左右田は違和感を覚えていた。それは朝からずっと感じていたことで昼頃になった今でも首を捻っている。静かな空間。キーボードを叩く音だけがやけに耳についてふと気付いた。ああそうだ、静かすぎるのである。なにかが足りない。
何時もはそう。
「…なあ、おめーらどうしたんだ、今日は随分と大人しいぜ?」
「なんの話だよ」
隣にいる彼女は、声を潜めながらそう言って眉を寄せた。左右田はそっとさらに日向の隣にいる男へ視線を飛ばす。狛枝は、淡々と手を動かしている。その唇は一向に開く気配がない。おかしい。何時もこの二人は何故か些細な事柄から口論に発展するのである。それはもう途中からその内容がはっきり聞こえるくらいの音量で長々と言い争うのだ。下らない喧嘩はしかし、あまりに日常でむしろ静かな方が調子が狂う。
思い返せば今日一度たりともこの二人は言葉はを交わしていない。日向は律儀に挨拶をする性格でおはようの一言を狛枝にも口にするし、狛枝もいくら犬猿の仲であって、日向を気に入らなくても、育ちの良さ故かそれを無視することはない。だがそのやり取りすら今日は見ていない気がして、どうやら日向が狛枝に対して怒りを向けているようだと左右田は思った。
丁度、昼休憩が始まって弁当を広げる日を横目に左右田は好奇心が優って唇を開く。
「なあ、日向、おめーが怒ってるって珍しいけどよお、狛枝何したんだよ」
「……別にくだらないことだ」
「下らなくはないだろ、あんだけ言われてて普通に接するおめーが無視するなんて相当だぜ?」
「…腹の肉が柔らかい」
「は?」
「だから『日向サン、お腹の肉がやわらかいよね』って言ったんだよ、あいつは!」
左右田は正直、それだけのことだと思ったが言葉にはしなかった。日向の目が本気であったからである。そう言った途端、狛枝と同一に数えられるに違いない。
「そんな遠回しに言わなくてもいいだろ! 普通に太ったからダイエットしたら?って言えよ! 散々触っておいて何だよ、あいつ!」
「……まあそうだな」
興奮したようにまくし立てる日向には同意以外の選択肢は左右田にはなかった。狛枝が腹の肉を触るのはいいのか疑問に思ったがそのことに怒りが向いているわけではないようで、左右田は若干首を傾げてしまったが。
「は? キミ、昨日いきなり帰ったと思ったらそんなことで怒ってたの?」
不意に頭上から降ってきた声に左右田は狛枝の接近を知る。どうやら日向が怒っていることすら気付いていなかった男は、心底呆れ返った表情で日向を見下ろしていた。
「そんなことって何だよ! どうせ太って見苦しいとでも思ってるんだろ! あんなことした後でわざわざ腹の肉触りながら言うんだからな!」
「被害妄想もほどほどにしたら? ボクは抱き心地が良くなって褒めたつもりだったのに、途中で帰ってさ! キミ、仕事仕事で久しぶりだったのに!」
いつも通りの騒々しさ。ただ内容がひどくこのばにそぐわないだけだ。
「……あーちょっといいか?」
四つの瞳が左右田を映す。目前の二人は今が休憩中であるなんてもはや意識の外にあるのだろう。仲間たちの視線が自分たちにあるなんて気づいていないのだ。その中心に巻き込まれている左右田はなんとなく居心地が悪くて、とりあえず手っ取り早くこの場を納めるために、今、部屋の人間が全員思っていることを代弁した。
「おめーらいつから付き合ってたんだよ。仲悪いんじゃねーのか」
きっと隠していたじゃったのだろう。瞬間、真っ赤にそまる日向の面に答えはもう必要なくて、そんな表情を自身以外に見せたくなかった存外嫉妬深い男は機嫌が悪そうに人相を歪めていた。
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