カリム・アルアジーム十七歳。いつものように絨毯で夜の散歩に出て、オアシスに映る月を眺めていたら、大変なことに気づいてしまった。
「オレ、ジャミルのことが好きだ!」
拳を握り立ち上がると、絨毯が不思議そうなポーズをする。それくらい知ってるよ、とでも言いたげだ。
「絨毯、お前知ってたのか!? うわー、オレ今気づいたぜ!」
心臓がトクトクと、普段より早く動いている。頬が熱くて、カッカしている。
「オレ、ジャミルと恋人同士になりたい!」
絨毯が今度はびっくり! と全身で表している。どうかしたのかな。
「よーし、オレ、ジャミルに恋人になってもらうために頑張るぜ!」
おー! と両の拳を天に突き上げたとき、遠くからジャミルがオレを呼ぶ声が聞こえた。絨毯で散歩に出たのがバレたらしい。あちゃー。
「カリム! またここに来ていたのか。薄着で夜外に出るなといつも言っているだろう!」
「悪ぃ悪ぃ!」
箒に乗って現れたジャミルに向かって謝ってから、ハッとする。ジャミルと恋人同士になるには、ジャミルにオレのことを好きになってもらわなきゃいけない。でもジャミルはオレのこと、大嫌いってウィンターホリデーのとき言ってた。つまり、ゼロどころかマイナスからのスタートってことだ。
ジャミルにかっこいいところを見せないと!
差し出された上着を、ジャミルの方へ押しやる。
「ジャミル、お前が着てくれ」
「は? 俺は自分のを着ている。見てわからないのか?」
たしかに、ジャミルは自分の分の上着をしっかり着込んでいる。さすがだな!
「お前にあったかくしてほしいんだよ」
「じゅうぶんあったかいから大丈夫だ。お前が着ろ。風邪をひくぞ」
ぴしゃりと言われ、それもそうだと思い直して上着を受け取り身に纏う。あったかい。
「ありがとうな!」
絨毯に二人で乗り、寮を目指す。隣に座るジャミルにぴとりとくっついた。ジャミルへの好きを自覚した今は少し恥ずかしいけれど、こうした方があったかいよな!
「カリム? 眠いのか?」
「ち、違うよ。こうするとあったかいだろ?」
「まあ、そうだな」
ジャミルはオレから離れなかった。そこまで広いわけではない絨毯の上だから仕方なく、なのかもしれないけど、拒絶されなくて嬉しい。
「帰ったらお茶を飲もうぜ。オレが淹れるよ」
「それは俺が……まあ、友人として有難くいただこう」
オレの「命令」で友人として振舞ってくれるジャミル。大好きなジャミル。恋人になりたいと言ったら、命令になってしまうだろうか?
そう考えたら、気づいたばかりのこの想いを口にすることはできなかった。
寮に戻ったあと、寮長室に来たジャミルをもてなそうとお茶にたくさんの角砂糖を入れたら、俺を客人扱いするのかと少し怒った声で睨まれた。大好きなジャミルをもてなしたかったんだけどなあ。
ピピピピ! ピピピピ!
「んにゃ……うう、朝……?」
次の日の朝、寝る前に設定したスマホのアラーム音で目を覚ました。
「よっし、ジャミルに会う前に身支度するぞ!」
好きなやつにはかっこいい自分を見せたい。今まではジャミルに身支度を手伝ってもらっていたけど、自分でやってみよう!
「ええと、まずは顔を洗う……いや、この髪をどうにかしないと」
髪の毛があっちこっち跳ねている。カッコよくなるって決めたんだ。ジャミルだけじゃなく、寮生にもしゃんとした姿を見せないと。まずは暴れん坊の髪を落ち着かせよう。
「ええと、寝癖は水で濡らすといいってケイトが言ってたな」
洗面室に行けば水があるけど、洗面室には寮生たちがいる。ええと、水、水。
「魔法で出せばいいか! オアシス・メイカー!」
髪を濡らすくらいの水! そう念じて魔力をこめ――過ぎた。あっと思ったときには、頭上から降り注いだ水に包まれて、全身が濡れていた。
「うわあ!」
「どうしたカリム!」
扉が開かれ、ジャミルが勢いよく飛び込んでくる。
「ジャミルごめん! ベッド濡らしちまった!」
「それよりもお前が濡れ鼠だ! すぐにシャワーを浴びてこい!」
ぴょんぴょん跳ねる髪は見せずに済んだけど、全身ずぶ濡れの姿を見せてしまったし、怒らせてしまった。やっちまったー!
寝癖を直そう作戦、失敗。
「――以上の伝承からこの薔薇は、愛しいひとに想いを伝える際に渡す者が多い」
魔法史の授業中、トレインが紡いだ言葉にオレの眠気は吹っ飛んだ。
休み時間、さっそくとーちゃんに電話をかける。
「もしもし、とーちゃん? 用意して欲しいものがあるんだけど……」
放課後、寮長室へやってきたジャミルは目を剥いた。
「これは……どうしたんだ、カリム!?」
「へへ、これ、ジャミルに渡したくてさ」
抱えたバラの花束をジャミルに渡す。
「野獣の薔薇……どうしてこれを俺に? というか、なんなんだこの量は!?」
「なんでもない! ただ、渡したかったんだ」
「渡すにしても量を考えろ馬鹿! 百本はあるぞ」
「ありったけ送ってくれって言ったら、いっぱい届いたんだ。すげー香りがするな!」
「……なあ、誰がこれを片付けるんだ?」
「あ」
バラの花束作戦、失敗。
「この瓶だったかな……よーし!」
身支度は俺に任せろとジャミルに怒られてしまったので、ジャミルの仕事にないところを頑張ろう。
とーちゃんからのプレゼントの中にあった香水を手に取る。
ここを押せば香水が出るんだな。よし!
「カリム、おはよ――うわっ!? くっさ!!」
「おはよう、ジャミル!」
「お前これ、ご当主様からもらった香水を使ったな!?」
「わかるか!? 良い匂いだろ!」
「付けすぎだ馬鹿! あの超高級香水をどれだけ使ったんだ……! ひどい匂いがするぞ。シャワー浴びてこい!」
「ええっ!?」
香水作戦、失敗。
ケイトとリリアに聞いた。男は男物の香水を嗅いでもあまり良い匂いだと感じないらしい。
「よーし、今度こそ!」
「うわ、甘ったるっ!! 臭いぞカリム! シャワー浴びてこい!!」
女物の香水作戦、失敗。
「ジャミル、オレいつもと違うと思わないか?」
「負荷の強い筋トレをしたな? 急に慣れないことをするんじゃない。今夜マッサージしてやる」
筋トレ作戦、失敗。
「ジャミル、髪に芋けんぴ……付いてないな! いつも通り綺麗だ!」
「急になんだ!」
芋けんぴ作戦、失敗。
「ジャミル〜!」
「カーリームー!」
失敗。
失敗。失敗。失敗。
「ねえ、もういっそ好きだーって言っちゃえば?」
「そうじゃそうじゃ。ストレートに好意を伝えよ」
何度も相談に乗ってもらっているうちにオレの恋心に気づいたケイトとリリアが、ある日そう提案してきた。
「うーん、でもなぁ」
「ジャミルくんからの好意がプラスになるまでは、告白できないってやつ?」
「本当にマイナスなのかのう」
うーん、と首をかしげる二人はそれぞれ持ち寄ったお菓子を食べている。オレはジャミル手製のクッキーをつまみ、口に入れる。うん、今日もすっげーおいしい。
「好きなやつには、かっこいいところ見せたいんだ。でも、ジャミルに怒られてばっかりなんだよなぁ」
「色々提案してきたけど……自然体のカリムくんが一番だと思うなぁ、けーくんは」
「お主ら幼なじみなのじゃろ? 今更取り繕っても仕方ないと思うがのう」
「そうかなぁ」
「そうだ。本当にお前はどうしようもない」
突然ガラリと開かれたドアの向こう、呆れた顔のジャミルが立っていた。
「ジャミル!?」
「さいきん突飛な行動が増えたとは思っていたが……そういう事だったのか」
ジャミルは静かに、けれど速い動きでオレの前まで来ると、「こいつに話があるので連れて帰ります。失礼しました」とオレの手を引いて部室をあとにした。
「わっ、じゃあな、ケイト、リリア!」
「がんば〜」
「くふふ、青春じゃのう」
ジャミルは無言でオレの手を引いたまま歩く。何か、何か言わなきゃ。
「ジャミル、オレ」
「突然変なことばかりしだすから、どうしたのかと思った」
「えっ、変だったかぁ?」
「全部変だった」
ぴた、と足を止める。繋いでいた手をほどき、振り返ったジャミルは――顔を赤くしていた。
「でも、それが全部俺のためだとは思ってなかった」
「ジャミル」
「なあ、教えてくれよ」
一歩。ジャミルが近づいてきて、すぐそこにチャコールグレーの瞳がある。
「お前は俺をどう思ってる? どういう意図でここ最近、変な行動ばかり取っていた?」
「それは」
「カリム」
顔が近い。綺麗だ。かっこいい。可愛い。好き。たくさんの感情でいっぱいいっぱいになって、胸が苦しくて。
「〜ああもう、お前が好きなんだよ!」
「へえ? どういう意味で?」
「恋人になりたいっていう意味で!」
これで満足か、とジャミルを見つめれば、はあとため息をつかれた。
「……本当は薔薇の時点で、そうかもしれないとは思っていた」
「えっ」
「野獣の薔薇は愛を伝えるための花、それくらい知ってるさ。魔法史でも習ったしな」
「さすがジャミル!」
博識だな!
「でも、確信が持てなかった」
ジャミルの声が低くなる。
「お前の望みは俺と親友になることだと思っていたし、何よりお前はアジームを継ぐ立場だから」
その言葉にどきりとする。アジーム。オレと切り離せない、大きなもの。それでも。
「家の事は何とかする。オレ、お前と生きていきたい」
ジャミルは皮肉げに笑った。
「お前は俺の主人だぞ? 一生そばにいるに決まってるだろう」
「それだけじゃ足りない。恋人になりたい」
「強欲だな」
「商人だからな」
ニヤッと笑ってみせれば、ジャミルもフッと笑った。悪い顔。
「そこまで言うなら返事をやろう。――お断りだ!」
え。
「ええ〜っ、今のは受け入れる流れだっただろ!?」
「ふん、誰が今のお前と付き合うか。でもそうだな、お前がアジーム家の後継問題をどうにかできたら、その時はまた考えてやる」
「く〜っ」
ジャミル、意地悪だ! でも、これがジャミルなんだよなぁ。
だから、オレは胸を張って言う。
「オレ、がんばるぜ!」
「お前が望むなら、俺も手を貸してやる。俺はお前の従者だからな」
「……おう! 頼りにしてるぜ!」
オレは、今は従者のジャミルの手をしっかりと握った。絶対に、恋人になってみせるからな!
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