mishiadd
2025-12-01 22:15:18
6127文字
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ぽかぽかゆたんぽ

【本編軸】伊織さんが抱っこするとなぜか体温が急激に上昇する可哀想なセイバーくんを湯たんぽ代わりに使用する冬の残酷物語【剣伊】

たとえば炬燵こたつ、というものがある。あるいは、行火あんか、というものもある。いずれも日ノ本古来より伝わる由緒正しき暖房器具である。

独り身の若い浪人の住まいである。そうでなくとも隙間風が容赦なく入り込んでくるようなおんぼろの幽霊長屋で、そんな大層なものを用意する気も起きない。それが出来ているくらいなら先に障子の建て付けでも直している。

――が、伊織だって人間なので人並みに寒いものは寒い。剣の鍛錬をしている間ならば多少の雨雪など気にも留めないが――頼むから気にしてくれ、と妹には再三言われている――日常生活に戻った途端、周囲に充満している冷気に気付く。

表情に出ないので、快も不快もわかりにくい、と最近できた同居人には言われるが。――いくら見た目にわかりづらかろうが、伊織だって不快なものは不快だし、寒いものは寒いのである。







伊織が釜戸に石をくべているところに、そのあたりを適当にうろうろするのにも飽きたのかふらふらと帰宅してきたセイバーが興味本位で寄ってきた。石と伊織を何度か見比べて、「――何をしているのだ?」と怪訝そうに尋ねた。

「懐炉にするための石を温めているんだよ」
「カイロ?」

熱された石を火箸で取り出しながら、伊織が言った。

「これを布で包んで懐に入れておくと温かい。寒さ避けだ」
「ほーう!」

感心したように言い、そのまま素手で石に触れようとする。それを「あ、こら! 触るな、危ない」と思わず伊織が強い口調で叱りつけると、セイバーが拗ねたように唇を突き出した。

「あのなあ、危ないものか。私はサーヴァントだぞ」
「だからといってわざわざ触れるやつがあるか。――おまえの分も包んでやるから、少し待っていろ」
「だから、私はサーヴァントなのだからそんなものは必要な――ん」

こてん、とセイバーが首を傾げる。伊織を見て言った。

「きみ、寒いのか」
「今頃気付いたのか。――寒いな。外は雪が降っている。気付いていたか」
「そういえば、先程外から戻ってきたときにぱらぱらと。……へえ、万年仏頂面のきみでも寒がることがあるのか」
「なぜ仏頂面だと寒がらないと思うんだ」

ただ伊織を茶化す口実ができたから茶化しただけのセイバーが、言うだけ言って畳の縁にどさりと粗野な仕草で腰掛ける。膝に肘をついて頬杖をつき、にやにやと笑った。

「鍛錬とやらが足りておらぬのではないか? 当世の言の葉であろう、『心頭滅却すれば火もまた涼し』」
「涼しくなってどうする。――鍛錬が足りないという言は、否定はしないが……
「まあそれはどうでもよいが、石を温めて熱源にする、という発想はなかなか面白いな。しかし石は持ち運ぶには重かろう。他にもっとマシなものはないのか?」
「湯たんぽ――というものがあるらしいが、これは如何せん高価だ。石より軽いという保証もない」
「ほう、ユタンポ……

「とは?」とセイバーが首を傾げている隣に、伊織がとさりと腰掛ける。釜戸にくべた石が熱されるまで待つつもりだった。
伊織が座ってたっぷり一拍置いてから、「――お、うお!?」とセイバーが素っ頓狂な声を上げる。やや呆れたような顔をした伊織が、傍らのセイバーを見下ろして言った。

「なんだ、騒々しい」
「いや――なんだって――きみが、急に私の隣に座るから」
「それは座るだろう」
「なんで」
「『なんで』? ……逆に訊くが、なぜわざわざ離れて座るのだ。鄭らと話す時だって、俺はおまえの隣に座るだろう」
「それは――なんというか、向こうの視界に入るためにはそういうものだし、そういうものだと思っているから私だってある程度覚悟ができているものであって」

「覚悟?」と伊織が小首を傾げる。「ああもう、」とぶるぶると水気を弾く濡れそぼった犬のように頭を激しく左右に振ったセイバーが、頬を赤くして言った。

「それに、なにかこう――近い。きみ、近いぞ」
「近い? とは」
「とは、ではない。……こ、こう、距離が近いだろう。物理的に。こうも近いと――き、きみの体温までこちら側に伝わって、く、くる、ようだ」

どもりながら必死に訴えるセイバーと目線が合わない。セイバーを見下ろしてきょとんとしている伊織の視線から逃れるように、きょときょととセイバーの目が泳ぐ。やがてそっぽを向いたセイバーの、ぶすくれたように膨らんだ頬の輪郭だけが伊織に見えた。

「体温? ――おまえ、熱した石の温度には頓着しないくせに、俺の体温には文句を言うのか」
「なにを七面倒なことを。……と、とにかく、きみは近い。熱い。……火傷、しそうだ……

だんだんとセイバーの声が小さくか細くなっていき、しまいには消え入るようにまるで聞こえなくなる。――伊織はといえば、先程から謂れのない嘲弄と憎まれ口ばかりを叩かれており、挙句本人にとっては不可抗力である体温にまで文句を言われたので、いい加減「こんのクソガキが」と苛立ちが最高潮に達していた。無表情の真顔だろうがなんだろうが、伊織だって不快なものは不快なのである。

「それ程までに熱い熱いと喚くのなら、その熱さをとくと味わうといい。……セイバー!」

がばり、と伊織に背を向けていたセイバーの小さな身体を両腕で羽交い絞めにして抱き締める。「う!? あ!? ――う、うおおおっ!?」といよいよ取り乱した様子であたふたしたセイバーが、伊織の腕の中でじたばたしている。動揺し過ぎて自分がサーヴァントであることすら忘れてしまっているのか、まともに抵抗もできていないようだった。
小憎こにくらしさに口許に歪んだ笑みを浮かべた伊織が、びちびちと跳ねる鯉を取り押さえるように、きゅっ、とセイバーを全身で抱え込んでいる。――やがて、はたと気付いたように言った。

「ん? ――セイバー、おまえ。……随分と温かい、な?」
……えっ?」

セイバーも振り回していた拳をぴたりと止める。まじまじと――半ば理解の範疇を超えた恐怖の対象を見るような目で、伊織の端正な顔を見返した。
伊織の、何を考えているのかわからない、表情に乏しい彫刻のような顔の、その口許が――ほんの少しだけ、にやりと笑った。

「なんだ。ここにあるじゃないか、『湯たんぽ』が」
「ん? ――んんんんん、んん!?」

暴れる子供を拘束しようとする先程までの抱き締め方とは違う、温かくて小さくて抱き心地のよいものを、きゅ、と自分の心地よさの都合だけで伊織が抱き締める。ヒュッ、とセイバーが喉を鳴らして息を呑んだのにも気付かぬまま、まるで大人しい猫や触り心地のいい毛布を抱くように、両腕に力を込めて抱き寄せた。

「昔のカヤを思い出すな。子供の体温とでもいうのか。……体温が高くて、身体の小さい分、鼓動が早い」
「きみっ、なんっ、ほんっ、――はあああああ!?」

まるで棒のように手足を真っすぐに突っ張って硬直させたまま、セイバーが微動だにできないでいる。セイバーが完全に機能不全に陥って抵抗できていないのをいいことに、伊織がそのまますりすりとセイバーの頭部に頬ずりした。――ぴき、とセイバーの身体が引き攣った音を立てて、ますます動けなくなる。
満足げに腕の中に抱き締めたセイバーの頭に顎を乗せた伊織が、「うん?」とセイバーのつむじを見下ろして言った。

……なんだか、こうしている間にもどんどん温かくなってきていないか? 鼓動も――こんなに早いのではまるで鼠のようだぞ。温かい、というよりこれでは熱い――
「だだだだったらさっさと私を離せ! なんっ――ほんっ、本当にふざけるなよ、きみ!」

涙目でぽかぽかと叩いてくるセイバーの必死の訴えも碌に聞かぬまま、「ふむ」と伊織が勝手に思案に耽る。やがて言った。

……本当に温かいな。いちいち石を熱するよりずっと効率的だし長持ちするのでは?」
――は?」

セイバーの声に絶望が滲む。「ふむふむ」とかたちのよい顎に手を当てて何度かひとりで頷いた伊織が、セイバーの軽い身体を片手に抱えたまま言った。

「よくわからんが、おまえは抱き寄せると体温が上がる。――であれば、おまえを抱いたまま布団に入れば、寒さ避けに熱した石を布団に入れるよりも簡単で効率的だ」
「待て待て待て待て待て」

セイバーが必死に制止する。やっとのことで身を捩って伊織の腕の中から逃げ出して、伊織の正面に正座して訊いた。

「きみは――自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「うん? おまえを就寝時の『湯たんぽ』として使うと言っている。湯たんぽとは、陶器に湯を入れて暖をとるための器具で、」
「そうではない。どう考えても私が訊いたのはそういうことではないだろう、イオリ」

「うん?」と伊織がきょとんとして小首を傾げている。イライラと、既に違う理由で散々火照ほてって赤くなっている首筋に熱が上ってくるのを自覚しながら、セイバーが言った。

「『きみが私を抱き寄せると私の鼓動が早まって体温が上がる――と思うのなら、なぜ私を放っておいてやろうと思わぬのだ。私が可哀想だろう」
「可哀想? なにがだ? ……単なる事象として、『俺がおまえを抱き寄せることが起点となっておまえの体温が上がる』ということが発生する。そしてそれは便利だ、俺が暖をとるのに」
「本気で言っているのか?」

セイバーがくらくらと眩暈を覚えたのは、果たして伊織の話の通じなさからなのか、先程からこの男に受けている残酷な仕打ちの積み重ねによるものなのか、セイバー自身ももはやわからなかった。
ぎりぎりと噛みしめた下唇に血が滲みそうだった。背に腹は代えられぬ、とばかりに、苦渋の顔でセイバーが言った。

……きみは、なぜ、きみが私を抱き寄せると、私の体温が上がって鼓動が早まると思う」
「知らん。知らんが――まあ、おまえはそれ程までに俺のことを疎んじているのだから、嫌いな俺に一時でも身体の自由を拘束されるのはひどい屈辱だということなのだろう。
――だからこれは、おまえに対する仕置きでもあるんだよ。……嫌い嫌いと、いつでもおまえの思い通りになると思ったら大間違いだぞ、クソガキセイバー

そう言った伊織の、鋭い眼光を湛えた月夜の瞳は少しも笑っていない。笑みの形に上がった口角から覗いた犬歯は鋭かった。――まるで、聞かん坊の弟を諭して叱る厳しい兄の顔だった。



伊織は――致命的に、根本的に、どうしようもない程に――見事にすべてを間違えている。……が、伊織にそう思わせたのは他でもないセイバー自身であった。



ぐ、とセイバーが押し黙る。火を見るよりも明らかな、自業自得の顛末に継げる言葉を失ったからであったが、伊織はそれを了承と取ったらしかった。

――とまあ、今のは半分くらいは本気だが、もう半分は本当にただ単に便利だからだよ。……抱き締めるとあったかくなる、というのは、まるで指先ひとつで暖房器具の切り替えができるようだろう」
「きみの『便利』のためだけに、私はこんな目に遭うのか。……きみの寒さ避けのためだけに、便利に熱を発する道具になって」
「では早速おまえの性能を試してみよう。布団を敷くから待っていろ」

言って、畳の上に早速布団を敷き始めてしまった伊織を、その場に突っ立ったセイバーが呆然として見ている。やがて几帳面に皴を伸ばして敷かれた布団の上に座り込んで、ぽんぽん、と伊織が布団を叩いた。――「はあああ~~~~あああああ……」と盛大に溜息をついたセイバーが、のそのそと布団の上に正座する。それを躊躇なく、きゅ、と両腕の中に抱き込んだ伊織が、そのままセイバーを道連れにして布団の上に横臥した。

途端にセイバーの白い頬に赤みが巡りだす。とくとくと心拍数が見る間に上がっていき、伊織の触れている白妙の外衣の上からでもわかる程に、全身が燃えるように熱くなってくる。ん、と伊織が更にセイバーの小さな身体を抱き寄せて、袴の股の間にセイバーの脛を挟み込むようにする。ぐ、と伊織の腕の中でセイバーの身体が硬直する。「……セイバー」と不満げに伊織が言った。

「まるで木の棒を抱えているようだ。もう少しなんとかならんか」
――ほん、とに……

涙の滲んだような掠れた声に、伊織が腕の中のセイバーを見る。――可憐な顔の眉根を精一杯寄せて、まるで泣き出しそうにひしゃげた瞳で、燃えるように真っ赤な顔をして、伊織の顔を見られずにいるセイバーがいた。
ぽそり、と泣き言のようにセイバーが言った。



「本当に、勘弁してくれ……



唖然として伊織がセイバーの顔を見ている。やがて、言った。

「セイバー? おまえもしかして熱があるのか? 大丈夫か?」
「今、それを言うのか、きみ……

ようやく解放されると思ったセイバーの真っ赤な顔に、わずかに安堵の色が滲む。――その直後の伊織の言葉を聞いて、その表情のまま固まった。

「そう、だったか。――安心しろ、俺がこうして一晩中抱いていてやる。……昔、カヤが熱を出したときもこうしていたのだ。あの頃は俺もまだ子供で、『湯たんぽ』どころか石を熱した懐炉も自分では用意できなくてな……こうして、互いの体温だけを頼りに」
「きみのその突然理解力が下がって話が一切通じなくなるのは一体なんなのだ? なにかの呪詛の類か?」

さすがにここまでくると自業自得の範疇を超えている。伊織側の問題だとセイバーも思う。

ぎりぎりと奥歯を噛みしめて、いいーっと犬歯を剥き出しにしたセイバーの背中を、ぽんぽんと伊織があやす。「不安だな? 大丈夫だ、そのまま目を瞑っていろ」とまるっきりぐずる子供をあやす口調で伊織が言う。

「今夜は俺がおまえの湯たんぽになってやるから。――ほら、だんだん眠くなってきただろう」

セイバーはまったく眠くなっていない。そもそもサーヴァントに睡眠は不要だし、というか先程からどんどん目が冴えていく一方である。勝手に眠くなってきているのは、宣言通りセイバーの散々熱をもって火照った身体で暖をとった伊織の方であった。

自分を抱き締めた伊織の手が、ぽんぽんと自分の背中を一定のリズムで叩いているのをセイバーは感じる。やがて、それがだんだんと遅くなっていき――完全に止まってしまう頃には、伊織のささやかな寝息が聞こえてきていた。

――まったくもって、微塵も眠くならない。至近距離の無防備な寝顔に鼓動は早まる一方であったし、布越しに感じる伊織のしなやかな身体に触れている箇所が火傷してしまいそうな程に熱かった。



恐らくは、この隙間風の吹き抜ける幽霊長屋の寒い夜でも、一晩中、彼に快適な眠りと温かさを提供することができるだろう。――冬の夜のお供の暖房器具として。



白い頬に伏せられた、色素の薄い長い睫毛を見下ろしながら、「はあーーあ、」とセイバーは今夜何度目かの重い溜息をついた。






ぽかぽかゆたんぽ・了