来羅
2025-11-29 23:02:15
1953文字
Public トワウォ
 

怪我(風信)

ワンドロライ第20回。




「ッ、哥哥!」
 一瞬のことだった。
 頭が理解するより先に、体が動いていた。
 向けられた銃口。トリガーにかけられた人差し指。
 その先にいるのは──。





「哥哥、俺は今、猛烈に怒っています!」
 ベッドに腰掛けた龍捲風が飄々と「そうか」と見上げた。
 腕を組んで仁王立ちする信一はさらに眉間の皺を増やしたものの、龍捲風に効果がないのはわかっている。昔だったら、地団太を踏んで焦れたように「大佬、ちゃんと聞いてよ」と縋っていたかもしれない。
 けれども信一は一呼吸すると、すっと表情を消してその隣にどかりと腰を下ろし、もう一度だけ「祖哥哥」と静かに名を呼んだ。
「無茶はしないでくれって、俺、言ったよな?」
「言ったな」
「聞いてくれなきゃ意味ないだろ!」
 その肩を掴んで揺さぶってやりたかった。が、真白い包帯に包まれた腕を掴むことはできず、歯噛みする。
 薄く色を変えているのは、まだ血が止まっていないからなのだろう。
 狙いを定めた銃口、はそのとき龍捲風へと向けられていた。一瞬だ。一瞬のことだった。
 王九との一件で大きく数を減らした龍城幫をここぞとばかりに狙う余所者は少なくない。
 辛うじて命を繋いだ龍捲風は正式に信一へとすべてを譲り、本人は気ままに理髪店の店主を楽しんでいたが、それでも龍捲風の名は消えるものではなかった。
 その首に懸賞金でも掛かっているのか、狙われるのは大抵の場合、龍捲風だ。
 その銃口が火を噴く寸前、頭がそうと理解するより先に信一の体は動いていた。それなのに、銃口と龍捲風との間に身を投げ出していた信一は、しかしその瞬間、龍捲風の腕に抱き留められていた。
 結果、銃弾は軌道から僅かに逸れた龍捲風の右腕を貫通して地面に減り込み、激高した信一によって余所者はあっという間に平定され、龍捲風は四仔のもとへと連れ込まれた。
 それからずっと、この調子だ。
 怒っていますと眉根を寄せる信一の瞳は雄弁で、今にも泣きそうに歪められているから、調子が狂う。
 それでも龍捲風は深々と溜息をついて、隣へと視線をやった。
「信一、大佬、俺も怒っている」
「っ」
 信一の一瞬の判断は、長年自分に付き従ってきた条件反射のようなものだろう。
「ボスが簡単に身を投げ出すな」
 その身を挺して庇うべきは部下の仕事であって、決してボスとなった信一がやっていいことではない。
 もしもその体を抱き寄せるのがあとコンマ数秒でも遅れていたら。
 その想像は、一度止めた心臓が再び止まるかのような衝撃で龍捲風を冷やりとさせた。
 この誰よりも愛しい存在を失うことなど耐えられない。
 傷つけられることすら許せない。
「お前を守るのは俺の役目だ」
 ぐっと息を呑んだ信一は、けれども一度だけ唇を噛むと、龍捲風をきつく睨み上げた。
「駄目」
「信一」
「絶対、駄目。先に部下守って死のうとしたのは哥哥だろ!」
 開けてくれなかったシャッターと行けと言われた願いは決して忘れられるものではない。
 それを言われれば分が悪いのは龍捲風の方だ。
……信一」
「そんな声出しても駄目。哥哥は俺が守る。そう決めたんだ」
「大佬がそんなことを言うもんじゃない」
「大佬じゃない」
「信一」
「大佬じゃないよ。あなたの息子として、あなたの恋人として、哥哥をこれ以上危険な目には合わせない。そんなの許さない。哥哥も、でしょ」
 澄んだ瞳は凪いでいて、信一の本気が伝わってくる。
 守りたい。
 その気持ちは龍捲風にだって痛いほどわかるのが困った。龍捲風とて同じだ。
…………信一」
 無性に煙草が欲しかった。
「ひとつだけ、約束しろ」
 誤魔化すこともできずに、だから、龍捲風はその背に動きの悪い左腕を回して引き寄せる。包帯の巻かれた右腕に触れないように抱きついてきた信一の肩口に顔を埋めて、いつの間にか対等になった背に力を込めた。
「俺より先には、決して死ぬな」
…………うん」
「俺を守って死んだら、一生、許さない」
……それ、許さないでって言っちゃいそう」
「信一」
「冗談。……哥哥も約束して」
 二本の指が上げさせた顔をしっかりと覆った。水の膜が張った瞳をしかたがないなと言うように細めて、信一が唇をゆるくたわませる。
「哥哥がよぼよぼのジーサンになっても、俺と生きて」
……介護は大変だぞ?」
「オムツ変えてあげようか」
「死んでも御免だ」
 はは、と笑う瞳からほろりと涙がこぼれ落ちた。その雫を吸い取った龍捲風の唇に、あとを追うように口付ける。
「一緒に生きて」
 どれだけその身を失ってもいい。どれだけ弱ってもいい。
「そばにいて」
 その願いだけは譲れないのだ。