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桜崎
2016-01-28 01:56:48
1818文字
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無題
狛枝が目覚めたと聞いて彼女は、躊躇なく走り出した。
飛び込むように白い病室に足を踏み入れて、我に返る。
横たわる姿に一瞬、怯み、日向はおずおずとその寝台に近づく。生気のない顔と対面した瞬間、ゆるりと瞼が開かれた。
歓喜と同時に這い上がる恐怖。
今にも逃げたしたくなる衝動が両足を支配する。
しかし。
「日向さん
……
?」
「え、」
向けられたのは嬉しそうな微笑だ。
見開いた目が写しこむ信じられない光景に心音がはやなる。
「ねえ、僕どうしちゃったの? また不運でケガでもして倒れたのかな?体、全然動かないし」
不思議そうな狛枝に、まさかと至る。
「
……
お前、もしかして」
覚えていないのか。なにもかも。
コロシアイのことも、あの絶望的な事件のことも、日向が何者だったさえも。
そうでなければ日向に対してこんなにも穏和な態度でいるはずがなかった。コロシアイで日向が予備学科生だと気づいた狛枝の反応はそれまでとはまるで別物だったと誰よりも知っている。
目覚めない者たちへと適用したプログラム、あの平穏だけを切り取った修学旅行で作り上げた関係性のままでいられるわけがなかった。
たとえ、修学旅行で恋人同士であった記憶を抱えていても狛枝は日向を糾弾するだろう。
「なあ、狛枝
……
よく聞いてくれ」
「なあに、日向さん
……
?」
穏やかな表情に、言葉が詰まる。
この綺麗な男は一時でも日向の恋人だった。叶わないと分かっているからこそ、刹那でもと望んで仮想の世界で好きだと言ってしまったのだ。恋人として過ごした修学旅行の日々が脳裏に蘇って日向を苛む。
全てを話せば迎えるのは破局だろう。希望を持たない存在を狛枝は愛さない。
「
……
私は」
狛枝の病室を出たと同時に苗木とかち合った。
「あ、日向さん!遅れてごめんね!仕事、抜けられなくて君一人に任せちゃって
……
」
「いや、忙しいんだから気にするなよ」
「それで狛枝君の様子どうだった
……
?」
苗木の問いに思わず噛んだ唇が痛い。
「もしかして狛枝君、良くないの?」
「ちがっ
……
苗木、私、嘘ついた」
「
……
え、どういうこと
……
?」
息を詰める。
口火を切るまでかかる時間は数秒だったかもしれない。ただ日向にには異様に長く感じた。
日向は自分の都合のいいように、狛枝の記憶を埋めたのだ。
己を未来機関の人間だと偽り、絶望の残党であったことも、あのコロシアイの根源であったことも元予備学科生だったことすら隠した。
否、あのコロシアイ事態をなかったことにしたのだ。
ただ狛枝は絶望の残党で、更正のプログラムを受けさせられた人間だと言ってしまった。
今しがたの起こしてしまった愚行を苗木に吐き出して、日向は苦笑する。
「
……
苗木、ごめん、狛枝に全部ちゃんと説明しなおしてくれるか?」
「
……
それでいいの?」
無言で首を倒した。
見たばかりの狛枝の笑みが焼き付いて離れない。もう二度と狛枝は日向に向けてあの表情を飾ることはないだろう。最後に現実で目に出来た幸運を日向はひっそりと噛み締めて苗木から踵を反した。
あれから一度も狛枝を見舞ってはいない。顔を合わせればきっと冷えきった侮蔑が飛んでくる。分かっていながらもそれは苦しくて先伸ばしにしているのだ。
腕にある書類の重さに辟易としつつも日向はただ毎日、働いている。何かしていれば、厭な想像もしなくても良くて狛枝でおうのうせずに済む。
無心で苗木のいる仕事場へ行く途中、不意に腕を引かれた。
薄暗い資料室だと頭の片隅で認識し、敵襲の可能性にそうぼうを尖らせる。
振り払おうと腕をねじった瞬間、その相手が見えた。病院服のその姿、見慣れた顔。
「
……
な!んー!?」
「ちょっと静かにしてよ、ひなたさん」
何故。それだけが頭を占めた。だって狛枝の様子はさほど変わっているように思えないのだ。名を呼ぶのが何よりの証拠である。驚異で凍りつく全身を、騒がないと思ったのかようやく狛枝の手によって塞がれた唇が解放された。
「病室、ぬけだしてきて追われてるんだよね
……
」
「は
……
?抜け出した?なんで
……
」
問いを投げた瞬間、不服そうに面が歪んだ。ついで深々とためいきが落とされる。
「
……
君がこないから」
強引に腕が捕らえれた。
密着するのは体躯だけではなく、唇も同様だった。
乱暴な口づけに
「
……
ねえ、なんでお見舞いにきてくれないの?」
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