ながひさありか
2025-12-01 00:08:57
3607文字
Public STR-Phaidei
 

とけたアイスクリーム1 - 星座のあとで / 余談の日々

アグライアの事務所勤め×雇われカフェ店長のモーディスの話
ハネムーン後、仕事ばかりのファイノンに不満を覚えたモーディスが拗ねています。

これまでの話→https://www.pixiv.net/novel/series/13350804


 確かに僕が悪い。それははっきりとわかっている。だからこれ以上言い訳をするつもりはない。
 ないが、「機嫌を直してくれよ」と言ったのは昨日から通算十度目のことで、「お前が約束を守れば許してやる」とどんなに甘えてみてもぴしゃりとはねつけられていた。
 そんな風になっているものだから、出勤する間際になってもなんともいえない気まずさを感じていた。このまま仕事に行くのはかなり不安だ。帰宅した時にもしかして君はいなくなってたりするんじゃないか、とありえない(筈の)妄想が脳裏をよぎる。モーディスがそんな薄情な男でないことは知っているし、どこに行くっていうんだ僕と住むここ以外に、とも思う。だけどホテルには逃げられる可能性があるだろう。そんなことはしないだろうが。
「そろそろ時間だから、さ、先に出るよ」
 しまった、喉がひくっと音を立ててしまった。けれどそれに気がつかなかったフリをし、キッチンで食器を片付けながら視線を上げたモーディスに近寄る。
 行ってきますとただいまのキスはおはようとおやすみのキスと同じくらい絶対に毎日必要だよ! と散々訴えて来た事をちょっとだけ後悔する羽目はなるとは、と思いつつモーディスにキスをして、「今夜からは本当になるべく早く帰ってくるから」、と許しを乞う表情で口にする。
 モーディスはフン、と鼻を鳴らし、僕の鼻をぎゅっと摘むと、「帰る前に連絡しろ」と口にしてつれなく顔を逸らした。
 さっさと後片付けに戻ってしまうモーディスの表情はいかにもぶすくれていて、あまりに珍しいものだった。昨日からそんな顔ばかりしているの正直なところ可愛い。
 そう、素直な感想を口にすれば、ますますモーディスは拗ねてしまうだろう。
「行ってきます」
 気まずさを覚えつつも口にした僕を振り返らず、モーディスは「ああ」と静かに頷いて食洗機のスイッチを入れている。
 機械音を聞きながら、これ以上は遅刻するな、と諦めて家を出た。

   *

 ここ半年の僕の態度について、突然モーディスから詰められたのは昨晩のことだ。
『仕事が忙しいことは知っているし理解もしている。このところ出張も残業も多いことも心配しているが、やり甲斐もあるのだろうし、お前にしかできないのだと信頼されていることもわかっている。だが、たとえそうだとしても、俺はいつまでお前に放置され続けなければいけないのだ?』
 へ、と間抜けな声を出した僕を睨んだモーディスは、ため息をつきながら腕を組むと、無自覚か、と少しだけさみしそうに目を伏せた。その表情に、え! とまた声が出た。
 ちょっと待ってくれ、と無意味な制止を口にして時間稼ぎをし、ここ最近の生活を慌てて遡る。
 二週間以上家を空けた回数はこの半年で三回、残業とか休日出勤とかでデートのリスケをお願いしたのは五回、で確か足りる筈だ。仕事に行くのを見送った回数よりも見送られる回数の方が多いし、帰ってきたらモーディスが先に寝ていることも多かった、気がする。趣味のアンティークショップ巡りはしている暇がないのでしていなかったが、それはモーディスと過ごす時間より趣味で時間を削りたくないなと思っていたからだろう。と言うかそもそも買い物以外で外に出ていないかもしれない。ここ半年は。
 え? そんな状態になってたか? なっていた。
 どうして仕事を詰めてしまったのかと言えば、ハネムーン休暇を一か月近くもらったからだ。勿論アグライアの許可をもらって、と言うか殆ど命令のようなもので、モーディスの休暇は僕より短かったけれど、モーディスもモーディスで雇い主がかなり融通を聞かせてくれていたらしい。
 だから僕たちは二人ともしばらくは仕事に真面目に、と言うより僕は休暇のうしろめたさから逃れるように、休みを言い出すのを控えていた。……と言うことに今気が付いた。
……………………
 モーディスは僕の言葉を聞いてくれているのか、静かに、黙って、腕を組んだまま僕を見つめている。彼の左手には指輪がはまっていて、部屋の照明を反射してきらりと輝く。その事実にほっとした。モーディスは怒っているというより拗ねているのだろう。それはわかる。拗ねているだけならまだ深刻ではないはずだ。多分。
 確かにモーディスには、かなり不愉快な思いをさせていたかもしれない。と言うより、勘が手ているうちに、ようやく大事なことを思い出しだ。
 最後にしたのっていつだっけ? ……もしかすると、三か月前かもしれない。
 そんなにしてなかったか? ともう一度ここ数か月を思い出してみるが、二回ほどさかのぼって、してないな、と気づいた。だけどどうしてそれに気づかなかったのかと言えば、毎日キスはしているし、疲れた……、とモーディスにひっつけば優しく僕を受け止め、抱きしめ返してくれるからだろう。いつもの僕ならそれだけで我慢ができるはずもないのに、このところはそれで満足してしまっていた。それに気づかなかったのは、モーディスからくっついてきてくれることもあって、それを僕が拒んだことはなかったからだろう。まぁセックスに関しては「疲れてるから、今日はごめん」、と断ったのは一度だけのはずだが……………
……確かに、僕からは誘ってないな」
 ようやく回想を終え、モーディスに向き直る。確かに過去数か月、何度かモーディスが無言ですり寄ってきたり、なんとなくしたそうな空気を出されたことはあったような気がしたが、結果的に今日も疲れたな、とか、明日からまた激務なんだよな、とか、そんなことを考えて、ハグを返すくらしかしてこなかった。
 多分それですませてしまったのは、どうしてもしたかったらモーディスからアクションを起こしてくれるだろうと思い込んでいたからだ。今までそういう生活をしてきた(と思っていた)し、モーディスはもし不満があればすぐに口にしてくれる……と考えたところで、はたと気づく。モーディスはかなり我慢強いタイプだ。都合よく忘れていたけれど。
「あーその……、ごめん、そんなつもりは本当に全然なかったんだけど、仕事はもう少し調整するよ」
「そうしろ」
 モーディスはため息をついてフン、とやっぱり拗ねた顔でそっぽを向いている。ごめん、とわかりやすく許されたがっている態度を作って傍に寄り、モーディスの頬に手を添える。その手を振り払うようなことはモーディスはしなかったが、視線を合わせてはくれない。それに苦笑する。
「許してくれ、君を大事に思ってないわけじゃない」
 頬骨に何度かキスをしながら抱きしめようとしたが、モーディスは腕を組んだままそれとなく僕の腕から逃れ、「俺はまだお前を許してはいない」と言う態度を珍しく続けていた。
「どうしたら許してくれるんだ? 悪かったよ。なあ、夕食は僕が作ろうか。食べに行ってもいいけどね。奢るよ」
 腕を組んだままのモーディスを無理やり抱きしめて、耳や髪にキスをしながら許しをねだった。謝罪の気持ちは勿論本物だったが、許してくれなかったことがないので、今回もいつも通りモーディスは「仕方のないやつだな」とかなんとか言って、そうそうに許してくれるのだろうと思っていた。
「それとも……今からする? 僕が君のことをちゃんと愛してるって伝えるには、それが一番早いだ、」
「調子に乗るな」
 キスしながら腰と尻を撫でていた僕をモーディスはべりっっっっと無慈悲に剥がしたかと思うと、僕の体を反転させ、尻を膝で蹴り上げる。痛っ!
 尻をさすりながら振り返り、モーディス……と恨みがましく見つめると、モーディスはぴくりと眉を震わせ、一瞬だけ葛藤するような表情をした。よし。もう少しで許してもらえる筈だ。
……今夜の夕食はお前が作れ。今日はしない。夕食後に時間をやるから、明日から二週間のスケジュールを提出し、提出した通りに過ごせ。残業と休日出勤は極力回避しろ。できない場合は理由を言え。言い訳は聞いてやる」
「それで?」
「二週間やり切ったら許してやる。今言ったこと以外は要求しない」
「それって例えばだけど、」
 三日後はモーディスと休暇がかぶっている。もともとそこはデートで遠出をして甘いものでも食べにいこうと言っていたけれど、もしかしたら仕事が入るかもしれないと思って行き先は決めていなかった。……確かに、いつの間にかそんなことにはなっていた。モーディスをないがしろにしていたつもりはなかったけれど、甘えて、優先度は低くなってしまっていたかもしれない。
「三日後に『君とセックスする』って書いたらしてもいいってことかい?」
「HKS!」
 どうやら、そういうわけにはいかないらしい。



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