんて周囲を見れば志賀が既に居て、その手には、ここ数日俺を悩ませていた炭酸割りのウイスキーがあった。
……今日は、お前に喧嘩売った覚えないんだけど?」
「今売ろうとしてんのか?」
 めんどくせぇのが来たな、と志賀の顔には書いてあった。
「売らない。聞きたいことがあるだけ」
……珍しいな」
 視線を志賀の手元の炭酸割りのウイスキーに向け、再度志賀の表情を伺う。……いつも通りの顔だ。
「それ、なんで飲んでるの」
「なんか理由が要るのか?」
 志賀は不思議そうに首を傾げた。やっぱり、なんとなく飲んでいただけだった。疲れたからとっておきの酒でも飲もうというようなやつだったのかもしれない。そうだよ、志賀直哉が俺なんかのこと考えるわけないって。そう安心して頼んでいた酒を口に含んだ。
……もし、アンタのことを考えて飲むなら赤いのを頼むだろうな」
「ッゲホ! お前……!!」
「はは、当たりか」
 なんで考えてることがわかったんだ! と志賀を見れば、目を細めてグラスを見ていた。
「たしかに、これはアンタの目の色によく似てる」
「に、似てるだけでしょ」
 志賀は黙ったままグラスと俺を交互に見ていた。まさか見比べているのか? と考えが過ぎった途端、志賀はうん、と小さく頷いた。
「アンタの方が綺麗だな」
 その言葉に目を見開く。それを待っていたかのように志賀は微笑んだ。
「やっぱりそうだ」
…………
 今日、ここに来るんじゃなかった。気晴らしに来たはずなのに。本人と話せばもう考えなくなるかもなんて、浅はかだった。顔が熱い。この熱が酒のせいではないことぐらいわかる。でも今は酒のせいにしておきたかった。……どうにも、涼しい顔をしている志賀が気に入らない。
「やっぱお前のこと嫌い」
「そうかよ」
「だから、明日からお前にたくさん喧嘩売って疲れさせてやる」
……程々にな」
「やだ。……だって、寂しくなっちゃうんでしょ?」
…………
 ふふ、勝った。言ってやった。志賀は目を見開いて硬直している。ざまぁみろ。そうと決まれば明日からの喧嘩の種を探しに行こう。志賀には言ってやりたいことが山ほどあるんだ。