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あさかわ
2025-12-01 20:01:45
10584文字
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追慕と希望の花
6期と小説版とゲ謎でとち狂っている人が書いたファン小説です。
2016年12月1日
雨沢家の墓の前で雨沢は娘と手を合わせていた。
「パパ、何で両手を合わせるの?」
問いかける娘に答える。
「それはねえ、おばあちゃんがゆっくり安心して眠れますように、ってお祈りするためだよ」
「ふうん」
娘の陽菜はまだ五歳で、祖母がなくなったことをきちんと理解できていない。葬式は通夜も陽菜にとっては奇妙な行事だったんだろう。母が亡くなって一年になる。ガンの発見が遅れ母は老後の楽しみもつかの間に亡くなってしまった。孫の顔も見て十分幸せだったと言っていたが、息子としてもっと何かできたのではと悔やんでしまう。
「陽菜、お父さんもう少しだけおばあちゃんとお話してもいいかな」
陽菜はこくりと頷いて黒いスカートの裾を払った。
「わたし、お母さんのところに行ってるね」
妻は桶とひしゃくを返しにいってくれている。陽菜は軽やかな足取りで墓地を抜けて行った。生まれた頃より随分身長が伸びたけれど、幼い頬は丸く赤ん坊の頃と変わらない。
「なあ母さん。陽菜のこと、もう少し見ていて欲しかったよ」
線香の煙の向こうにはのっぺりした墓石。母が腰かけている姿を想像して言葉を続けた。
「せめてランドセルを背負って小学校に行くところくらいはさ
……
」
陽菜は来年小学生になるのだ。母も見たかったのではないかとつい考えてしまう。ポツリポツリと近況を報告して雨沢は墓を後にした。他にも墓参りに来ている人がいるようで、花立に生花がある。その中の一つで僕は足を止めた。
「これは
……
」
菊と一緒に供えられた見たことのない四本の青い花。花弁の形は桔梗に似た星の形で、冬の澄み渡る空のような鮮やかな青。何より不思議なのは花の縁が銀の砂子を吹きかけたような色をしていることだ。太陽の光を反射してきらりと輝く。近くの花屋でも趣味の植物採集に出かけた野山でもこんな花を見たことはない。
「一体誰の
……
水木家?」
墓石と墓誌を見ると水木という家の墓だ。丁度昨日の十一月三十日が命日の故人がいる。その人のために供えられた花だろう。
雨沢は青い花を食い入るように見つめた。子供の頃から植物採集が趣味だった。眼前の青い花は海外の図鑑でも見たことがない。もしや新種と考えた瞬間、雨沢の中から願望が溢れ出した。
欲しい、と思ってしまった。周囲に人はいない。花立から少し引き抜いたところで誰が咎めるだろうか。雨沢はさっと手を伸ばし青い花を二本引き抜いた。ハンカチで包むとスーツの裏ポケットにしまう。自分は新種の可能性がある植物を保存しただけだ。水木という人にも親族の人にも悪い話ではない。雨沢は早鐘を打つ心臓を矢継ぎ早に浮かぶ言い訳で宥めようとした。
「パパ! おばあちゃんとお話終わった」
「あ、ああ」
娘に手を振り返し墓地に背を向けた。母を弔う気持ちは盗みの高揚に押し流され、雨沢は花を保存することに囚われていた。
2017年3月5日
「陽菜ちゃんもう小学生か。大きくなったなぁ! ランドセルもとっても似合っている」
西宮が目を細め、陽菜のランドセルお披露目に盛大な拍手を送った。陽菜は頬を紅潮させ雨沢に向かってピースサインを見せた。娘の可愛らしい仕草に雨沢の頬が緩む。
「ありがとう! 西宮のおじちゃん」
西宮は高校生の頃からの友人で二十年近い付き合いになる。
「どういたしまして。その素敵な色のランドセルを背負って元気に学校に通うんだぞ。これは小学生になる陽菜ちゃんにお土産だ」
焼き菓子の紙袋を受け取ると、陽菜は一直線に妻の元に向かった。
「この前ランドセルを買いに行って驚いたよ。噂には聞いていたが本当に沢山の色があった」
「俺たちが子供の頃は赤と黒しかなかったからなあ。選択肢が多いのや良いことだが、陽菜ちゃんも相当悩んだんじゃないか?」
陽菜のランドセル選びは時間がかかった。気に入った色をいくつか背負い、鏡で確認しては悩むのを繰り返す。陽菜に限らず多くの子供が大量の選択肢を前に唸っていた。どんなに魅力的な色でも選べるのはたった一つだ。それが余計に悩みの種になる。
「一つしか選べないから随分悩んでいたよ」
「ははは、そうだろうな。しかし、陽菜ちゃんが小学生か
……
うん、子供の成長ほど、うれしいことはない」
西宮は喜びを噛みしめる様に何度も頷いている。
「西宮、いつもの見るだろう?」
雨沢はダイニングチェアから立ち上がった。西宮は研究者として製薬会社で働いている。子供の難病の治療薬を開発するために様々な実験を行っており、植物から新薬開発に使える物質を探している。アオカビからペニシリンが発見されたように植物は可能性の宝庫だと西宮は熱く語っていた。
「いつも助かるよ。またいくつか分けて貰ってもいいか?」
「勿論だ。僕の趣味が病気の人を救う手助けになるかもと考えると誇らしいよ」
雨沢は趣味で集めた植物を時々西宮に見せて融通している。雨沢は子供の頃から植物学者を夢見ていた。結局ただのサラリーマンになってしまったが、植物採集と標本作りは変わらず続けている。
雨沢が部屋に新しく作った標本を並べると西宮が真剣な顔で選び始める。
「これは
……
見たことがない花だ」
西宮は指さした標本に雨沢の頬がひきつりそうになる。水木家の墓から盗んだ花は乾燥させ標本にした今もなお美しい青と銀を保っている。
「ああ、僕も珍しいと思って採取したんだ
……
」
盗んだ後標本にするまでは新種発見の熱に浮かされていたが、大晦日の頃にはなんと馬鹿なことをしたのかと冷静になったのだ。墓前に花を供えるという故人を悼む気持ちを踏みにじるような行いだ。疚しさから大学などに新種の問い合わせをすることはしなかった。そのくせ手放すことも出来ず収集品として保管している。
西宮が標本を手に取り様々な角度から眺めている。傾けられた花の銀が光彩を放つ。
「雨沢、これを一つ貰ってもいいか?」
西宮に問われすぐに頷いた。
「も、勿論」
もしかしたら、誰かの役に立つかもしれない。一人でしまい込むより健全な使い道じゃないか。雨沢は罪悪感を軽減する手段に飛びついた。
西宮にいくつかの標本を譲って玄関で彼を家族で見送った。雨沢の心にこびりついていた罪の意識も彼に渡した標本のおかげで軽くなっていた。
2017年7月15日
青ざめた顔の西宮が雨沢の家にやって来たのは、茹だるような暑さの昼だった。目の下は酷いくまができていて、目はぎょろりと忙しなく動いていた。朗らかで優しい西宮おじちゃんがの様子が変だと陽菜の気が付いたのだろう。雨沢は陽菜を心配させないように西宮をファミレスに連れ出した。
「どうしたんだ、西宮。酷い顔色だぞ。ちゃんと寝ているのか?」
「寝てなんていられないさ! 雨沢が譲ってくれた青い花、覚えているか?」
「あ、ああ」
首に手を当てられたような嫌な感触がした。落ちくぼんだ西宮の目が雨沢を捉えた。
「あの花から研究している俺が研究している病気を治す薬が作れるかもしれないんだ
……
! なあ、花はどこに咲いているんだ。採取場所は覚證寺と書いてあったが、寺のどこに生えているんだ」
「に、西宮。落ちついてくれ!」
「標本の花弁から採取した物質は今まで研究してきたどんなものより病気に効果がありそうなんだ。もう何年も成果が出なかった
……
何百と試してきた実験に光が見えた! もしも、薬が開発できれば根本治療が可能になるかもしれない! 病気に苦しんでいる子供たちを救えるかもしれない! もっとサンプルが必要なんだ。教えてくれないか」
雨沢の肩を西宮が揺する。縋る手の力は強く、西宮は高揚と疲労の狭間で正気を失っているように見えた。だが、本当におかしいのは自分だ。雨沢は目を伏せて言った。
「あの花は僕が覚證寺のとある墓から盗んだものなんだ」
「何だって?」
西宮の声が頭上から降りかかる。雨沢は目をつぶり両手を強くに握った。
「母さんの墓参りにの時に近くの墓にあの花が供えられていた。僕は欲で目がくらんで花を盗んでしまったんだ
……
」
そして雨沢は自分の行いをすべて西宮に語った。水木家の墓で花を見つけたこと。美しく見たことがない花を盗んだこと。罪悪感から逃れようと西宮に花を譲ったこと。
「そうか、分かった」
一通り聞き終わった西宮が表情の抜け落ちた顔で頷いた。二つの目だけが輝き、まるで化け物にでも取りつかれていたようだ。
「十一月三十日に覚證寺の墓の前で張り込もう。そこで遺族に花のことを聞くんだ」
やめろとも間違っているとも言えなかった。雨沢が花を盗みだし、罪の意識を軽くしようと西宮に渡した。中途半端な可能性が西宮を苦しめている。
「僕も手伝うよ。それと僕が持っている残りの標本も渡す
……
世の役に立ててくれ」
せめてもの償いだと提案すると西宮の表情が少しだけ穏やかになった。
「ありがとう、雨沢。これで少しでも研究が進められる」
西宮が力強く手を握ってくる。何度も上下に振られ、雨沢は曖昧な顔で頷いた。元はと言えば自分が蒔いた種だ。罪の意識から逃れようとして多くの人を不幸にするかもしれない。西宮と別れた後も恐怖が背中に張り付いているのだろう。陽菜と妻には随分心配された。
2017年11月30日
雨沢は何度も腕時計を確認した。朝の早い時間から覚證寺の墓地で来るかもわからない相手と待つと言うのは苦しいものだ。隣に立つ西宮はウインドブレーカーのチャックを手持無沙汰に弄っている。水木家の縁者はまだ姿を見せない。
カラン、コロンと音がした。
聞きなれない音に目を向けると下駄を履いた少年が花束を持って歩いてくる。制服に黒と黄色のチョッキのようなものを羽織る姿は昭和からタイムスリップしてきたようだ。少年の後ろには黒いワンピースの少女。こちらはすらりとした体躯にハイヒールで猫のようにしなやかに足を進める。右目だけをぎょろりと覗かせた少年が水木家の墓の前で足を止めた。
「水木家の方ですか?」
西宮が声をかける。
「
……
あなたは?」
少年の声は年相応なのにどこか老成を感じさせる。不思議な男の子だ。
「西宮と言います。彼は友人の雨沢。その花のことで伺いたいことがあるのです」
西宮が食い入るように少年の抱えた花を見つめている。白と黄色の菊と、それの間に咲く青い花。少年は少し考えてから言った。
「何でしょうか」
「君が持っている青い花。それがどこに咲いているのか教えて欲しいのです」
少年は瞬きをしてわずかに首を傾げた。
「それはなぜ?」
「その花が子供の病気を治す薬になるかもしれないから。実験のためにもっと花が欲しいのです」
少年は考える様に口を結び視線を水木家の墓に向けた。
「できません」
「なぜだ!」
西宮が激高した。溢れそうになっていた感情が決壊したのだ。水木家の墓を指さし口角泡を飛ばす。
「これはこの墓に手向けるための花です」
少年は動じることなく西宮に返した。西宮は血走った目で少年を睨み、もがくように右手を動かす。
「その花があれば死にかけている子供たちの命が救えるかもしれないんだぞ! 死者に花を手向けても生き返らないじゃないか! その花にはもっと未来がある使い道があるんだ!」
西宮の言葉は正しい。しかし、死者の安寧を踏みにじるのは間違っている。ワンピースの少女が眉を吊り上げ一歩前に踏み出した。
「ちょっと! 黙って聞いてればなんて失礼なことを言うのよ。大体この花は去年、水木サンの墓に供えたものよ。それをなんでアンタたちが薬の実験に使っているの。まさか
……
盗んだのね!」
「世のため人のために使うことの何が悪い!」
「信じられないっ
……
ただの泥棒じゃない! 鬼太郎が親父さんと一緒に毎年どんな気持ちで花を用意しているかも知らないで、こんな酷いことが出来るのよ!」
雨沢は両手で耳を塞ぎたい衝動にかられた。僕が墓から盗んだのだ。きれいで珍しかったからと欲望のままに花を盗んだ。それが西宮に中途半端な希望を与え、必死な彼に心ない言葉を言わせてしまった。
「いいんだ、ねこ娘」
「でも、鬼太郎」
少女
—
ねこ娘を少年
—
鬼太郎が制する。二人とも何だか変わった名前だ。
「僕と父さんのために怒ってくれてありがとう。でも、この人にも事情があるみたいだ。ちゃんと話を聞きたい」
「
……
分かったわ」
少女は腕を組んで猫のように睨みつけて来る。少年は隠れていない右目でじっと西宮を見つめた。
「この花は追慕草と言います。ゲゲゲの森という場所にだけ咲く花です。妖怪たちが暮らす妖気が満ちた森の中で特定の条件の元でしか咲きません。もしも人間が森に立ち入って研究のために花を取ったらたちまちにすべて枯れて二度と咲かなくなるでしょう」
「は、ははは。馬鹿なことを言わないでくれよ。妖怪? そんなものがいる訳が」
鬼太郎の頭から拳ほどの小さな何かが飛び出した。それを見た雨沢は言葉を失った。目玉だ。真っ赤な角膜の目玉に小さな身体が付いている。
「決めつけは良くないのう。見たことがないからと言ってないとは言い切れぬものじゃよ」
「め、目玉のお化け!」
ぎょっとして後ずさる西宮。雨沢も赤い目玉の小人が信じられず何度も瞼を擦った。
「儂は鬼太郎の父じゃ。目玉の親父と呼ばれておる。ほれ、この姿を見ても妖怪などおらぬと言いはせんじゃろうな」
「じゃ、じゃあゲゲゲの森と言う場所も本当にあると?」
西宮の問いに目玉が腕を組んだ。
「ある。時代と共に妖怪は人間と共に暮らしていくのが難しくなった。妖怪と人間の間に諍いが起きることもある。時に住処を追われ、時に存在を否定され、行き場を失った妖怪たちがゲゲゲの森にやってくるのじゃ。追慕草も人の世界では咲けぬ花ゆえに妖怪たちが暮らす森にあるのじゃよ」
「青い花
……
追慕草はどれくらい採れるんですか。お金ならいくらでも払います。だからどうか」
「お金でどうにかなるものではありません」
鬼太郎の言葉に西宮が悲壮な声を上げた。
「俺は薬を作るためなら何だってできる。何を犠牲にしたっていいんです」
「西宮、落ち着け。鬼太郎くんが困っているじゃないか」
雨沢は西宮を宥めようと肩に手をかけたが、すぐさま振り払われた。
「やっと掴んだ手がかりなんだぞ! こ、こいつらは妖怪なんだろ? 追慕草を取られたくなくて嘘を付いているかもしれないじゃないか」
「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ!」
ねこ娘が唸り声を開け右手の爪が鋭く伸びる。雨沢の前にいる三人は人間ではないと嫌でも分かってしまった。西宮は爪に怯むことなく前に踏み出した。
「颯太と同じ病で苦しむ子供たちを救いたいんだ! そのためなら命も惜しくない」
西宮の血を吐くような言葉に鬼太郎が瞬きをする。ねこ娘も西宮の気迫に驚いたのか爪をひっこめた。
「
……
颯太くんというのは」
「俺の弟だ。日本でも滅多にない身体の神経がおかしくなる難病にかかって死んでしまった。あの子はこの墓地で眠っている」
西宮が左側にある墓に目を向けた。雨沢は息を飲み、亡くなった弟がいる、と高校生の頃聞いたことを思い出した。
「颯太は生まれてからずっと入院していて、俺は外で遊んだ楽しいことを沢山話したよ。馬鹿だったんだ。それがどれだけ残酷なことか考えもせず、良かれと思ってベラベラと! 病気が治ったらランドセルを買って学校に通おうと叶いもしない夢を聞かせてしまった」
雨沢の脳裏に陽菜の就学を祝う西宮の顔がよぎった。あの噛みしめるような喜び方は弟が叶えられなかった夢が存在することへの喜びだったのか。
「颯太は五歳で亡くなった。もう誰にも颯太と同じ病で苦しんで欲しくない」
西宮の話にねこ娘は顔を背け、目玉は両手を組んで俯いた。雨沢はどうすることも出来ず息をひそめていた。
鬼太郎の死者を悼む気持ちも、西宮の志もどちらも正しい。鬼太郎の言い分に納得できない西宮は悪くないし、いらぬ希望を持つなと言う鬼太郎も悪くない。雨沢は茫然と立ち尽くした。鬼太郎のぎょろりとした目が西宮を射抜く。
「何度も言いますが追慕草は沢山咲く花ではありません。山爺という妖怪がよく世話をしていますが、殆ど増えないんです。人間の畑には妖力がなく育てることも出来ないでしょう。薬の原料になるほどの量はとても無理だ」
「そう、ですか
……
」
押し黙る西宮の前で鬼太郎が花束から青い花を抜き出した。花束をねこ娘に渡し西宮に問う。
「弟さんのお墓は?」
西宮がうなだれたまま一つの墓を指し示した。鬼太郎は下駄を鳴らし西宮家の墓の前に立つ。抱えた花をそっと置いて膝を付いて両手を合わせた。雨沢は深い静寂があたりを包んだ。鬼太郎の丸くなった背中に深い祈りを感じた。
立ち上がった鬼太郎が西宮を振りかえる。
「これは颯太くんに手向けた花です。この後どうするは遺族のあなたが決めてください」
西宮は毒気が抜かれたように口を開いた。数拍の間を置いて、鬼太郎が歩み寄り折り合いを付けてくれたのだと気がついたのだろう。
「
……
あ、ああ」
西宮は花を取る前に弟の墓前で手を合わせた。鬼太郎はじっと西宮の背中を見つめている。そうだ、西宮だって弟を亡くして悲しかったのだ。弟と同じような病でなくなる子供を減らそうとその一心で発した言葉は相手を突き刺すナイフのようで、同時に血を流しながら祈った願いだった。
「鬼太郎、くん」
花を抱えた西宮が鬼太郎と向き合う。
「自分の事ばかりに囚われて、君の気持ちを踏みにじるようなことを言って本当にすまなかった。
……
俺だって弟の墓前で何度悼んだか分からないのに。この花は大切な希望だ」
「その花が本当に希望になるか分かりませんよ。ぬか喜びかもしれない」
「構わない。暗闇を一人で歩くより手が届かなくても星が瞬いていた方がいいだろう? 少しでも研究を続けて希望の花にしてみせるさ。そのために俺は仕事をしているんだ」
西宮がそっと花を摘む。ハンカチで包むと鬼太郎に深々と頭を下げた。鬼太郎はそっと口を開いた。抑揚のない平坦な声がわずかに上ずったような気がする。
「西宮さんの研究を僕も応援しています」
西宮は顔をくしゃくしゃにして何度も頭を下げた。そして生花が傷まないうちにと足早に去っていく。
残された雨沢は鬼太郎の前で頭を地面に擦りつけた。
「ごめんなさい! 水木家の墓から花を盗んだのは僕です」
今ここで謝らなければ、自分が犯した過ちを認められなければ何か大切なものを失ってしまう。雨沢は許しを請おうとは思わなかった。己が犯した罪を明らかにすることだけを考えていた。
「僕が! 僕が水木家の墓から花を盗んで標本にした。盗んだ罪悪感から逃れたくて西宮に花を渡しました! 西宮と違って立派な志がある訳でもない。見たことない珍しい花が欲しいからという自分勝手な理由です。本当に、本当に申し訳ない」
「じゃあ、あんたがすべての元凶って訳ね」
ねこ娘の冷ややかな声が雨沢の首筋を撫でる。
「その通りです。いかようにも僕を罰してください」
目をつぶった雨沢の前で鬼太郎の下駄がコツリと響いた。突き放すような、それでいて寄り添うような少年の声がぽつりぽつりと振ってくる。
「何もしません。ここであなたを罰してもあの人は喜びませんから」
「そうじゃのう。まあ、水木のことじゃ。一発くらいゲンコツをやっても怒らんとも思うがの」
雨沢の頭上でくすりと笑い合う声がした。
「顔を上げてください」
鬼太郎の声に従って雨沢は上半身を起こした。
「雨沢さんがしたことは悪いことです。でも、いけないことだと理解して自分の罪と向き合ってくれた。間違ったことを間違っていると言えない人間は沢山います」
鬼太郎は一度言葉を切った。右目がほんのわずかに揺れたのを雨沢は見逃さなかった。
「あなたのような人間がいると分かっているから、僕はまだ
……
」
それきり彼は黙って水木家の墓に身体を向けた。ねこ娘から花を受け取り花立に入れる。線香を供えて三人の妖怪は順番に手を合わせた。
鬼太郎にとって、水木サンとはどのような人だったのだろう。雨沢は彼らのことも妖怪の事も何も知らない。少年の眼差し、目玉のお化けのうるんだ眼球、そんな二人を見守るように立つ少女を見れば、どれほど大切な人なのか想像は付く。
「僕もお参りしていいでしょうか。水木サンにも謝りたくて」
雨沢の言葉に鬼太郎はふっと口元を緩めた。やはり立ち振る舞いは少年のそれではなく、雨沢より年上の芯の強い人に見える。
「どうぞ」
鬼太郎が雨沢のために身体をずらしてくれる。雨沢はふらふらと墓に近づいて一心に両手を合わせた。どのくらいそうしていただろうか。雨沢が立ち上がった時には鬼太郎たちの姿はすっかり消えていた。花立に残された仏花だけが彼らが幻ではないと告げている。
雨沢は再び両手を合わせた。それから西宮と自分の母の墓を参りゆっくりと家路についた。
2021年10月11日
雨沢が鬼太郎と初めて出会ってから妖怪と人間の間では様々なことが起こった。妖怪テロリストの出現、妖対法の施行。両者の憎悪が高まる中で雨沢はずっと口を閉ざしていた。妖怪と人間どちらが正しいかなんてわからない。どちらも正しいしどちらも間違っている。雨沢にできることは僅かなことだった。どちらが正しいと決めたりせず、自分が正しいと思うことをした。戦闘状態の町で怪我をした人間を病院に送り、弱った妖怪を見つけたら人目に付かない場所に逃がした。西宮も同じようなものだったらしく、研究所の人間を説得して怪我をした妖怪の治療をしてせめて戦わないでくれと説得していたらしい。
妖怪少年ゲゲゲの鬼太郎その人がバッグベアードを吹き飛ばし日本を救ってくれるその日まで雨沢は自分にできることをしていた。
「鬼太郎くんはあれから毎年も颯太の墓に花を供えてくれるんだ」
弟の命日に雨沢は西宮と墓参りに来ている。花屋で求めた仏花を花立に飾って、紙で丁寧に包まれた追慕草を取る。十本の青い花が西宮の手の中で揺れている。
バックベアードを退けた後、妖怪たちは姿を消した。人間と戦争になったのだ、ほとぼりが冷めるまできっと姿を見せない。でもそれは見えないだけで、今もきっと近くにいるのだ。
「妖対法が生きている限り妖怪たちが人間社会に出てくるのは危険だ。でも彼は毎年必ず颯太の墓に花を届けてくれる」
「研究の進捗はどうなんだ?」
「一進一退だな。追慕草について分からないことが多すぎるし、見つけた物質もどうやったらより良い効果がでるのか。人工的に合成が可能なのか
……
仮に試験薬が出来ても追慕草を人間が栽培することは難しいだろう。鬼太郎くんも大量に咲く花ではないと言っていたしな」
西宮は抱えた花を見つめて言った。依然と妄執に取りつかれていた頃とは違う穏やかでうちに秘めた覚悟が滲む声だった。
「人間と戦争になった後も彼が花を届けてくれる。希望が今もここにあるんだ。きっと未来につなげて見せる」
雨沢は頷いて颯太の墓に線香を供えた。両手を合わせて目を閉じるとたなびく煙が鼻を掠め空に登っていく。
覚證寺からの帰り道、住宅街を歩きながらぽつぽつと話した。
「僕は西宮と違って命を救うための立派な仕事をしている訳でもない。鬼太郎くんのように強い力や信念がある訳でもない」
「雨沢、それは」
「それで構わないんだ。僕は今ここで自分に出来る仕事をして何が正しいのか間違っているのか
……
あるいは正しさを求めること疑った方がいいのか。ずっと考え続けることを手放さないでいるよ」
妖怪大戦争の時だって雨沢は大したことをできなかった。妖怪排除に傾く世論に異議を唱えることはできなかった。せめて自分にできることをしようと口を閉ざしどちらの味方もしなかっただけだ。
「雨沢、お前は十分立派な人間だよ」
「きっと鬼太郎くんのおかげだ。水木サンの花を盗んだことを謝れずにいたらと思うとぞっとする」
「ああ、そうだな。俺も鬼太郎君に折り合いの付け方を教えて貰ったよ。お互いの信念が異なってもどこかに落としどころがあるはずだ。そう信じていたい」
雨沢は西宮と調布駅で分かれた。駅前で何か甘いものを見繕って家に帰るのだ。きっと妻と娘は雨沢とお土産の帰りを心待ちにしているだろう。
2023年12月1日
「お父さん、誰のお墓? 知り合いなの?」
水木家の墓で熱心に手を合わせた雨沢に陽菜が問う。娘は中学校に進学し、パステルカラーのランドセルはお役御免なった。
「いや、直接会ったことはないよ。でも、その人の家族に色々お世話になったんだ」
母の墓参りにくる時は必ず水木家の墓にも手を合わせてる。
戦争終結から数年たち、とあるオカルト雑誌に妖怪少年ゲゲゲの鬼太郎を特集した記事がのった。雨沢は鬼太郎と目玉の親父にとって水木サンが何者であったのか知った。どうして鬼太郎が人と妖怪の狭間に立つことを選んだのかも。亡くなった後も水木家の墓にくる理由も。
「水木サンはきっと立派な人だよ」
「お父さん、会ったことないんでしょ?」
首を傾げる陽菜に雨沢は笑いかけた。
「会ったことはないが、ご家族や友人を知れば何となく分かることもあるんだ。そうだな、僕にとって水木サンは
……
」
雨沢は亡くなった母を思い出しては勝手に鬼太郎の心中を推し量り、娘と話をしながら目玉の親父の気持ちを知った気になっている。人間も妖怪も忘れがたく得難い大切な絆を持っているのだと思えば、遠い遠い未来に心地のよい距離を見つけられる日を信じられる。
雨沢は娘と墓を交互に眺め澄み渡る青空と降り注ぐ陽光に目を細めた。
「陽菜に恥じない父親になれるよう見守ってくれる人かな」
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