【We’re even.】

『JOKER≒JOKER』 現行未通過×

リーダーとガンマンと煙

 怪盗団と言う犯罪者エンターテイナーであるオレたちは、秘密裏にアジトとして使用している建物が多くある。それらは世界各地に存在するものの、本拠地として確保しているのは日本のビルだ。オレは怪盗団のリーダーだが、購入偽装の方法だとかは知らない。そういった面倒事は全て参謀に丸投げ……失礼、仲間を信頼して任せていた。




【We’re even.】





 そんな本拠地ビルの屋上から、仕事帰りのオレは街を見下ろす。ギラギラと輝く繁華街、電灯がチラホラと見える住宅区、車が走る音。雑多に塗れた夜の世界は、昼間と違う騒がしさで満ちている。秋から冬に色が変わりゆく季節特有の、冷たく少し乾いた風が吹いた。

 整備されたフェンスに身を任せつつ、お気に入りのジッポライターで煙草に火を付けようとする。しかし何度擦っても、ライターから火が出なかった。どうやらオイルが切れてしまったらしい。タイミングの悪さに舌打ちを一つ零し、室内に戻ることを考え首裏を掻く。


「火、貸そうか?」


 唐突に、背後から声が投げられた。薄い気配に振り返れば、ブリキのバケツで頭を覆った男が立っている。こちらに差し出された手には、火の付いた安物ライターが握られていた。

 奇妙な出で立ちの彼は、ラメングと名乗っている。オレの率いる怪盗団に所属する一員であり、有能な射手だ。拳銃とライフルを得意とし、また個人的趣味で単車も乗りこなせる。バケツ(或いは帽子)を外すとテンションが大幅に切り替わるが、怪盗団として過ごす多くは必ずコチラの側面なのでオレは特に気にしていなかった。


「ん、悪いな」


 謝礼の意を告げ、煙草を口に咥える。軽く吸いながらその火を貰い、細い棒を燻した。華やかで深い甘みを宿す煙が、肺の中へ遠慮なく流れて染み込む。ピースの中でも高級なザ・ピースの旨味を味わい、星の少ない夜空へ煙を吹きかけた。


 隣を見れば、ラメングが煙草を取り出しているのが見える。箱をトントンと何度か煙草で突いて、その中身を偏らせた。銘柄には『ガラム・スーリヤ・マイルド』と刻まれている。

 見た目と言動で年下だと思っていたが、彼も立派な成人であり結構な喫煙者だ。初めて見た時は酷く驚いたし、今でも違和感を得ないと言えば嘘になってしまう。ただ、喫煙者としての知識はオレより彼のほうが持っていた。たまに好みの味を伝えては、オススメの銘柄を教えてもらうことも増えている。


 もう一度、ザ・ピースの煙を吸う。身体に悪いだの匂いがキツいだのとよく恋人には怒られるものの、この味と刺激を一度知れば永遠に断つのは難しいのだ。恋人が賭け事に狂っているように、自分はこの煙を好いている。幸せな生活の一部、人生を甘美にする調味料。


「今日はヘルツいなくて寂しかったねぇ」

「あ? あー、まぁ、確かにな」


 唐突に恋人の名を出され、曖昧な返事を返す。今夜、ヘルツは穴場の賭け場に入り浸っているらしかった。ギャンブル狂いの彼にはよくある事だが、それを寂しいなんて思うことはない。彼と自分は一応恋人ではあるが、世間一般の甘い関係とは違うだろう。たぶん。

 ラメングが煙を胸に蓄え、オレとは真逆の方向へ吐き出す。彼の吸う煙草は、オレの煙草に比較せずともかなり重い銘柄だ。オレには重すぎて合わなかった程には。平気な顔をして激しい自己加害を行うラメングに、少し微妙な感情を抱いた。


「どしたの? 変な顔して」

……いや、別に」


 視線を反らし、自分の煙草に口をつける。誤魔化すように吸い、少しの煙を舌で転がしてから吐いた。深夜の広い暗闇に、二本の煙が歪んだ柱を立てる。ラメングと二人で肺を黒く染める時間が、静かにゆるゆると流れていった。一本目が尽きかけた頃、唐突に隣の彼が言葉を発する。


「リーダーはさ、ボク様たちのこと好き?」


 一方的な問いかけだが、オレはそれに答えなかった。何となくだが、どんな回答だとしても彼が傷付く予感がしたから。無言で彼を仮面越しに見れば、彼の顔は上昇する煙の先を眺めていた。目元はバケツで見えないが、何処か苦しそうな気配を纏っている。


「ボク様は好きだよ、皆のこと。大好き」


 ポツポツと、雨音が地面を叩くように彼は呟いた。どういう意図が含まれているのかイマイチ理解できず、怪訝な顔でラメングを見つめる。視線に気付いたのか、彼も自分の方に顔を向けた。口元だけは穏やかに優しい笑みの形をしているが、その内側を見透かすことはできない。


「ごめんね。リーダーにはいつか、煙を忘れて欲しいんだ。長生きしてほしいから」


 軽薄な口調で、彼はオレの幸福を祈った。同じ自傷を選んでいるというのに、彼にはその行為を辞めるよう促す。まるで彼自身は────……

 手元の煙草をポトリと落とす。靴先で火を踏み消して、彼の欲が気に入らなくてため息を吐いた。瞳の見えない彼を一度だけ睨み、フェンスから身を立たせる。背を向けて、ただ一言だけ突きつけた。


「オマエが長生きするなら考えてやる」


 ラメングの答えを待つことなく、オレは屋上を後にする。彼の驚いた気配を読み取って、少し気分を良くしながら。