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Hizuki
2025-11-30 22:40:15
4211文字
Public
あんスタ[薫あん]
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いつもがんばってる君へ
【あんスタ】薫あん。取材先のカフェのパンケーキをあんずに買って帰る薫の話。前半は薫視点、後半はあんず視点。ホールハンズの内容より。息抜きも大事だよね。
「さて、今回俺が取材させていただくカフェはこちらで~す!」
賑やかな都心部から離れた住宅街の一角。そこから更に奥の通りに入ったマンションの一階にそのカフェはあった。零くんが『薫くんにぴったりな仕事がある』と言って持ってきてくれたのは、パンケーキが看板メニューのカフェの取材だった。情報番組のコーナーの一つで、隠れた素敵なお店を紹介する、というものだ。
「こんにちは~!今日はよろしくお願いしま~す!」
「こちらこそよろしくお願いします!どうぞ」
店のドアを開けてそう挨拶をすると、優しい笑みを浮かべる若い夫婦が出迎えてくれた。撮影の関係で奥の広い席へ案内され、ソファに腰を下ろす。ナチュラルカラーでまとめられた店内にはゆったりとしたBGMが流れていた。店舗の立地もあってか席数は控えめで、みんなでわいわいというよりは少人数や一人でのんびりする、という方が向いている。先に貰った資料でおおよその話は頭に入れてあるけれど、簡単にこのお店のオープンまでの経緯を聞かせてもらった。二人が揃ってパンケーキが大好きで、自分達が好きなパンケーキをみんなに食べてもらいたい、ということだそうで。表にあった手描きのメニューボードも、客席に置かれているメニューも奥様の手によるものらしい。今回は今だけの限定のものをいただける、と聞いていたからあれこれと迷うことはない。とはいえ、他にどんなものがあるのか気になって、席にあったメニューに目を通していると、気になる一文を見つけた。
「あ、お持ち帰りもできるんですか?」
書かれていたのは『テイクアウトOK』の文字と数種類のパンケーキ。
「はい。店内提供のものとは違う食感を楽しんでいただけるものになっています」
尋ねてみれば簡単に説明をしてくれた。どうやら温かいものではなく、冷めても大丈夫なように持ち帰りに特化させたものだそうで。店内でも食べられるとのことだけれど、持って帰れるのなら都合がいい。
「へぇ~。じゃあ、これとこれにしようかな」
「え、羽風くんこれから食べるところなのに!?」
メニューの二つの写真を示すと、撮影のスタッフさんから大きな声が上がった。そもそもこれからいただくのもパンケーキなわけで、更にパンケーキを注文するとなればそう言われるのも無理はない。
「あはは。おみやげですよ、おみやげ」
「ああ、そういう
…
。びっくりした
…
」
「では、お帰りに合わせてご用意しますね」
「お願いします」
俺達のやり取りを見て、奥様がくすくすと笑っている。その後パンケーキが出来上がるのを待つ間に焼いているところを見せていただいたり、お二人のおすすめを教えていただいたりとあっという間に時間は過ぎた。そして、テーブルに運ばれてきたのは季節のフルーツがふんだんにトッピングされたパンケーキで。ふわふわで口に入れた途端に溶けるようなパンケーキ。添えられているクリームは控えめな甘さで、フルーツの甘さを遮らない。最近食べたものの中では群を抜いているものだった。
「ごちそうさまでした!とっても美味しかったです!今度はプライベートでお邪魔しますね」
「こちらこそありがとうございました!」
「ぜひ!お越しの際はご一報くださいね!」
最後の挨拶をして、頼んでおいた持ち帰り用のパンケーキを受け取った。コーナーの締めの挨拶も撮り終えて、映像の確認が済むとスタッフさんから撮影終了の声が飛ぶ。撤収作業を待って帰路に着き、ESの駐車場で下ろしてもらって、改めてスタッフさんに挨拶をする。
「お疲れさまでした~!」
車が去っていくのを見送って、ポケットからスマートフォンを取り出す。さて、おみやげを届けに行かなくては。今日は一日ESにいると先に聞いていたからこそ、買って帰ろうと思ったわけで。ホールハンズから彼女の名前を探して、通話ボタンを押した。
ふぅ、と小さく息を吐いて、キーボードを叩く手を止めた。その瞬間を見計らっていたかのように、デスクの上のスマートフォンが着信を知らせて震える。ディスプレイに表示された名前を見て、すぐに通話ボタンを押した。
『もしもし?さっき、取材で行ったカフェのパンケーキがすごく美味しそうでね、テイクアウトもあったから買ってきたんだ。がんばってるご褒美に
……
一緒に食べない?』
「えっ、いいんですか?」
思いがけない薫さんからの提案に私の声は跳ねた。そういえば、少し前にカフェの取材の話は耳に挟んだ記憶がある。直接自分が関わるものではなかったから内容まで聞いてはいなかったけれど、パンケーキという話を聞けば薫さんのところに回ったというのはとても納得がいった。
「ありがとうございます!私もちょうどお話ししたいことがあるので、ミーティングルーム押さえておきますね」
『俺の方こそありがとう。それじゃ、また後でね』
そこで通話は切れ、そのまま施設予約の画面を開いた。仕事の件で相談したいこともあったから、本当にタイミングがよかった。空いている中で一番小さなミーティングルームの予約を取ると、それを薫さんに送信する。ESに戻ってきていると言っていたから、そんなに時間はかからないはず。デスクの上を軽く片付けると、荷物を持って席を離れる。途中の自販機で缶コーヒーを二つ買って、予約を取ったミーティングルームに向かった。私が部屋に着いて少ししてからドアを叩く音がした。
「お疲れさまです、薫さん」
ドアを開けて出迎えれば、白い紙袋を手にした薫さんがそこにいた。
「あんずちゃんもお疲れさま。はい、これがさっき話してたパンケーキだよ」
「わざわざありがとうございます!」
紙袋をテーブルの上に置いた薫さんが言う。そっと取り出された箱は袋と同じ色で、それが二つあった。片方にはオレンジ色のシールが貼られている。
「いいのいいの。プレーンのと限定の両方買ってきたからさ、半分ずつにしよう?」
「はい!」
使い捨てのカトラリーとおしぼりも並べられ、私も買ってきたコーヒーを添える。まだ温かいようでよかった。二人で並んで座り、手を合わせて食事の前の挨拶をしてから箱を開けた。プレーンのものはシンプルにクリームだけのトッピングで、限定のものはクリームの上にキャラメルソースがかかっていて、さつまいもが添えられている秋らしいものだった。SNSに上げるための写真だけ撮りたい、と薫さんが言うから、それにならって私もカメラを立ち上げてシャッターを切った。撮影が済んだら半分に切り分けて、まずはプレーンの方を一口。
「おいしい
…
!」
しっとりとした食感に、ちょうどいい甘さのクリーム。素直な感想が口からこぼれる。
「うん、冷めてても美味しいのはいいね~。おみやげにするにもいい感じのサイズだし」
同じように口にした薫さんが頷く。薫さんが言う通り、手のひらほどの大きさのものが二段という量は多くも少なくもなく、という感じで食べやすくてちょうどいい。
「今度さ、お店の方にも一緒に行ってみない?すっごく美味しかったから、焼き立ても食べてもらいたくて」
「ぜひ!食べてみたいです!」
薫さんからのお誘いを断る理由なんてあるはずがない。返事は即答だった。そんな私を見て薫さんは嬉しそうに笑う。
「じゃあ決まりだね。空いてる日、教えてくれると嬉しいな」
「後で確認しますね。楽しみです」
これはデートの約束でもあって。お互いの仕事柄、すぐに叶うかどうかはまた別の話にはなってしまうのだけど、楽しみなことはいくつあったっていい。スケジュールの空白を思い返しながら、薫さんが切ってくれたもう一つのパンケーキも口に運ぶ。仕事としては先の季節の話が出てきていることもあって、こういうことで今の季節が何だったかを実感することも度々ある。
「
…
ふふ」
ふと視線を感じて、自分の手を止めた。もちろん、そこにいるのは薫さんしかいない。
「どうかしたんですか?」
「ん?美味しそうに食べてくれるな~って思って」
顔を向けて私が尋ねれば、薫さんは理由を嬉しそうに答えてくれた。
「
…
だって薫さんが買ってきてくれたんですもん。おいしいに決まってますよ」
薫さんがこうして私に差し入れを買ってきてくれたのは、今日が初めてというわけではない。食事だったり、スイーツだったり、飲み物だったり、何やかんやと届けてくれる。味が外れたことは一度だってない。自信満々にそう言うと、薫さんはまた小さな笑い声をこぼした。
「クリーム、付いてるよ」
「え?」
その言葉を私が飲み込むよりも早く、薫さんの手がこちらに伸びてくる。人差し指が私の口の端をすっとなぞった。そして、薫さんはその指先をぺろりと舐める。
「ごちそうさま」
「お、お粗末さまでした
…
?」
…
これは違うような気がする。どう返したらよかったのか分からないまま固まっている私をよそに、薫さんはまたフォークを手に取ってパンケーキを口に運んでいる。私の疑問を解決してくれる人はいない。とはいえ、薫さんは上機嫌だし、まぁいいかと思いながら私も残りのパンケーキにナイフを入れた。
薫さんのSNSにパンケーキの写真が上がったのは数日後の話。番組の放送があった日の夜のことだった。リアルタイムでは見られなかったから、録画していったものを帰ってきてから見た。パンケーキの感想や、今度行ってみようといった好意的な声が飛んでいるのは先に見かけていたから、私も見るのを楽しみにしていた。持ち帰りの注文をしているところまでしっかりと放送されていて、おみやげを羨ましがる声や相手を予測する声などがあふれていた。それが私だとは誰にも言わないし、言えないけれど、取材の時から私へのおみやげを考えていてくれたのかと思うと、また嬉しさがこみ上げてくる。同時に、ミーティングルームで口の端に付いていたクリームを掬われたことも思い出した。よくよく考えればみっともない状態だったのではということに気付いて、今更ながら恥ずかしくなってきた。しかもそれを薫さんは舐め取っていて。
…
さすがにお店であんな醜態は晒せない。
手にしていたスマートフォンのバックライトを消すと、近くにあったクッションを手元に引き寄せて顔を埋めた。
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