桜崎
2019-02-20 00:59:28
1572文字
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秘めやかなる赤

お題箱のもの。狛枝への告白の練習をしているところを本人に見つかってしまう日向さんです。

日向サン、と呼んだ声に返事はなかった。現在の時刻は19時頃で、日向は夕食後には部屋に戻ったはずである。狛枝は返しに来た本を片手に首を傾げて取っ手に手をかける。幸運か日向の不注意か扉はすんなりと開いた。もう一度、名を口にしながら中へ脚を踏み入れると寝台に座り込む日向の背が見えた。
「ひな」
……きだ」
狛枝は思わず言葉を呑み込んで、その場に佇む。空間に落ちた声は明らかに日向ものだった。誰か訪問者がいるのだろうか。しかしその姿はどうみても独りであった。
不審を想いながらも近づいて、ふと日向が対面している物が目に入った。マーケットで見覚えのあるそれは島で暮らすクラスメイトそれぞれを象った人形だ。だが、狛枝が驚いたのはそれが自分に似せたものであったからである。
何故と思う間もなかった。
……好きだ」
硬直を解いたのははっきりと聞こえた日向の言葉。
きっとまだ狛枝には日向は気づいていない。ならばそれは目前の人形に向けられた告白だろうか。
「日向サン」
堪らず名を呼んで、振り返った日向は驚くほど平常だった。
狛枝、どうしたんだ?」
不思議そうに狛枝を映す琥珀色。
まるで目前での行いが嘘であったかのような振る舞いに狛枝は戸惑う。訊き間違いだったのだろうか。それにしては狛枝の耳には焦がれるような二文字がこびり付いていて、消えてくれない。
……本、返しに来たんだ。悪いと思ったけど呼んだけどキミ、返事しなかったし、勝手にあがらせてもらったよ」
「あーちょっと疲れててぼーっとしてたんだ、そこに置いといてくれるか?」
「うん、わかったよ、日向サン」
疲れているという彼女の元に長居するのも悪い。目的を果たした狛枝は、別れを口にして踵を返した。






朝、コテージを出れば、丁度、日向もこちらに歩いてくる所であった。
「おはよう、狛枝」
「あ、うん、おはよう」
どきりとしたのは、焼き付いたあの声がまだ耳から離れてくれないからだろうか。
だが日向の様子は何時もと変わらず、狛枝は反射的に顔を寄せる。友人としてはあまりに近く距離を詰めてしまったが、日向は気にする素振りも見せない。
「なんだ? 何かついてるか?」
眉を寄せて日向は、首を横に倒す。純粋に疑問を抱くだけの表情に狛枝は、笑いたくなった。
嗚呼、やはり訊き間違えだったのだろう。皆に好かれる日向が狛枝なんかに恋情を抱いてくれるなんて妄想も甚だしい。日向は狛枝によく構ってくれる故に少し勘違いしてしまったが、彼女の性分が独りなのを放って置けないだけだ。
……うーん、ちょっと髪の毛がもつれてるみたい」
嘘だった。さらりとした日向の髪は、何処一つ乱れてなんかいない。ただ、何となく、触れたいと思ってしまったから、無様な虚言を盾に狛枝は手を伸ばしていた。絡まった毛を解くふりをしながら無意味に指で梳く。
もう一度くらい、そう思ってしまったのが悪かったのかもしれない。
「っやめろ」
発せられた強い拒絶に慌てて、腕を引っ込める。
「ご、ごめんね、ボクなんかがキミに触れて。気持ち悪かったよね」
 好いてもいない相手に髪を触れられるなんて厭に決まっている。いくら日向が優しいからといってこんな馬鹿な真似は赦してくれないかもしれない。軋む胸を抱えながら狛枝は日向をおずおずと伺って、しかし、息を呑む。
泣きそうな顔で頬を真っ赤に染める日向がそこにはいた。飾る表情は昨夜訊いたあの恋情交じりの声と重なって、狛枝は囚われる。日向は気づいていたけれど気づいてほしくなかったのかもしれない。しかし、狛枝はもう確信してしまった。
踵を返した日向を前に惑ったのは一瞬だった。伸ばした手が同じものに触れる。絡んだ指先を狛枝は逃すつもりはなくて、今度は、狛枝自身に告げて貰うために唇を開いた。