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桜崎
2014-08-09 23:14:14
1176文字
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痕(狛日♀)
日向サンと名前を呼べば、恐る恐ると言った風に視線が狛枝に向けられ、しかし、すぐに逸らされる。
「な、なんだよ」
低い声色。傍から見れば怒っているようにも取れる様はしかし、さらりとした髪から覗く耳は赤い。
「
……
もうちょっとこっちこない?」
一緒に出掛けようと日向を誘って連れ立って歩いていたが、微妙な間がある。理由は単純明快なもので、照れている、その一点だけだ。
日向に今まで恋人というものはいたことがなく、それが覆ったのは前日。恐らくどう接すればいいのか、日向の頭の中では混乱を極めていて、結果の現れがこの開けられた空間だ。
「
……
ちょっと、だけ待てよ」
ぴたりと足を止めて、日向は一つ息を落とす。ゆっくりと距離を詰めていく
「こ、これでいいか?」
今にも部位が触れそうなほど近くにいる日向は、頬を染めて狛枝を見上げる。
「
……
うん」
釣られるように上がる温度。きっと日向と変わらないくらい顔は紅潮しているに違いなく、暑くて堪らない。ああ、これでは手を繋ぐなど夢のまた夢かもしれない。
だけどせめてと思った。
「日向サン」
「
……
なんだ?」
枯草色の双眸に自身が映り込む。縋るような、必死さが滲む情けない表情。
「
……
ボクのこと好き?」
発した言葉が届くと同時に、日向は先ほどと比べものにならないほど真っ赤になる。日向の数秒、眼球をあちらこちらに泳がせて、だが、不意に真っ直ぐと狛枝を射抜いた。
「わ、私はお前のことが
……
」
狛枝は日向を食い入るようにその唇を見る。
望んでいた二文字が模られそうになって。
世界が暗転した。
覚醒は何時も同じで、絶望と虚脱を連れてくる。
焼け付く痛みは、薄れることなく、むしろ忘れるなとでもいうように日に日に増長した。けれどそれが何処か心地よく感じるのは、それが日向によるものだという想いがあるからだ。
狛枝は息を吐いて、敷布を握る。上体を寝台から起こして、己の頬を撫でる。ただ冷たい感触のみを伝える指に諦念だけが湧いた。
どれほど辛く苦しみが続いても時が過ぎれば、涙が枯れることを知り、記憶は零れ消えていく。
望んでも望んでも、もう手に入らない言葉をせめて過去にあった幻想で手に入れたくて、だが、それは一度も叶ったことがない。
何度、夢を繰り返そうとも、彼女からその二文字が贈られる前に世界は終焉する。
どうして、と呟いても独りになった部屋で答えをくれる人間はいない。
縋るように辺りを見た。
幾つもある日向の笑みにふらふらと無意識に手を伸ばす。
握り返されることなど永遠にない手は空を漂って、地に落ちる。当然だ。過去を切り取った無数のそれは、狛枝に幸福を思い出させてくれるが、応えることは絶対にない。
戻ろうと思った。日向の喪われてしまった世界は狛枝に必要ない。
身を横たえる。
今度はきっと。
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