桜崎
2014-10-07 23:47:57
1664文字
Public
 

似たものどうし


「無防備」
「え」
憮然とした表情を模って狛枝は嘆息する。貸していた本を返すからと部屋に呼ばれたが、汗を流していたのだろう、浴室から現れたその姿は非常にいただけない。
……キミさ、ボクの性別分かってる?」
「馬鹿にしてるのかよ、男だろ」
そう、狛枝凪斗は男である。なのにその目前に晒すのは少し大きめのキャミソール一枚と何とも頼りない格好だ。ただ日向は男という性別だと認識しているだけでその本質まで理解していないに違いない。今、狛枝が日向に向ける感情が身の危険を脅かすものに近しいものだとも知らないのだろう。
……いいから早く服着てよ」
燻る塊を必死で飲み干して、狛枝は音を絞り出す。
極力視界に入れないように狛枝は目線を下したが、布ずれのとはどうしても想像を掻き立てた。ほんの数分のはずがひどく長い時を思わせる。集束していく熱を誤魔化したくて、声を上げた。低い声色は、動揺を悟らせないためのものだ。
……ねえ、キミ、誰の前でもこんな感じなの?もう少し警戒心でも持ったら?」
「警戒心って……友達相手にそんなの失礼だろ」
何もわかっていない日向に無意識に再び嘆息が散る。
その中で服を身に着け終えたのか静かになる空間。面を上げた先にはいつもと同じ格好の日向がいる。否、何処か不服そうに見えるのは、狛枝の言葉に納得していないからに違いない。
……大体なんでお前にそんなこと心配されなくちゃならないんだよ」
視線を逸らされ吐き捨てるよう模られる音は、冷たく狛枝の身に刺さる。他人を、拒絶を、はっきりと示された気がした。日向にとって狛枝の位置は友人にも満たないものなのかもしれない。分かっていてそれでも狛枝を締め出さそうとする両眼が気に入らない。希求する。その瞳にひと時でも己を映して欲しいと。だから。
「キミが好きだからって言ったらどうする……?」
「え」
驚嘆だけを飾る面。重なる目にほんの少し満足した。日向に近づいてそこに手を伸ばす。頬を撫でた。だがただ狛枝より一抹ほど高い温度が染みただけだ。虚しさに歯止めが利かない。
……あは、証明、しようか?」
「こま、えだ……?」
肌をなぞった手で日向の腰を抱く。指先から伝わる体温に実感がわいた。顔を近づければ、鼻先が交差し、唇は触れる寸前で。けれど、在るのは無。覗いた色に何もない事を知る。
……なんてね。冗談だよ、本気にした?」
身を離す。枯草色に映り込む口端は上手く釣り上げられているだろうか。愉悦を、嘲笑に似たそれを誂えて、本心を必死で覆い隠した。狛枝はそうしなければならない。
「っか、からかうな、馬鹿野郎!」
双眸に怒りと剣呑を秘めながらも何処か安堵した表情に胸が軋んだ。
嗚呼、と思う。口づけの真似事をしたというのに照れ一つないその顔。在るのは、不審と軽い苛立ち。日向は狛枝を意識の対象外として認識しているのだろう。狛枝が持つもの、恋情なんて欠片も抱いていない。自分から試して、それを突きつけられるなどなんと滑稽なのだろう。
胸の空洞が広がる。期待、していたのだろうか。狼狽えて、頬を染めて、そんな姿を狛枝は望んでいたのかもしれない。もし、そうであれば嘘だともいう必要もなくて狛枝はその想いを本当だと口にしていただろう。
しかし、もう出来ない。狛枝は日向にだけは否定されるのが怖くて堪らないのだ。故に虚実だと言い張って、なかったことにする。そうすればきっとまた明日から同じ日常が続く。日向は狛枝のものではないけれど、傍は歩ける。それで十分だと思いこむ。
 日向が返すつもりだった本を掴んでそのまま踵を返した。
……じゃあね、日向サン」
これ以上の現実を思い知らされることは苦痛で、顔を目視することも返答を待つこともなく狛枝は部屋を出る。
 だから気づかない。
その場に蹲るように身を崩した日向の相貌が赤く色づいていたことも。狛枝の一言が日向を苛んでいたことも。床を濡らす水滴が何かすら狛枝は、知ることもなく、ただ、静寂な間に扉の閉まる音だけが響いた。