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果南(カナン)
2025-11-28 23:25:17
4079文字
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さめしし
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順光
さめしし。ワンドロのお題「肉」「紅葉」で書きました。両片想いの二人が、一緒に買い出しに行ったお話です。
知らない間に、自ずと通じていた心。
スーパーマーケットの精肉コーナーで、肉を選ぶ。
今夜の夕食の、唐揚げになる予定の鶏もも肉。男五人だし、肉には目のない大食らいがいるから、大きなパックを四つ重ねてカゴに入れた。ついでに自分用のささみ肉も補充する。あいつらに合わせて油ものばかり摂っていたら、すぐに栄養バランスが崩れてしまう。
次に、挽き肉。牛豚合挽きのやつと、鶏肉のやつとを両方買った。合挽き肉は、ミニハンバーグにして冷凍しておいて、一品加えたい時の足しにする。鶏挽き肉のほうは甘辛く煮詰めてそぼろにして、明日の朝食を三色丼にする予定だった。
叶は朝食をあまり食わないだろうから、白米に混ぜ込んでおにぎりにしてやればいい。真経津は起きる時間次第だし、天堂は泊まるかどうかわからない。が、たとえ余ったとしても隣にいるお医者サマの手にかかれば、綺麗に腹に収まってなくなるはずだった。
他に気になる肉も無いではなかったが、あまり買い込みすぎるのも良くない。
あとはハムとベーコンを、と思ったところで、ずっと黙っていた村雨が口を開いた。
「あれは買わないのか」
細い指先が、棚の一画に向けられた。牛の塊肉が並べられている場所で、どれも結構な大きさがある。
オレは思わず、顔をしかめてしまった。
「何でアレなんだよ。デカすぎるだろ」
「だが、あなたはあれを見ていた」
うっ、と言葉に詰まった。図星だったからだ。
赤身にほどよく脂が混ざり込んだ、やわらかそうな牛の塊肉。大きめに切り分けて表面をしっかり焼いて、野菜と一緒に丁寧に炒めて、時間をかけてめば、きっととろけるような美味いビーフシチューができるだろう。今日の夕食にはもちろん間に合わないけれど、作ればコイツが喜ぶだろうと思った。
そんな気持ちまで、見透かされたかのようで。
悪手だとわかっていても、うろたえてしまう。
オレが何も言えずにいると、村雨はじっとオレを見つめてから、ふっと微笑んだ。
「明日は、午後から仕事だ。が、休日の業務だからな。夜には体が空くだろう」
「
……
おぅ」
「ぜひビーフシチューが食べたい。作ってくれるか、獅子神」
「わーったよ、先生」
オレは観念して、大きな塊肉を二つ選び取った。ずしりとカゴが重くなる。
嬉しそうに笑う村雨の肩を、軽く小突いた。
「ハムとベーコン買ったら、野菜売り場に行くぞ。ビーフシチュー作るんなら、いろいろ買い足さねぇと」
「あなたに任せる」
「買い出しについて来てんだろ、ちゃんと手伝え。カゴもう一個いるから、そっち周って行くから」
「わかった」
こくりと頷いた村雨が、オレに並んで歩き出す。しゃらりと揺れた金のグラスコードと、冷静な横顔を眺めながら、形の良い唇に目を留めてしまったことに気づいて、慌てて視線を逸らした。
レジで支払いを済ませ、大きなビニール袋三つに分けて買ったものを詰める。出汁用の昆布とか葉物の野菜とか、そういう軽いやつだけ纏めた袋を村雨に任せて、残りの二つはオレが持った。何度もやってるから、もう手慣れたものだ。
カゴを返して、店を出る。扉から踏み出した途端に、ぶわっと冷たい風が吹きつけてきた。
「うわ、寒ぃ」
思わず呟きながら隣を見ると、村雨は空いている左手でコートの襟元をかき寄せ、露骨に眉根を寄せていた。口には出していないが、寒がっているのは伝わってくる。
どうして来たんだろう、とふと思った。
こうして五人で集まって遊んでいる時に、買い出しに行くのはよくある事だった。最初は叶がくじを作って誰が行くのか決めていたが、オレが負けっぱなしだったのと、たまにオレが行かないと後で足りない物が発覚したりするのとで、今ではすっかりオレの役目になっている。そして、まだくじ引きで決めていた頃から、村雨は毎回のように買い出しについて来ているのだった。
それが嫌ってワケじゃない。むしろ楽しい。
好き放題に欲しいものを買おうとする村雨を、オレが叱って止めたり、逆にオレがメニューに悩んでいる時に、食べたいものを言ってくれたり。そうしてあれこれ話しながら店を巡る時間は、リラックスした雰囲気で好きだった。
でも、期待するのは怖かった。
たぶん、買い物について来たほうが、欲しい物が買えて得だから。あるいは、叶たちが騒ぐのから離れて、少し気を休めたいから。村雨にとっては、その程度の理由なのだ。
オレが思い上がるようなコトじゃない。
「
——
獅子神」
呼ばれて、はっと我に返る。
眼が合ったところで、村雨がクシュ、とくしゃみをした。
「わ、大丈夫か?」
「
……
あぁ」
鼻をすすりながら、村雨が答える。視線がちらりと横に流れて、オレもそっちを向いた。
村雨が見ているのは、駐車場の隅に来ているキッチンカーだった。コーヒーやカフェオレを中心に、ホットドッグなんかの軽食も置いている。赤茶色と白に塗られた車体と黄色い庇は、紅葉の深まった今の季節にぴったりで、近くの木ともよく馴染んでいた。
「アレ、食いてえの?」
尋ねると、迷わず頷いた。
「そうだ」
「わかった。じゃ、行こうぜ」
村雨がかすかに目を丸くした。
「止めないのか」
「止めても無駄だろ。それに、お前寒いんだろ。ちょっと食って熱いモン飲んで、あったまってから帰ろうぜ」
オレは買った物が詰まったビニール袋を左手にまとめ、右手を差し出した。
「そっちも持って行くから。お前、先に行って買ってろよ」
「
……
では、あなたの飲み物も買っておこう。何がいい」
「紅茶。無ければコーヒー、ブラックで」
「了解した」
村雨はビニール袋をオレに渡すと、コートの裾を翻してキッチンカーに向かっていった。
オレは急いで自分の車まで行き、後部座席に荷物を積み込んだ。扉を閉め、さらに早足でキッチンカーへ近づいていく。傍には駐車場の外縁に沿って木が並んでいて、その足元に数段詰まれたブロック塀(と言っていいのだろうか。大きな四角に組まれて土が入って、そこに木が植えられている)に村雨は座っていた。赤い葉をまだ多く残し、先端に茶色の丸い実をポツポツと付けた枝が、頭の近くまで垂れ下がっている。
蓋付きの紙カップ二つは傍らに並べて置かれていて、村雨はホットドッグの袋を開け、両手で構えたところだった。でかいソーセージと、たっぷりのキャベツが挟まった細長いパン。それを嬉しそうに眺め、大きく口を開けてかぷ、と噛みつく。
ドキッとして、足を止めた。
ざあっと風が吹いて、木々を揺らす。村雨の周りの木の枝も動いて、真っ赤に色づいた葉が一斉に揺らめいた。
晩秋の薄い日差しに、燃えるような紅が閃く。
その中で、村雨がゆっくりと顔を上げてオレを見た。
「どうした、獅子神」
ごくんと口の中のものを飲み込んでから、村雨が言った。
「何故、そんな処につっ立っている。早く座れ、マヌケ」
「あ、あぁ」
返事はしたけれど、動けなかった。
あと二、三歩というところで立ったまま、馬鹿みたいに村雨を見つめていた。
何に惹かれているのか、自分でもわからなかった。ただコイツは、いつもどおり好きに振る舞っているだけだ。食いたいものを食って、人をマヌケ呼ばわりして、当然のように我儘で。
まっすぐに、オレを見ていて。
紅葉に囲まれて
——
綺麗で。
「
……
獅子神?」
村雨が眼の光を強めて、オレを呼ぶ。
何か言わなきゃ、と思って、ぎこちなく口を動かして、言葉を紡いだ。
「いや、その
……
凄ぇな、と思って」
「何がだ」
「真っ赤だ。その木の葉」
しゃら、とグラスコードが揺れて、村雨が紅葉を見上げた。
形の良い唇が、迷わずに動く。
「百日紅だな」
「
……
へ?」
「この木だ。夏に来た時に、花が咲いていただろう」
「え
……
そうだったか?」
村雨は頷いて、またホットドッグにかぶりついた。
オレは軽く混乱した頭で、村雨の言葉を反芻した。夏に花が、って。確かにその頃にも、買い出しで一緒に来てはいたけれど。もう何度も。
春も夏も、こうして過ぎていく秋にも。
きっと、今からの冬も。
——
でも。
「オレ
……
覚えてねぇ。花が咲いてたかなんて」
「そうだな。だが、私は覚えている」
あなたと来たからな、と楽しげな声が続いた。
笑みを含んだ視線が、正面からオレを捉える。深紅の輝きが眩しくて、胸が苦しかった。
ふふ、と息を漏らす音が、低く響く。
つられるように、言葉があふれた。
「なぁ村雨。何で覚えてんの。お前」
「
……
」
「何でいつも、買い出しについて来てんの。好きなモン食いたいのは分かるけど、そんなのオレに言いつけりゃいいだけだろ。何で」
「わからないか、マヌケ」
ずい、と蓋付きの紙カップが突き出された。
村雨がキッチンカーで買ったやつだ。たぶん、オレの分の。
「それを持って、さっさと座れ。ゆっくりわからせてやる」
「でも
……
家で、真経津たちが待って」
「いいから座れ。彼らのことなら、後でどうとでもなる」
帰ってから急いでメシ作るのオレなんだけれど、とか、ここじゃ寒いから車に戻ったほうが、とか。いろいろ頭をよぎったけれど。
逆らえなかった。
だってこんな機会は、きっともう訪れない。
どくどくと鳴る心臓が痛くて、苦しくて。縋るように前に出て、差し出された紙カップを掴んだ。指先が村雨の手に当たって、びくりと震える。カップも指も熱いのか冷たいのか、緊張しすぎて、それすらもわからなくて。
恐るおそる視線を動かしたら、村雨が微笑んでいた。
「上出来だ。獅子神」
深紅の瞳が、どんな紅葉よりも深く輝いて、オレを絡め取る。
「
……
村雨」
重ねた手の震えが、止まらない。きっと村雨は気にしないだろうと思っても、やっぱり情けなくて、恥ずかしい。
泣きそうになりながら、それでも笑ったら。
しなやかな指が、ぐいと引き寄せてくれた。
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