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みすず
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創作
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ふゆみず
シチュー。
台所でとんとんと規則的な音がする。料理をする音だ。包丁を扱う音だ。
冬人がじゃがいもを切る横で、水樹がピーラーを使って人参の皮剥きをしている。冬人がひと口大に切っているじゃがいもも水樹が皮剥きをしてくれたものである。料理をする際、ふたりは自然と役割分担ができるようになっているのだが、それがいつ頃からかはもう不明だ。冬人が本職なこともあり、最初は手を出しあぐねていたらしい水樹であるが、観察眼に長けた彼はすっかりと冬人の手際を学び、動線を把握して手伝ってくれるようになった。いや、現在ではもうお手伝いの範囲ではない。ふたりは共同で食事を作るようになった。
「冬人さん、冬人さん。人参できましたよ」
「ありがとう。こっちもじゃがいも終わったからくれる?」
「どうぞ。立派なつやつや人参です。可愛がってあげてください」
「これから切るんだけどな
……
」
そう言われるとちょっと切り難いなと思いつつ、冬人はじゃがいもを水に晒して人参を容赦せずにやや大きめの乱切りにしていく。もう意識もせずにしていることだが、病院で出される塩茹で野菜がくったくたに茹でられていたこともあって、冬人がよく食べられるようになった水樹へ作る料理で野菜は煮崩れしてもいいように大きく切る傾向にある。加えて、冬人は熱々の具材を水樹があちあちと言いながら頬張る姿を見るのが好きだった。バイトの延長で調理師免許を取得した冬人にとって、自分の料理で喜んでくれるひとがいるいうのを明確に意識することは稀だ。これは冬人が他者との間に線を引きがちな所為もあるのだけれど。
「
……
冬人さん」
「どうしたの?」
「次の任務は僕に任せてもらえませんか?」
「次? ああ、玉葱? 沁みるから俺がやるよ」
「Non!」
「発音いいな
……
次はフランス行く?」
「カナダもどうですか? 地域によって英語とフランス語で変わるの面白いよね
……
おっと、そのお話はセコンドピアットの際にお伺いしましょう」
「ごめんね。クリームシチューは日本食だし、今日のメインだからセコンドピアットはないんだよ」
イタリア映画でも観たのだろうかと思いながら冬人が包丁を持つ手を止めると、視線を向けた先で水樹は冷蔵庫から取り出した玉葱を力強く持っていた。その晶晶とした目がやる気を訴えている。
「冬人さん、僕が玉葱を切るときになると、いつも自分がやるって言うでしょ。僕もしたいなって思うんですよ」
「俺は慣れてるし
……
」
「僕もやれば慣れると思います」
「
……
そっか。じゃあ、任せるね」
ここでたかだか玉葱ひとつと言ってしまうのは簡単なことなのだ。だが、言ってはいけないことだ。些細なことでも案じる姿勢は、とても尊いものだった。水樹は冬人よりもずっと多くそういうことを知っている。
包丁を水樹に譲り、冬人はブロッコリーを割いていく。家シチューなのでそこまで気にしなくてもいいのだが、彩りのために別茹でにしようとするのはもう癖だ。
冬人がブロッコリーを茹でている間に、見事にも玉葱を切り終えた水樹が続いてピーマンを切り始める。初めて作った際に水樹には驚かれたのだが、立花家のシチューにはピーマンが定番であった。独特の風味がついて香りが良くなるのだ。
だが、最近ではシチューに入っている「風変わり」はピーマンだけではない。
水樹の手元近く、ピーマンの次に控えているのはキャベツである。日永家ではシチューにキャベツを入れると聞いたとき、冬人は水樹と同じ表情になった。シチューにキャベツ。くたくたに煮込まれたキャベツは確かに美味しいだろう。お野菜チャウダーに近いのかもしれないと納得して以来、冬人はシチューを作る際にキャベツを入れている。ふたりで作るシチューは緑が豊かだ。
「玉葱炒めるね。油跳ぶかもしれないから気をつけて」
「冬人さんの腕を信用しています」
「ごめんね。料理人って火傷と切り傷が珍しくないんだよね
……
」
冬人の職場では不要とされているが、飲食店では瞬間接着剤が常備されているところも珍しくない。
「つまり努力の勲章ってことですね。大丈夫、跳んできたらちゃんと冷やすから」
包丁を扱う手元から視線を逸らさず、水樹が口元に笑みを浮かべる。彼が他者を不安にさせることを言うひとではないと知っていても、きちんと言葉にされて冬人は安堵した。
ほっとしながら冷蔵庫から取り出されたのはあらかじめブロック分けされたバター。冬人はこれを無造作に二個、三個とフライパンに放り投げ、じゅわりと溶けるバターをフライパンでひと回しする。
碌に目も向けずに伸ばした手。水樹がさっと持たせてくれた玉葱の入った笊をフライパンの上でひっくり返せばもうじゅわじゅわばちばちお祭り騒ぎである。
随分と焦げ目の目立つようになってきた木べらで玉葱を透明になるまで炒めていれば、これまた丁度良く水樹が「どうぞ!」と水から上げたじゃがいもを差し出してくれる。
「水樹くんと作っていると楽を覚えちゃうなあ」
「ふふ、僕も伊達に冬人さんと色々作っているわけじゃないんですよ。明日の朝ごはんでは立派な卵焼きも焼いてご覧にいれます」
「楽しみだなあ。俺、水樹くんの作る甘い卵焼き好きだよ」
「ほんとう? あれはちょっとだけお醤油を入れるのがコツでね」
口は賑やかに、手元は止めず。ふたりは明日はなに作ろう、今度はお弁当にしようとわいわい話しながら料理を続ける。
話す相手がいれば料理の時間もあっという間で、間もなくテーブルには熱々のシチューとパン屋さんで買ってきたバゲットが薄切りにされて並ぶ。副菜は小松菜とツナのサラダである。
せーのとも言わずに合わせた両手、重なる「いただきます」の声。
「あつ、あちっ、おいし!」
シチューを頬張る水樹がわたわたと手を動かすのに、冬人はさっと水を差し出す。
「ありがと
……
うん、今日も美味しいです」
「水樹くんと一緒に作ったからね」
誰かと食べるご飯は美味しい。誰かと作るご飯も一層美味しい。贅沢なことに、冬人はここ二、三年でこの贅沢に慣れてしまった。もう手放すことなんて決してできない贅沢だ。
「あ、そうそう」
「なに?」
「カナダの話なんですけどね」
思い出したように声を弾ませる水樹に、冬人はきょとんとしてから目を細める。
旅の話にセコンドピアットはいらない。
どこに行こうか、なにをしようか。見たいものはなに? 教え合いたい。
シチューからもうもうと上がる湯気に次の楽しみを思い浮かべながら、ふたりは賑やかな夕食を続ける。
明日の朝は卵焼き。もう一品は冬人の腕の見せどころ。
こんなにも楽しい食事をこれから何度も続けられる幸福に胸がじんわりと持つ熱を、冬人はシチューの所為だとは誤魔化さない。
「ねえ、水樹くん」
「なんですか?」
「明日も俺とご飯を食べてくれる?」
明日になって、明後日が明日になっても。ずっとずっと一緒にこんな時間を過ごしてくれるだろうか。
不安にも思わず問いかけた冬人に、水樹が浮かべるぴかぴかの笑顔。
「もっちろん!」
冬人は莞爾として微笑む。
増した胸の熱はしばらく治まることがないだろう。
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