沙里
2025-12-01 02:16:53
1503文字
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月の夜の温度

続き

 室内に静寂が広がり、綱紀は身体を起こした。
(気付いてはったんやろうけど……気ぃ使わせてもうたかな)
 幾分か前より意識は戻っていたが、気まずさのようなものがあり、眠ったままのフリをしていた。哲人の指摘通り、彼は一般的な……それよりもやや奥ゆかしいくらいの……羞恥心の持ち主であった為、第三者と顔を合わせるなど、なかなかに厳しいものだった。ゆえの寝たふりである。堂々としているほうが正しく見える世の中に少々疑問を持ちつつ、深いため息を吐いて乱れた髪を撫でつけた。
 片膝を立てると、身体と古ぼけたベッドが軋む。くしゃくしゃになったシーツを、気持ちだけ戻すように手のひらを滑らせた。
……慣れへんなぁ、どうにも)
 自分自身で感じるほど熱い頬を手のひらで覆うようにして、膝に肘をつく。耳の裏まで感じる熱さに、綱紀は「あ~……」と声を漏らした。
 思い浮かぶのは別の熱さと、妖しい紅。多少の抵抗も虚しく、散々「堪能」されてしまった記憶。己のあられもない言動や諸々を思い出して、綱紀は追加で「あー……」と唸るように声を漏らした。
(でも、慣れるのもどうなんや?)
 毎度慌てふためくのは、情けなくないだろうか? しかし、そういった行為をこなれた仕草で流してしまうのも、また違うような気がして、綱紀は首を傾げる。傾げたところで、答えなどないのだが。
(そら、向こうさんは見た目よりも長生きなんやろうし……経験値が違う、いうやつや)
 だから比べるべくもなく……という言い訳をしてみるのだが、そういうことやない、と手のひらの下のくちびるを尖らせる。
(でも、闇の王、なんて言うてはるけど優しいやんな。吸血鬼らしいけど、血をくれとかも言わはらんし……
 考えれば考えるほどに、ようわからんと綱紀は頭をかく。
 マイペースで、好奇心旺盛で、自由で。ミヤコ市という箱庭で御役目という荷物を抱えていた綱紀からすれば、あまりにも予想がつかないトリックスター。だけども不快感はなく、行動力に驚き、振り回されても楽しかったと思える。王のカリスマというのなら、そうなのだろう。
……自分の何が良かったんやろうなぁ)
 驚くほどに優しく触れる手を思い出して、ぺちぺちと指先で頬を何度か叩く。頬が熱い。その熱さに気付くのも何度目だろうか。
(わからへんけど……でも、悪い気もせえへんのよな)
 その感情に名前を付けることを、経験値の少ない綱紀にはできず、ただ、熱くなる頬を持て余すばかりであった。
「いっそ魅了でもしてくれたほうが、言い訳できそうなんやけど」
「それではつまらんだろう」
 思わずこぼした拗ねた言葉に知らぬ返答が返ってきて、綱紀は「ひえ」と口の中で呟いて後退った。ベッドの広さはさしたるものでもなく、すぐさま壁と背中が合わさる。上げた視線の先には闇の王。見下す紅は冷たくも見えたが、そういう顔なのだと言われればそうかもしれないと綱紀は思った。
「お、おはやいお帰りで……?」
 コメントに困った綱紀がおそるおそる言うと、シウグナスは「うむ」と尊大に頷いた。
「愛しい君が寂しがっているのかと思ってな」
 伸ばされた手が赤いままの綱紀の頬に触れる。人間よりは少しばかりひやりとした温度差に、身を縮こませた。王の手は変わらず、自由で、優しく、穏やかな月の夜のように頬の感触を楽しんでいる。綱紀はくすぐったさに顔を顰めながら、
「よぉ言いますわ。ひとをダシにして逃げてきたんでしょう」
 と、触れてくる手を払いのけて、子どものように頬を少し膨らませる。闇の王と呼ばれる男は目元を細めて「そうとも言うな」と笑った。