桜崎
2016-02-07 01:56:41
2200文字
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しかえし

未来機関のふたり的な。なぎちゃんつんつんぎみ

「こまえだいいにおいだな……
髪の毛に沈む顔。腰に絡む腕がすこし苦しい。
……お酒臭いんだけど、日向クン」
日向が手に持っている缶はすでに空で周りにはいくつも同じものが転がっている。どうやら、独り酒を呷っていたらしい。たまたま仕事の話をしに来た狛枝は運の悪い事に捕まって中々離してくれないのだ。
 何とか囲いから抜け出そうともがくが、狛枝の細腕ではびくりともしない。
「ん……なんだよこまえだ?」
「だからお酒臭いって! いい加減離してよ!」
「こまえだはかわいいなあ」
「ねえ、訊いてる!?これだから酔っぱらいは嫌なんだ!」
「てれてるんだなーかわいいぞー」
成り立たない会話。
これはもう日向が飽くか、酔いが冷めるのを待つしかなく、狛枝は諦念を想いながら嘆息する。日向が正気に戻った時にぶつける苦言を考えて、苛立ちを緩和させていれば不意に体が浮いた。抱きかかえられたのだと気付いた時にはすでに寝台に押し倒されていて、軋む音が厭に傍で聞こえる。
冷たい敷布に充満する日向の香りが鼻腔を抜け心音が忙しさを増す。
「え、ちょ、日向クン?」
冗談かと顔を上げて、括目した。
重なる唇に、体躯が硬直する。触れるだけのそれは一瞬で、酒の匂いを漂わせて離れていく。
「なに、して……
「こまえだ」
聞いたこともないような甘い声色にどきりとして、非難を呑み込んだ。枯草色に灯る情欲の色に、身動きが取れない。
惚けるような笑みを日向は見せて唇を首筋に落とす。柔らかな感触にぞっとした。軽い音を立て外れていく釦に、全身に熱が蔓延する。
「あ、ま、まって、ねえ、ひ、日向クン……!?」
 きっと色づいているだろう頬に混乱した。
嫌いではないが好きではない。そう好きではない。だって日向は相変わらず平凡だし、狛枝の好きな希望に光輝いているわけでもなくて、スーツで仕事をしているのはちょっとかっこいいと思う事はあるけれど、元予備学科生で。
必死に言い聞かせているのに振り払えないのは何故だろうか。
腿を撫でる掌。四肢から力が抜け、思わず瞼を下して。
しかし、日向はそのまま力なく狛枝の上に倒れ込む。
…………は?」
胸元にかかる吐息は規則正しく、狛枝はおずおずとその顔を覗いた。固く閉じられた瞼に、拳を握ったが、ぶつける充てのない怒りである。
小さく舌打ちをして、狛枝は日向の服に手をかけた。




その温度が心地よくて、腕に在るぬくもりをさらに抱き寄せる。密着した途端、広がる匂いを鼻腔一杯に吸い込んでしかし、小さな呻き声に、瞼を開ける。頭が少し痛んだ。
「おはよう日向くん」
瞳に入り込む朝日の中、満面の笑みで狛枝はそう告げた。
「え、あ、おはよう……ってえ?」
狛枝が何故と思う間もなく、認識した事実は全裸である。目前の彼女だけではなく、自分も。散乱する服を認知し収拾のつかない脳内で日向は必死で記憶を辿るが、仕事が上手くいかない腹いせに酒を何本か開けた時点で途切れている。その際、狛枝の姿はなくて、だが、この現状。厭な予感が過ぎる。
「俺、お前に……
「そうそう、日向クンったらひどいよねえ……お酒に酔ってさあ……
首筋に在る赤い痕に心肝が冷えた。飛び起きて、額を寝台に押し付ける。全裸で土下座などひどく無様な恰好に違いなくてしかし、体裁など構っている状況ではなかった。
「ご、ごめん、狛枝!」
……あは、日向クン、謝るだけで赦されることかな?」
頭上に落ちる無機質な声色に日向は、顔を跳ね上げ、真っ直ぐに狛枝を見る。躊躇いなどなかった。
「わかってるぞ、ちゃんと責任取るから!」
「うんうん、ちゃんと反省して、とりあえずそうだね、ちょっといい店でも奢ってくれたらそれで……って責任って何?」
「結婚しよう、狛枝!」
日向にとっては当然の事項である。婚前の女性、その上、恋人でもない相手に手を出したのだ。もしかすれば、妊娠しているかもしれない。それなら、費用がかかるだろうが大丈夫だ、貯金だってある。現在仕事の方面も落ち着いては来ている為、安定した収入だって見込めるだろう。狛枝と子どもくらいなら養っていけるはずだと少々飛躍した考えを展開していた日向は狛枝からの返答がないことに首を傾げる。
……狛枝?」
…………………いや、ありえないんだけど」
「何を気にしてるんだよ、狛枝?お金の心配か?結婚式なら出来るしこどもの養育費だって大丈夫だぞ……?」
「ちょっとキミ考えすぎだからね!?あのさあ、絶対、妊娠なんてしてないから!」
「何言ってるんだ!そんなのわからないだろ! とりあえずこの後病院行って、婚姻届けを……!」
「は!?本気!?だ、大体、責任だとか言うけど、ボクのこと好きじゃない相手と結婚なんて……!」
「好きだぞ、狛枝」
瞬間、真っ赤になった狛枝を日向は思わず抱きしめた。





 狛枝にあんな想いをさせた仕返しであったはずだ。日向の服を剥いで、自分も何も身に纏わないまま隣に滑りこんだには、ちょっと日向の焦った顔を見て、当分の間、狛枝の言い成りにでもなってくれれば、くらいの気持ちである。
当然の如く、二人の間には何もなければ、狛枝も何もしていない。
……日向クンってホント馬鹿だよね」
呆れ交りに嘆息を落として、しかし、左手に嵌った指輪にゆるりと唇を緩めた。