放課後の医務室では一年生の水色の忍務服を着た同学年より少し低い背丈の子どもが座りながらたどたどしい手つきで日中に干した包帯を巻いている。
「ほうたいは〜しっかり巻いてもきつすぎず〜♪」
すばやくきれいにゆるまぬように〜♪と保健委員会で代々伝わるらしい包帯の歌を歌っている一年は組の善法寺伊作の後ろで、薬草を煎じているこの医務室の主である保健委員会委員長であり六年は組の猪名寺乱太郎がそんな伊作を見て頭を撫でる。
「伊作も包帯巻くの上手くなってきたねぇ、もう見習いは卒業かな?」
「…え!本当ですか!」
やったあ〜。と大袈裟に腕を上げて喜ぶ伊作に頭を撫でながら、伊作の今手に持っている包帯が巻き終わったら、外出許可を取って外にでも行こうか。と優しい顔をしながら乱太郎が言った。外?どこに行くんですか?と首を傾げる伊作に、それは行ってからのお楽しみかなあ。と乱太郎が笑う。
「せんぱいのいじわる…。」
「いじわるしてるわけじゃあないよ。」
「じゃあ、なんなんですかあ。」
「…ふふ、伊作がかわいいからついつい構いたくなるの。」
それがいじわるなんじゃないんですか!と伊作が頬を膨らませながら乱太郎のことを見つめると背の高い彼はぽてっと座ってこちらを見つめるかわいい後輩の頬を突いて彼の頭を一撫でして立ち上がりほら、私は先に外出許可と外に用意をしてくるから見習い卒業する伊作はきっと私が来るまでには終わっていると思うけど…それまでに終わらせるようにね。と医務室を出て行った。
乱太郎が出て行った医務室には当然ながら伊作しかおらず、静寂が場を支配していると思えば伊作はさっき乱太郎から撫でられた自分の頭を自分の手で撫でてから、やっぱり乱太郎先輩の手って大きいんだなあ。とぽつりと呟いた。
まだ忍者のたまごになりたての一年生の自分より年上の乱太郎の手が伊作より大きいのは当然のことなのだが、あの大きくて綺麗な手で触れられることは何故だか心臓がどきどきして苦しくなるのだ。
いつもふわふわして柔らかい雰囲気の彼なのに、時折真剣に薬を調合したりしている時に見せる鋭い瞳とか、普段の柔らかくて優しい声も好きだけど、たまに先輩たちを咎めるときに出る普段の乱太郎から出るなんて考えられないあの少し低くなる声も全部全部どきどきしてしまうのだ。
伊作はまだ、この感情に名前を付けることができないため、どうすることもできないから、ただただ、この胸の高鳴りがなくなるのを待つしかない。
「せんぱい、また頭なでてくれないかなあ。」
自分の頭をさらりと撫でながら包帯巻きの作業に戻った伊作はまた保健委員会に代々伝わるとされる包帯の歌を口ずさみながら乱太郎が帰ってくるのを待つのであった。
それからほどなくして伊作が包帯を巻き終わった頃に乱太郎が医務室に戻ってきた。伊作の様子を見る限り手に持っていた包帯は最後の一巻だったようで、全て丁寧に綺麗に巻き終わっているようだった。
「ただいま、伊作綺麗にできてるねえ。」
「乱太郎先輩っ!」
待ってました!と言わんばかりに乱太郎の足に伊作が絡みつくと危ないよと言いながら伊作のことを引き剥がすでもなく抱えて立たせてやる。
そのまま伊作の頭を撫でて伊作が全部終わったようなら私の方も用意はできたから二人で出かけようか。とにこやかに笑って医務室の戸を開けて廊下を歩き出した乱太郎の後ろを急いで置いていかれないように伊作が走った。
「もうどこにいくか教えてもらってもいいですよね!」
乱太郎に追いついた伊作が彼の手と自分の手を繋ぎ合わせて眼鏡の奥にある先輩の綺麗な瞳を射抜いて力強く問いかけると乱太郎は少し考えた後、自分の口に人差し指を当てて口を開く。
「んー……。……ひ・み・つ!」
「なんでですかあ……!」
「ふふ、まあまあ、着いてからのお楽しみで、ね?」
ほらほら、もたもたしてたら日が暮れちゃうから行くよ~。と歩いていく乱太郎に引っ張られるように歩いていく伊作。
自分かつないだ手が振りほどかれることなかったことに嬉しさを感じながら彼の歩幅に合わせるように一緒に歩いた。伊作も外に行く準備をして二人で学園の門をくぐり、門番である小松田さんに会釈をしてから二人は歩く。
あまりおつかいや委員会の仕事以外で外に出たことがない伊作はどっちに行けば何があるかなどまだ分かっていないが、乱太郎に手を引かれている方向を見るに山一面の景色しか見えないので、きっと乱太郎の背に籠が背負われていることからいつものように薬草でも取りに行くのではないか。と思いながらただただ、乱太郎に着いていった。
もう、すでに目的地へ向かってから結構歩いたような気がする。乱太郎のことはもちろん信頼しているけれど、そろそろどこに向かっているのか教えてほしい気持ちになった伊作が乱太郎を見上げる。
「そういえば今日は何を取りに行くんですか?」
「んー?」
「薬草採取ですよね、わたしは何をしたらいいですか?」
「んー、ふふ、そうだねぇ、あともうちょっとだから、それまで内緒」
「もう……!」
ぷんすこ!といった風に怒る伊作に対して乱太郎はただ微笑むだけであった。そんな他愛もないやりとりしているうちにもうすぐ着くからね。と隣の彼の言葉に頷きながら少しずつ夕方に近づき始めている空を見つつ、獣道から少し開けたところに出るとそこには一面金木犀の群生地が広がっていた。
きらきらと輝く夕日と相まって夕日と同じ色をした金木犀の花たちもきらきらと輝いて見える。
伊作は思わず小さく息を飲んで、目を輝かせる。その光景を横目に見ていた乱太郎はかわいいなあと、にこにこしていた。それから、伊作の耳元に口を近づけて、ここに来たくてね。と言って微笑んだ。
「きれいでしょう。…これを伊作に見せたくて。」
「きれい、です。すごく……。」
「だろう?……私、金木犀が一番好きなんだあ。」
「わたしも……きんもくせい、がいちばんすきです。」
「そう、なら、一緒だね。」
乱太郎に金木犀は好きだと言われた瞬間、伊作は乱太郎にそう言う意味ではないのにすきと言われたことに思わず照れて、わたしも!とつい言ってから乱太郎と目が合うと彼の細めた目の奥がキラキラ輝く金木犀の花たちみたいに反射して、眩しくて、美しくて、とても綺麗で伊作はドキドキとまた鼓動が早くなった。
また、またこの変な気持ちだ。と伊作は胸を抑えた。わたし、おかしくなっちゃったのかも。と伊作が俯いて自身の胸に手を置いていると乱太郎が大丈夫かい?と伊作の頬に触れる。その手つきがあまりにも優しくて、まるで恋人に触れるような感じだったので伊作は思わず、へぁ……!?と素っ頓狂な声を出してしまった。
そんな伊作を見ながら、乱太郎はなぜそんな変な声を出したのか分からずに、頬に添えた手はそのままで伊作に問いかけた。
「どうしたの、伊作?」
「いえ、ええと……。」
「胸、痛いの?息、苦しい?」
「う、ううん……ちがいます、その……。」
「うん、ゆっくりでいいよ」
「っ、せんぱいにさわられて……なんかどきどきしちゃって、その、えっと……。」
わたしがへんなのかも。と恥ずかしそうに顔を赤らめて言う伊作に乱太郎は、かわいい、かわいいねぇ。とだけ返事をして、彼の赤く染まった頬を撫でる。
乱太郎は伊作の頬に添えていた手を離してから、そっと彼の華奢な身体を抱きしめた。伊作は突然の乱太郎からのスキンシップに困惑していて、ただただ、固まってしまった。頭の中には?マークが飛び交っている。
「えっ、えっ……、らんたろうせんぱい……?」
「……だいじょうぶ。伊作は、何もおかしくないよ。」
「へ?」
「…ふふ、伊作にはこれはまだ早いかなあ。」
「ど、どういうこと……?」
「ふふ、そのうちわかるよ。」
その時が来たら、ちゃあんと返事するから待ってるね。言うと乱太郎は伊作を解放して、金木犀を少し摘んでから学園に帰ろうかと伊作に促す。
伊作は乱太郎になぜ自分が抱きしめられたのか分からなくて疑問が残ったままだったが、どきどきする胸を抑えながら乱太郎が金木犀の花を採取しているのを見て伊作も作業することにした。
金木犀の輝く花の色は夕日の色と重なり、それを背景にして金木犀を摘んでいる乱太郎の顔はいつもよりもずっと、綺麗で伊作は乱太郎の顔を見たときにまた、心臓がドキリとした。
この感覚はなんなのか、今は分からないけれどいつか、分かるときが来るのかもしれない。という期待と乱太郎に甘えるように彼の名を呼んで寄り添った。金木犀の花の匂いが香り、伊作は、せんぱい、乱太郎せんぱい。と何度も彼の名を呼ぶ。乱太郎はそれに応えるように愛おしそうに見つめながら伊作を抱き寄せる。
「甘えたさんになっちゃったの?かわいいねえ。」
「…かわいくないもん、」
「ふふ、かわいいよ、わたしだけの伊作。」
これがきっと恋なのかもしれない。と伊作が気づくのはまだ少し先のことだけれど。今はとりあえず、この胸のときめきだけに身を任せて甘えたい。と思った伊作は自分のことを愛おしそうに見つめる乱太郎の腕の中で彼に身を寄せたのだった。
了
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.