Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
三崎
2025-12-02 12:04:21
3222文字
Public
Clear cache
④
鉄と追がなんやかんやする話 つづき
ジャーナルネタバレあり リバあり 捏造あり スケベなし ちょっとだけグロあり
あの目を、自分はよく知っている。夜のような色をした、あの目を。誰よりも近くであの目を見ていたことがあったから。
あの身のこなしを、戦い方を、自分はよく知っている。早く、正確で、そして容赦のない動きを。誰よりも多くその側で戦っていたから。
あのマスクの下がとびきりの笑顔であることを、何故だか理解できる。それが、最後に見たこの男の顔だったから。
でも、どうして。そうだったことは思い出せるのに、そいつが誰なのかがわからない。何か一言でも言葉を発してくれたなら、何か思い出せるかも知れないのに、男は黙ったままだった。
男が展開した巨大な弓の一撃が、がらんどうの王の胸を貫いた。彼方まで吹き飛ばされながら、王はもう一つ思い出した。この一撃に、自分は何度も助けられたことがある。その矢を直接受け止めるのは初めてだったが、自分はこれを知っている。
夜の力が体に巡り、王はゆらりと立ち上がった。男は実に楽しげに、番えた矢を放ってくる。頭に、喉に、胸に、それが何度も王の体を貫いていく。王もまた、何度も剣戟を男に叩き込んだ。血にまみれ、傷だらけになっても、男の勢いは止まらない。じきに堪えきれない笑い声が漏れ始めた。この瞬間が楽しくて仕方ない、そうとしか思えない声が。
「ふ
……
ふふ
……
ああ、やっぱり、思ったとおりだ」
やっとのことで男が言葉らしい言葉を発した。この声も、自分は知っている。
「お前とは
……
こうして、殺し合うべきだった
……
最初からな
……
ッ!」
ダガーが王の脇腹を裂き、男は膝をついた王を背中から鈎爪で貫いた。傷口からぼたぼたと夜が溢れ、砂地に染み込み消えていく。そうだ、こいつは
……
!
「ァ
……
アァ
……
ッ!」
王は立ち上がり、男を剣で薙ぎ払った。そうだ。こいつは、俺たちを裏切った。妹を悲しませ、終わらぬ夜をもたらした。自分と同じ、愚かで身勝手な願いのままに。
王の剣を躱した男は、マスクを下げて、その顔を顕にした。思った通りの、冷たく楽しげな笑み。その口が開いて、王に語りかける。
「ずっと、つまらなかっただろう? 追いかけるものを失っちまったんだからな」
夜の王を追いかけて、妹の幸せを追いかけて、そうしてたどり着いた答えの先。その先には何も無かった。それで良かった。そのはずだったのに。
「鉄、の目
……
な
……
ぜ、お前、が
……
ここに
……
」
円卓は作り変えられたのでは無かったのか。妹は解放されたのでは無かったのか。しかし、目の前には鉄の目がいて、今までだって、かつての仲間たちが自分を斃しにやって来た。全ては失敗だったのか。ならば、自分のしたことは
……
。
王の問いかけに、鉄の目は口元を押さえながら答えた。その目は、蔑みと歓喜に歪んでいる。
「
……
お前の企みは成功し、円卓は作り変えられた。今までの因果とは違う、お前が紡いだ縁によってな」
「
……
!」
ぞわりと嫌な予感が背を走る。縁。王になる前の
――
追跡者が得た縁などたかが知れている。一族が滅んで以降、円卓にたどり着くまでの間、ずっと一人きりで戦い続けてきたのだから。だとしたら。
「お前と共に過ごした夜渡りたちは、再びお前が作り出した円卓に集った。お前を討つために」
悪寒に近い感覚が全身を駆け巡る。かつての仲間たちが再び夜渡りとして集ったならば、巫女は。妹は。鉄の目は、くっくっと肩を震わせていた。これを言いたくて仕方なかった、そんな顔で。
「お前の一族は滅んだんだろう? 生き残りは妹ただ一人。ならば、新たな円卓に据えられる巫女にふさわしいのは、彼女しかいない」
鉄の目が言い終わらないうちに、王の剣がさくりと砂地に落ちた。だとしたら、何も変わらないのと同じだ。自分が夜の王となったことで、妹はきっと悲しんだだろう。責を感じ、後悔してもしきれない思いで、胸が裂かれそうになったに違いない。彼女だけがここを訪れなかったのも理解できる。兄の変わり果てた姿など、見たくないはずだ。自分だって、見られたくはない。
静かな砂地に、ただ、鉄の目の笑い声だけが響く。これでは、本当に喜劇だ。妹と共に消える道しか、自分には残されていない。妹のために戦ってきた、その結果がこれなのか。夜の王となるのだから、誰かに討たれねばならない。そうなるべきだと思って〝こう〟なった。だが、妹を生きながらえさせるためには、自分は死んではならない。夜の狂気が、より多くの悲しみ苦しみをもたらすとしても。
取り落とした剣を取り、王はもう一度立ち上がった。何と言われようと、死ぬわけにはいかない。どんなに悲しませてしまっても、妹を生かし続けることだけが自分の生きる意味なのだ。
「愚かな兄を持って、あれも哀れなことだ。泣いていたぞ、あいつは」
振るった剣を躱し、鉄の目が嗤う。その機能が残っていれば、自分だって泣いていただろう。自分の身勝手な祈りは、最悪の夜をもたらした。たった一人の妹の幸せのために、誰が犠牲になっても構わない、そんな祈りは、呪いをもたらすに値するほどのものだったのだ。
「さあ、もっとだ。俺を殺して、生き延びてみせろ
……
!」
言われなくともそうしてやる。意思なき王はもはやどこにもなく、記憶と自我とを取り戻した王は、より明確な殺意でもって剣を取った。それこそが鉄の目の望むものだと、彼にとっての至上の喜びだとわかっていても。
二人の戦いは、何日にも渡って続いた。変形した左腕から放たれる巨大な鉄杭で内臓を破壊されても、四肢をもがれても、鉄の目は死ななかった。力尽き、夜に呑まれようとするのを王自らが阻んで、その身がじわじわと再生するのを待ちもした。こいつと戦い続けている限りにおいて、妹は死なずに済む。身勝手な祈りの果てに、分不相応な願いの果てに、王の力は前の夜の王よりも増していた。鉄の目一人では、とても倒せないほどに。けれど、長い長い時間をかけて、少しずつ王の体は傷つき、削り取られていった。この辺で仕舞いにしてやろう、そう決めて、王は鉄の目の首を刎ねた。砂地に転がる首と、分かたれた胴体に夜が迫る。このまま夜に呑まれるのを待っていれば、彼は円卓に戻り、そして
――
再び、目の前に現れるだろう。何度だって退けてやる。そうしている限り、妹は生きていられる。辛い日々かも知れないが、少なくとも生きてはいられるのだ。
王は転がった鉄の目の首へと歩み寄り、それが夜に溶けていくのを見下ろした。次に鉄の目に会うまで、この記憶が残っているかはわからない。けれど、その姿を目にすれば、すぐに思い出せるだろう。そうなるように、もう一度、その顔を目に焼き付けておいてやる。そう思い、剣を砂地に突き刺して、王はその首を手に取った。見開かれた紫の目が、じっと自分を見つめている。マスクをずり下ろしてやると、血を吐きながらも、その顔はニタリと笑っていた。憎らしい笑みに、やはり放り投げてしまおうかと思った瞬間、その口元がゆっくりと動いた。
「またな、
――
」
「!」
王は驚いてその首を取り落とした。砂地に落ちる直前、それは夜に呑まれて消えた。鉄の目は円卓に還ったのだ。王になる前でさえ思い出せなかった、自分の本当の名前を口にして。誰も知るはずのない名前。いや、それを知っているかも知れない者はただ一人。だが、彼女が鉄の目に、それを話す必要はないはずだ。それを伝えて何になる? いや、それよりも
――
自分でさえ、妹の名前を思い出せないのに、どうして、お前が。
侵入者を退け、王は再び夜に溶けていく。雨が降り、記憶が灌がれ、思い出したばかりのことも失われて、けれど、最後に聞いた鉄の目の声だけが、その体にこびりついて剥がれない。
王は再び災厄の元凶となり、誰かの訪いを待つだけの機構に戻る。ただ、そのがらんどうの胸の内には、じわりと冷たい熱が灯っていた。
つづく
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内