桜崎
2017-11-05 00:22:56
909文字
Public
 

無題

狛日

黒い空にくっきりと漂う煙をぼんやりと眺めた。時折、吸う煙草の価値を狛枝は未だに測りかねている。咥内に広がる味を好んでいるわけでもなく、口寂しいわけでもない。無駄な問答のようで、馬鹿馬鹿しくなる。
ただ虚空に視線を浮かばせて、ふと呼ばれた名に振り返った反動で灰が落ちる。
「お前さ、それ、体に悪いからやめろよ」
「いいじゃない、別に。キミには関係ないでしょ」
目に入ってしまった枯草色に後悔する。
わざわざ真っ向から見つめずともその気配が誰か分かっていた。苦言を呈してくるのは日向くらいだと。何度も何度も同じことを忠告してくるのだから当然だ。いい加減聞き飽きた。
だが狛枝は嫌いだと自覚している相手に対面し、返答していた。無視すれば良いはずだった。自身が取る不可解な行動が苛立ち、知らず知らずの内に舌を打つ。
……本当に止める気、ないのか?」
「しつこいんだけど。お節介も過ぎると鬱陶しいってわから
その感触に慄く。狛枝にとって初めてだった。
理解は追い付かず、心音の激しさだけが独り歩きする。
目前にあるのは、残念そうに装いながらも何処か軽薄な笑み。
「じゃあお前と二度とこういうことできないな。俺、煙草、嫌いなんだ」
「っな、……
息が詰まる。こんな予備学科相手に熱を晒すなんて醜態だ。だが、感情に理性は簡単に丸め込まれる。
厭だと思ってしまった。一瞬でも知った温もりが二度と手に入らないなんて、ひどく動揺したのだ。
分かっていた。狛枝が一番、分かっていたのだ。好きでも何でもない嗜好品を欲する理由が何であるか、最初から知りながらも気づきたくなかっただけだ。
こうしていれば構って貰える。見てくれる。言葉を交わせる。閉じ込めてきたそれが暴かれてはもう収拾がつかない。
立ち去るつもりの背に追い縋る為に煙草を灰皿に捨てた。
まだ幾分か中身の残っている箱をポケットから取りだしていれば、ふと日向の歩みはとまる。
「ちゃんとそれ、ゴミ箱に捨てろよ、狛枝」
振り返ることもなく日向はそう言った。
見透かされているのが腹立たしくて、悔しくて、だけど、狛枝は少し嬉しかったのだ。
それを認めたくはないけれど。