めめた
2025-11-30 23:41:33
2969文字
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20251117_種曲

1117から書いたり書かなかったりしてたやつです。
※例のごとく作者に知識はありません。

 一応のノックをしてから、自室の扉を開ける。
 修二が部屋を出る前にあった竜次の姿は無く、薄明かりだけが空っぽの室内を照らしていた。
 風呂に行かないのか、と会話したのは一時間ほど前のことだ。いつも風呂に行く時間だったが、竜次が本を置こうとしなかったのでそう聞いた。キリのいいところまで読むから先に行っていろ、と返されて修二は一人で大浴場へ向かったのだが、どうやら入れ違いになったらしい。
 同室で、ダブルスペアだが、二人で行動しなければならないわけでも無いし、今急ぎの用事があるわけでもない。修二は空っぽの部屋に入って照明を切り替える。いつも通りの明かりが部屋を照らした。
 二つあるベッドのうち、一つの上には竜次によって先ほどまで開かれていた本が静かに横たわっている。そしてその隣に見慣れた小さなボトル。
 おや、と修二はそのボトルを摘み上げて、透けて見える中身を確認した。勿論、空では無かった。
 半分より少し減ったぐらいのそれを手の中で弄び、扉の方を見る。もう一度風呂場まで行って届けてやるべきかと思ったが、どうせまた入れ違いになるのだろう。修二は本の隣に腰を下ろして、持ち主の帰りを待つことにした。
 携帯端末を片手に、傍らの本をペラペラと捲ってみる。中身はビジネス書のようだった。マーケティング戦略がどうのと書かれているのが見えて納得し、視線を画面へと戻す。
 そうしていると小気味よいノックの音が聞こえて、返事の前に扉が開く。
「おかえり〜竜次」
 修二は手の代わりに摘んだボトルを上げて扉の向こうから現れた人物を見る。
 竜次は軽く手を挙げて返すと、そのまま修二が見せたボトルに手を出した。
「やっぱ部屋にあったか」
 濡れたままの頭にタオルを被せた竜次の手から、ボトルを避ける。
「髪、そのままで来たん?」
 ドライヤーは脱衣所に備え付けてある。けれど竜次は自前のものを持ち込んでいて、脱衣所でそれを使って乾かしていたはずだった。
「それが、乾かす前につけるやつだからな」
 避けた手から目を離して修二の顔を睨みつける竜次に笑みを返し、修二はベッドから腰を上げる。
「こちらへどうぞ、お客さま?」
 部屋の椅子を一脚引いて、手のひらを添えた。竜次は全てを理解したらしく僅かに顔を顰めてから、椅子に向かった。
「ったく……勘弁しろし……
 椅子を押して竜次を座らせると、その頭に乗ったタオルをそっと避ける。しっとりと水分を含んだそれは随分と冷たかった。
「任せときや竜次! 手順は完璧やで☆」
「あんま期待しないでいてやるよ」
 自信満々に言ったが、手順を頭に入れたのはついさっきだ。手にしたヘアトリートメントを検索して、使い方とタイミングを調べ、その後どうするべきか、ドライヤーの当て方とブラッシングの方法まで調べて叩き込んだのだ。動画を見て手の動かし方までも確認した。
 自分のせいで竜次の髪が傷んでは良くない。きっと竜次は許してくれるが、修二は自分が許せなくなるだろう。
 竜次の髪は既にタオルドライが済んでいる。修二は濡れた髪に指を差し込んで、指の腹で頭皮を圧した。
「おい修二……余計なことすんなし」
「もう座ってもーたやろ? クレームは無しやで」
 軽く上を向いた竜次は、横暴な言い分を文句も言わず飲み込んでまた前を向く。鏡も置かずに簡素なヘアサロンと化した部屋で、修二はふわりと香る洗髪剤の香りに目を細めた。
 傍らに置いたトリートメントを改めて手に取り、中身を出す前に髪を一房摘んだ。黒くて癖のある髪は濡れてツヤツヤとしている。既に手触りのいいそれに、唇で軽く触れた。
「竜次、これいつもどのくらい出すん?」
 トリートメントを手に取ってからの妙な間を誤魔化すように、修二は問いかけた。まだ、ひやりとした感触が唇に残っているのが愛おしいと思いながら。
「五プッシュぐらい」
「ふんふん……
 髪の量と長さを考えれば確かにそれぐらいは要るのだろう。修二は言われた通りの量を少しずつ手に出して、竜次の髪に優しく触れていく。
 ぬるり、としたテクスチャのトリートメントは髪に移って修二の手を離れ、継ぎ足してまた髪を撫でる。洗髪剤とはまた違う香りが、修二の心を揺さぶった。
 念入りに毛先にまで塗布して、コームで軽く梳く。
 ドライヤーの準備をしながら手順と注意点を思い浮かべ、ふと、目の前の髪で見え隠れする項に触れた。ビクリと跳ねた肩は、いつもよりも小さく見える。早く終わらせないと、竜次の身体が冷えてしまう。それを抱き締めて温めるのも一興ではあるが、健康を害するつもりは無いのだ。
 ドライヤーのスイッチを切り替えて、頭に当てる前に手で温風が出ていることを確かめる。
 髪に指を入れて、近づけ過ぎないように根元から乾かしていく。ふわふわと髪が風で舞うと、修二を惑わす香りも広がっていくようだった。
 やがて束になっていた髪は乾いてサラサラと指の間を抜けていく。見慣れた癖っ毛が姿を現した頃、修二はドライヤーの風を止めた。
 竜次は自身の入浴セットから一つのボトルを取り出し、後ろを見ずに修二に差し出した。
「それつけて、ブラシまでやってくれ」
 修二は先ほどと同じメーカーの、しかし違うデザインのボトルを受け取って返事を返すが、正直ちゃんと声が出ていたかは自分で物分からなかった。
 大事な習慣を、なんてこと無いように預けてしまうのかと、その驚きと感動、それから優越感が込み上げてしまったからだ。
 半ば無理矢理に修二から始めたことだが、結局竜次は最後まで修二に任せることを選んだ。これが自分じゃなかったら、竜次はどうしたのだろうか。きっとこれは修二だから許されたことなんだ。そんなもしもの事を考えてしまうほどには、嬉しかった。
 毛先をメインに仕上げをして、丁寧にブラッシングをする。その間も修二は鼻歌が漏れるぐらいには機嫌が良かった。
「満足したかよ」
……最後に、ええかな」
 背もたれに片肘をかけて振り向いた竜次は、すっかりいつもの姿だ。他にやることなどなく、あとは布団に入るだけ。そんな姿の竜次は、首を傾げて修二を見た。
 何を、とは言わずに修二は軽く両腕を広げた。竜次は怪訝な顔を見せたものの、要求は汲み取って腰を上げる。そしてそのまま、修二の身体を抱き締めた。
「なんだし、急に」
 竜次の声は優しくて、笑みが混ざっている。修二も同じ様に返そうとしたが、先ほど自分が触れた香りを強く感じて、腕に力を込めることしか出来なかった。
「竜次はどうやった? ヘアサロン種ヶ島の感想は」
 抱き締めた指先で毛先を弄びながら、少し茶化して聞いてみた。感想なんてわざわざ聞かなくても、先程の竜次の態度が答えだ。
「気持ちよかったぜ」
 そう、答えは知っていた。それをわざわざ言葉として聞きたがったのは修二だ。けれど、もう少し言葉は濁されると思っていたのだ。悪くは無かった、とか。
「そら、良かったわぁ」
 素直で直接的な言葉に、修二は明らかに動揺してしまう。それを悟られたくなくて、悔し紛れに軽い声を出して耳の後ろにキスをした。
 じわりと熱を高める身体は、しばらく冷えることはなさそうだった。