望月 鏡翠
2025-12-03 00:15:48
1022文字
Public 日課
 

#1923 ミノーフィッシュの男たち

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作

 エリセオは、リュネストの屋敷の高い塀を見上げた。
 少し前からそこで働き出した。服と食事を与えられ、寝起きし、裏門から出入りすることなどしばしばあるのに、今日は絶対に中に入ってはいけないのだという。
 絶対に動いてはいけないし、様子を見に行ってもいけない。いう事を聞かなければ命がないとまで脅しつけられているので、動くわけには行かなかった。しかし主人はどこまでが本気なのか、今一つわからないような人だ。
 こっそりと覗きに行ったところで、仕方のないやつだなで済ませてくれそうな気もしていた。
 だが雇い主がどこまで許してくれるのか試したところで、いいことはない。せっかく見つけた仕事なのだから、なるべく長くしがみついていたかった。裏門から少し離れたところに馬車を止め、退屈そうな馬を眺めながら、同じように御者席で退屈を持て余していた。ここは貴族の屋敷が多い街路だから、馬車を止めていたとて物珍しく馬の蹄を覗き込む子供も、馬車のドアを叩いて哀れみを乞う物乞いもいない。
 居心地が悪い待機場所ではなかった。
 ただ静かで不気味だ。静けさというのは、エリセオが貴族の屋敷で働くようになってから初めて知った概念だった。
 それまでは、部屋で寝ていても狭い壁越しに隣家の痴話喧嘩やいびきや、火の傍に鍋をかけるときに使う金具が立てるきいきいという金属の音が聞こえたりしていた。
 街に出ればより一層騒がしく、いつも誰かが誰かに怒鳴っていた。
 それがいろんな偶然が重なって、貴族の屋敷に入り込むことができたのだ。
 エリセオは、今やリュネストの領主トルガに仕える使用人である。屋敷の主人が新しくなった。それでどうして止める人間がいるのか知らないが、屋敷からは何人か離れていったらしい。彼らの代わりに雇い入れられた、新しい使用人たちのうちの一人として、屋敷にやってきた。
 それで今は何をしているんだろうと、自分に問いかける。
 やっている仕事がなんなのか、よくわかっていなかった。ただ偉い人にやれと言われたのだから、やった方が良さそうだと思って、やっている。
 礼儀や作法がよくわからないというと、トルガは俺も難しくてよくわからんと行って笑う。だから、接しやすい主人だと思う。
 それに女の人も紹介してくれた。
 トルガについて行けば、また彼女と会えるかもしれない。
 屋敷の外に誘われるたびに、そんな期待と明け方に見た甘やかな夢が胸に萌すのだ。