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fmc359
2025-11-30 19:25:59
2231文字
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【風】虚室生白(日文)
紫は鏡の前に立ち、自分の顔を見つめていた。
いつもなら、そこに映るのは朱の顔だった。朱は鏡の前で眉を描き、目元に色を乗せ、最後に耳飾りをつける。でも今日は
……
いや、もう何日も前から朱の姿は鏡に映らない。
紫は瞬きをして、もう一度覗き込む。それでも、そこにあるのは自分の顔だけ。
朱はいない。彼女はたしか「任務」と言って、しばらく出ると話していた。戻ってくるとも言っていた。
その間、家には紫と白の二人きり。
白は年若いが、忙しい。長のもとで会議が絶えないらしく、陽が昇る前には家を出ている。紫が起きて台所に行くと、蒸籠の中には白が用意した里芋とゆで卵が並んでいる。
白の背ではまだかまどに届かず、鍋を使うには台に乗らなければならない。紫がちらりと台を見ると、その足のほぞが摩耗しているのが目に入った。
紫は木片を拾って、玄関の敷居に腰掛け、小刀で削り始めた。
隣の家から井戸端会議の声が聞こえてくる。耳に届いたのは、紫がこの村に来て「四ヶ月」経ったという話。
四ヶ月がどれくらいなのか、紫にはわからない。ただ、朱のいないこの家には、どうしても慣れることができなかった。
ぼんやりしていたせいか、小刀が指先をかすめた。幸い、傷は浅い。紫は指をくわえ、血が止まるのを待った。
朱に訊いたことはなかった。どうして耳に穴をあけるのか。血は出るのか。痛いのか。飾りは重くないのか。頭の中ではそう思っても、言葉にできない。だからいつも、黙って朱の背中を見ていた。鏡越しにじっと見つめる紫鸞を見て、朱はよく笑いながら言っていた。
「そんなに見つめて、紫鸞は何を考えているの?」
今はいない。紫は、またそのことに気づく。
木片を置き、ズボンで手を拭くと、部屋に入り朱の鏡台の引き出しを探った。
針を取り出し、耳たぶを引っ張りながら試しに刺してみる。
肉は柔らかく、逃げてしまって、半分しか入らない。
そこで紫の指は自然と耳の上の方へ動いた。軟骨ならば、もう少し刺しやすいのではないか。考えが終わるより早く、針は耳の縁を貫いていた。
思ったより痛くない。
馬車に轢かれたことや、饅頭屋の旦那に殴られた時に比べれば、ほとんど何も感じない。
紫は、少し安心した。
朱も、きっと痛くなかったのだろう。
初めて会ったとき、朱の腕には傷があった
——
紫の前腕ほどの長さで、爪の先ほどの深さの傷。それでも彼女は、紫に「一緒に行こうか」と笑いかけた。そんな傷でも痛くないというのなら、耳の穴など大したことではない。
「紫鸞、なにをしている?」
声がした。白だった。
紫が振り向くと、白が驚いた顔で戸口に立っていた。紫が近づく前に、白は駆け寄ってきてもう一度訊いた。
「なにをしているんだ?」
紫が白の顔を見ると、床に血の滴が落ちているのが見えた。呆然と立ち尽くす紫に、白が三度「座れ」と言い、ようやく紫はその場に腰を下ろした。
白は傷を覗き込み、ため息をつくと、棚から薬の瓶を取り出し、手際よく消毒と薬を塗ってくれる。
「なぜ、こんなことを?」
「
……
」
言葉にできなかった。思考が長く、回りくどすぎて、とても口では伝えられない。
だから長い沈黙のあと、紫はただ一言だけ言った。
「朱和が、耳に穴をあけた時
……
痛かったのか、知りたかった。」
白は意外にも黙ったままだった。血のかさぶたを拭い終わるまで、その静けさは続いた。
「このまま、穴を残しておきたいのか?」
紫には、すぐに意味が飲み込めなかった。
朱と白はよく、食事や寝る向きのような些細なことにまで、よく自分の意見を求めてきた。紫はこれらが自分が決める必要のあることだとは知らなかった
朱は言っていた。
「必要だから決めるんじゃない。『できる』からだよ。人には好みや、慣れたことがあって、紫鸞にも、ちゃんとあるはずだ」
――
と。
あるのだろうか。紫にはわからない。
けれど、「肉まんが食べたい」と言ってみてからというもの、家では肉まんを作る回数が増えた。この場所で初めて、自分の「したい」が、誰かの手によって形になるのを知った。蒸気の立つあたたかな肉まんには、たしかに、自分の分が含まれている。
紫は訊いた。
「残すなら
……
朱和みたいに、飾りをつけないとだめ?」
白は頷いた。そして朱の化粧箱を持ってきて、慣れた手つきで最下段を開け、小さな銀のイヤーカフを取り出す。
「これは朱和がもっと小さい頃に着けていたものだ。穴の位置にぴったり合う。
残したいなら、今すぐ着けておけ。傷が癒えるまでは外すな。」
紫がうなずくと、白は身を屈め、静かに耳に飾りを留めた。
紫はふと思い出した。
自分がこんなことをした、そもそもの理由。
「朱和は
……
帰ってくる?」
「もちろん。出発のとき、お前にも言ったはずだ。一ヶ月後に帰ると。」
紫は自分の手を見た。さっき小刀で削ったところはもう血が止まっていた。
よかった、これ以上白に手間をかけずに済む。
けれど、どうしてもわからないことが一つあった。
少し口ごもったあとで、それでも尋ねた。
「
……
一ヶ月って、どれくらい?」
白は身体を正し、紫の目をまっすぐ見て答えた。
「三十回、日が昇って沈むこと。それが一ヶ月だ。
明日から、数の数え方を教えよう。」
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瞻彼闕者、虚室生白、吉祥止止。
——
『莊子・人世間』
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