桜崎
2018-11-03 00:26:26
1848文字
Public
 

無題

どひふかひふどか

眼前に端正な顔が迫った。整った部位の中で長い睫が厭に目に留まる。黄金色に輝く双眸が綺麗で眩しい。幼馴染の美しさを再確認していたのはそこまでで唇に重なったそれに全神経が集中した。決して初めてではないはずなのに自身の平常を誂えている表情筋とは裏腹に心臓が痛い。
老若男女惑わす面が間近にあまつさえ唇を合わせてくるなんて動揺しない方がおかしいに決まっている。それがいくら幼馴染で友人で男であっても。そうだ、独歩は正常だ。誰に口にするでもない言い訳を並べ立てていれば、ふにゃりとその顔を崩して一二三は無邪気に笑う。
「ね、ね、どっぽお、もっかいしよ~」
絡んでくる一二三を押しのけて独歩は立ち上がる。
泥酔した一二三が独歩に口づけるのは初めてではない。いくら仕事の度に浴びるようアルコールを摂取しているといっても酒に強い一二三がそう頻繁に潰れるわけではなく、両の手で足りるほどだった。酒の悪癖に間違いなく、所構わず口づけているのかと不安にもなったがスーツ姿の一二三はいくら酔っ払っても独歩に口づけなどしない。きっとその姿の時はまだかろうじて理性が生きていて、スーツを脱いだ瞬間、つまり気の緩んだこの空間でしかあんな風にはならないのだろう。
しかし、いくら酔っぱらいの戯れだと分かっていても次の日、独歩は何となく気まずいのに一二三は全く記憶に残っていないようで、少々腹立たしいものである。
「さっさと寝ろ。明日も仕事だろ、この酔っぱらい」
「えーなんでえ、いいっしょ、ちゅーくらいへるもんじゃ」
訥々と吐きだされる言葉を無視して一二三の自室へ引き摺って投げ入れる。ただでさえ独歩も仕事から帰宅したばかりで疲れきっているというのに自分と同じ代の男、しかも若干、一二三の方が背も身長もあるのだから重労働だ。玄関近くに部屋があって助かった。筋肉痛を抱えて仕事は御免である。嘆息を散らしながら独歩は一二三の為、水を汲みに居間に向かった。





物音に目が覚め、廊下に出れば見慣れたスーツが乱雑に投げ出されていた。何気に几帳面な一二三にしては珍しい様にまさかと思う。
案の定、一二三は玄関で蹲っていた。
「おい、大丈夫か」
そっと肩を揺らせば、ぼんやりとした瞳が独歩を映し、細められた。
「あれえ、どっぽだあ、さんにんくらいならんでるとかうけるー」
「お前、ホント大丈夫か?」
近づけば分かる漂う酒の匂いと香水。身動きも出来ないところを見ると今回も又相当泥酔しているらしい。このまま昏睡してしまったら。憂俱が擡げる独歩へおもむろに伸ばされた両腕が首筋に絡む。鼻先に触れるほど近くに引き寄せられて、反射的に息を詰めた。不安感は消し飛んで、ただ心臓が騒ぐ、また一二三は口づけるつもりなのだろうか。大したことではないはずなのに独歩はまた明日この戯れじみた行為のせいでうじうじ考えてしまうのだ。何だか面白くなかった。それは八つ当たりじみた行為。襟首を掴んであとほんの少しの距離を埋める。何度重ねても同じ感触。ただ違うのは独歩から口づけたという事実だ。
呆気に取られたかのように一二三は独歩を見る。その頬が徐々に色づいて、真っ赤に染まった。戦慄く唇から目を離せない。
とても綺麗だと思った。否、そんなことずっと昔から分かっている。だけど今まで見た中で一番、惹かれてぞっとした。何時もみたいにただ美しい造形物をみて心臓が高鳴るようなものではなくて、熱を伴った感情に混乱する。これが何か知っている。独歩は、この美しい男に欲情している。気づいてしまって全身の血液が沸騰した。
「え、え、ええ、ど、どど、っぽ?」
上気しきった頬を抱え男は、独歩以上に目を白黒させて、驚いていた。それは何をされたか認識している。明らかに思考が働いている様は確信へと至るのに充分だった。少し冷静さを取り戻した独歩は、よくよくその目を合わせて呟く。
………お前、酔ってないだろ」
逸らされた視線は肯定に違いない。唇を尖らせる一二三は、床を見つめていた。
……あーばれた? だってえ、ちょおっと隙がないとちゅーなんてさせてくれないっしょ、独歩は」
へらへら笑いながらも一二三の頬は未だに朱に染まっていて、耳元まで鮮やかに赤が彩っている。俯きがちでも分かるそれが酒のせいでないくらい知っている。
……べつにするけどな、俺は……お前、が酔ってなくても」
弾かれたように上がる面を独歩は何だか真っ向から見られず、入れ替わるように視線を落とした。