三崎
2025-12-02 12:04:21
3222文字
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鉄と追がなんやかんやする話 つづき
ジャーナルネタバレあり リバあり 捏造あり スケベなし ちょっとだけグロあり

 あの目を、自分はよく知っている。夜のような色をした、あの目を。誰よりも近くであの目を見ていたことがあったから。
 あの身のこなしを、戦い方を、自分はよく知っている。早く、正確で、そして容赦のない動きを。誰よりも多くその側で戦っていたから。
 あのマスクの下がとびきりの笑顔であることを、何故だか理解できる。それが、最後に見たこの男の顔だったから。
 でも、どうして。そうだったことは思い出せるのに、そいつが誰なのかがわからない。何か一言でも言葉を発してくれたなら、何か思い出せるかも知れないのに、男は黙ったままだった。
 男が展開した巨大な弓の一撃が、がらんどうの王の胸を貫いた。彼方まで吹き飛ばされながら、王はもう一つ思い出した。この一撃に、自分は何度も助けられたことがある。その矢を直接受け止めるのは初めてだったが、自分はこれを知っている。
 夜の力が体に巡り、王はゆらりと立ち上がった。男は実に楽しげに、番えた矢を放ってくる。頭に、喉に、胸に、それが何度も王の体を貫いていく。王もまた、何度も剣戟を男に叩き込んだ。血にまみれ、傷だらけになっても、男の勢いは止まらない。じきに堪えきれない笑い声が漏れ始めた。この瞬間が楽しくて仕方ない、そうとしか思えない声が。
「ふ……ふふ……ああ、やっぱり、思ったとおりだ」
 やっとのことで男が言葉らしい言葉を発した。この声も、自分は知っている。
「お前とは……こうして、殺し合うべきだった……最初からな……ッ!」
 ダガーが王の脇腹を裂き、男は膝をついた王を背中から鈎爪で貫いた。傷口からぼたぼたと夜が溢れ、砂地に染み込み消えていく。そうだ、こいつは……
「ァ……アァ……ッ!」
 王は立ち上がり、男を剣で薙ぎ払った。そうだ。こいつは、俺たちを裏切った。妹を悲しませ、終わらぬ夜をもたらした。自分と同じ、愚かで身勝手な願いのままに。
 王の剣を躱した男は、マスクを下げて、その顔を顕にした。思った通りの、冷たく楽しげな笑み。その口が開いて、王に語りかける。
「ずっと、つまらなかっただろう? 追いかけるものを失っちまったんだからな」
 夜の王を追いかけて、妹の幸せを追いかけて、そうしてたどり着いた答えの先。その先には何も無かった。それで良かった。そのはずだったのに。
「鉄、の目…………ぜ、お前、が……ここに……
 円卓は作り変えられたのでは無かったのか。妹は解放されたのでは無かったのか。しかし、目の前には鉄の目がいて、今までだって、かつての仲間たちが自分を斃しにやって来た。全ては失敗だったのか。ならば、自分のしたことは……
 王の問いかけに、鉄の目は口元を押さえながら答えた。その目は、蔑みと歓喜に歪んでいる。
……お前の企みは成功し、円卓は作り変えられた。今までの因果とは違う、お前が紡いだ縁によってな」
……!」
 ぞわりと嫌な予感が背を走る。縁。王になる前の――追跡者が得た縁などたかが知れている。一族が滅んで以降、円卓にたどり着くまでの間、ずっと一人きりで戦い続けてきたのだから。だとしたら。
「お前と共に過ごした夜渡りたちは、再びお前が作り出した円卓に集った。お前を討つために」
 悪寒に近い感覚が全身を駆け巡る。かつての仲間たちが再び夜渡りとして集ったならば、巫女は。妹は。鉄の目は、くっくっと肩を震わせていた。これを言いたくて仕方なかった、そんな顔で。
「お前の一族は滅んだんだろう? 生き残りは妹ただ一人。ならば、新たな円卓に据えられる巫女にふさわしいのは、彼女しかいない」
 鉄の目が言い終わらないうちに、王の剣がさくりと砂地に落ちた。だとしたら、何も変わらないのと同じだ。自分が夜の王となったことで、妹はきっと悲しんだだろう。責を感じ、後悔してもしきれない思いで、胸が裂かれそうになったに違いない。彼女だけがここを訪れなかったのも理解できる。兄の変わり果てた姿など、見たくないはずだ。自分だって、見られたくはない。
 静かな砂地に、ただ、鉄の目の笑い声だけが響く。これでは、本当に喜劇だ。妹と共に消える道しか、自分には残されていない。妹のために戦ってきた、その結果がこれなのか。夜の王となるのだから、誰かに討たれねばならない。そうなるべきだと思って〝こう〟なった。だが、妹を生きながらえさせるためには、自分は死んではならない。夜の狂気が、より多くの悲しみ苦しみをもたらすとしても。
 取り落とした剣を取り、王はもう一度立ち上がった。何と言われようと、死ぬわけにはいかない。どんなに悲しませてしまっても、妹を生かし続けることだけが自分の生きる意味なのだ。
「愚かな兄を持って、あれも哀れなことだ。泣いていたぞ、あいつは」
 振るった剣を躱し、鉄の目が嗤う。その機能が残っていれば、自分だって泣いていただろう。自分の身勝手な祈りは、最悪の夜をもたらした。たった一人の妹の幸せのために、誰が犠牲になっても構わない、そんな祈りは、呪いをもたらすに値するほどのものだったのだ。
「さあ、もっとだ。俺を殺して、生き延びてみせろ……!」
 言われなくともそうしてやる。意思なき王はもはやどこにもなく、記憶と自我とを取り戻した王は、より明確な殺意でもって剣を取った。それこそが鉄の目の望むものだと、彼にとっての至上の喜びだとわかっていても。


 二人の戦いは、何日にも渡って続いた。変形した左腕から放たれる巨大な鉄杭で内臓を破壊されても、四肢をもがれても、鉄の目は死ななかった。力尽き、夜に呑まれようとするのを王自らが阻んで、その身がじわじわと再生するのを待ちもした。こいつと戦い続けている限りにおいて、妹は死なずに済む。身勝手な祈りの果てに、分不相応な願いの果てに、王の力は前の夜の王よりも増していた。鉄の目一人では、とても倒せないほどに。けれど、長い長い時間をかけて、少しずつ王の体は傷つき、削り取られていった。この辺で仕舞いにしてやろう、そう決めて、王は鉄の目の首を刎ねた。砂地に転がる首と、分かたれた胴体に夜が迫る。このまま夜に呑まれるのを待っていれば、彼は円卓に戻り、そして――再び、目の前に現れるだろう。何度だって退けてやる。そうしている限り、妹は生きていられる。辛い日々かも知れないが、少なくとも生きてはいられるのだ。
 王は転がった鉄の目の首へと歩み寄り、それが夜に溶けていくのを見下ろした。次に鉄の目に会うまで、この記憶が残っているかはわからない。けれど、その姿を目にすれば、すぐに思い出せるだろう。そうなるように、もう一度、その顔を目に焼き付けておいてやる。そう思い、剣を砂地に突き刺して、王はその首を手に取った。見開かれた紫の目が、じっと自分を見つめている。マスクをずり下ろしてやると、血を吐きながらも、その顔はニタリと笑っていた。憎らしい笑みに、やはり放り投げてしまおうかと思った瞬間、その口元がゆっくりと動いた。
「またな、――
「!」
 王は驚いてその首を取り落とした。砂地に落ちる直前、それは夜に呑まれて消えた。鉄の目は円卓に還ったのだ。王になる前でさえ思い出せなかった、自分の本当の名前を口にして。誰も知るはずのない名前。いや、それを知っているかも知れない者はただ一人。だが、彼女が鉄の目に、それを話す必要はないはずだ。それを伝えて何になる? いや、それよりも――自分でさえ、妹の名前を思い出せないのに、どうして、お前が。
 侵入者を退け、王は再び夜に溶けていく。雨が降り、記憶が灌がれ、思い出したばかりのことも失われて、けれど、最後に聞いた鉄の目の声だけが、その体にこびりついて剥がれない。
 王は再び災厄の元凶となり、誰かの訪いを待つだけの機構に戻る。ただ、そのがらんどうの胸の内には、じわりと冷たい熱が灯っていた。


つづく