シノハラ
2025-11-28 19:07:04
1918文字
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虚淮と風息の関係の話

多分一年以上前のプロットが発掘されたと思ったらなんか師弟の話をしていたので突如書きました

 いつだったか、旅支度をした妖精がやってきた。
 そもそも虚淮自身広く交流を持つ気質でない自覚があったので、おそらく風息が目的だろうと思っていたがそうでもなかったらしい。
 彼は虚淮に会釈をした後、こちらに視線を外さずまっすぐこちらに近づいてきた。

 そうして彼曰く、長らく師事していた妖精から免許皆伝を伝えられたため、見聞を広めるために旅に出るらしい。
 しばらく――おそらく四半世紀は戻らないつもりなので、ご挨拶にと続けられる。

 それはご丁寧に、と思いながらも、きっと彼なりに龍游に名残惜しさがあるのだろうと虚淮は考える。
 その未練を一つ一つ引きちぎるために、彼はしばらくは帰れないと方々に伝えて回っているのだ。

 しはんせいき、と虚淮に寄って来ていた幼い風息が不思議そうな声を上げる。
 そうすれば、彼は風息の前にしゃがみ込んで、季節が二十五回巡るまでと教えてやった。

 最初こそ風息は指折り数えてその時間を味わおうとしたものの途中で諦めてしまったらしく、代わりに寂しいと口にした。
 その頃には俺はとっくの昔に大人だよ、なんて言いながら。
 上手い言葉が見つけられなかったのか、そんな風息に彼はそうだねと同意するだけだった。

 それから彼は立ち上がって、不思議なものですと口にする。
 寂しいのに、龍游とそこに暮らす者達を愛しているというのに、どうして行きたくなってしまうのか。
 その手の衝動を持たない虚淮には彼に与える答えは持たなかったものの、きっと彼も答えを求めているわけではないのだろう。
 それはこれから見知らぬ土地へ足を踏み入れる彼自身が見出すべきものだった。

 それからいくつか会話を交わした後、龍游を離れる儀式を続けるために虚淮と風息から背を向ける。
 その背中を見送った後、袖を引かれて引力の先を見ると風息がじっと虚淮を見上げていた。

 めんきょかいでんって、とどうやら分からない言葉だらけだったらしい風息が問いかけてくるので、相手に教える事がなくなった時の事だと説明してやる。
 風息は一度視線を地面に落として、新しい知識を未熟な頭の中に収めようとしているらしい。

 ぎゅっと縮まる耳を眺めていると、ぱっと風息が顔を上げた。

 俺も虚淮が教えることがなくなったと思ったら、どこか他の所にいかないといけないのか、といつもより控えめな声量で風息は尋ねた。
 ははあ、なるほど。
 そう思いながらもそもそも風息を弟子にしたつもりなどなかったので、虚淮は首を傾げてしまう。
 いつの間にこの子はそう思い込んでしまったのか。

 おまえはどこかに行きたいのかと尋ねると、ふるふると首を振られた。
 なら行かなくとも良いんじゃないか、あれは他所を見に行きたくなっただけなのだから。
 そう、風息に教えてやれば緊張が混ざっていた視線が緩み、ついでに引かれていた袖も自由になる。

 じゃあ、ずっとここにいるから俺は関係ないと丸くなった声で風息は納得したようだった。
 他所が気になってもちょっと行ってすぐに戻ってくる! なんて信用のならない宣言までする始末である。

 お前みたいな気質の奴は絶対外が気になるタイプだと指摘すれば、そんなことないと風息は機嫌を損ねたらしかった。
 それに、しばらくは虚淮の弟子なんだから遠くに行けるはずもないなんて言い出すので、虚淮は弟子とは思ってもいなかったと教えてやれば彼の耳どころか尻尾までぴんと伸びるに飽き足らず体全体がぴょんと跳ねる。

 じゃあ俺って虚淮の何! なんて非難するように問われるものの、虚淮はやっぱり首を傾げるしかなかった。
 さあ、と口にする自分の声音は心底不思議そうな響きをしていたので、風息も冗談ではないとすぐに分かったのだろう。

 あの時の風息はあんなに色々教えてくれてるのに、と随分と憤慨していた記憶がある。
 結局あれから虚淮は一度も風息が自分の弟子であると誰かに紹介する機会はなかったが、周囲の妖精は自分達を師弟関係であると思い込んでいたかもしれない。
 洛竹が来るまでは概ねふたりで暮らしていてものを教えられるのは自分だけだったので、事実上師のような立場であったと指摘されるとそうかもしれないと虚淮だって少しは思う。
 けれど、虚淮にとって風息は弟子のようなものではなかったのだ。

 何度目かになる聴取を終えて薄暗い部屋でひとり座り込みながら、虚淮はあの時の事をぼんやりと思い返す。
 まさか、何百年経っても同じ返事しかできないとは。
 さすがの当時の虚淮だってそんなことはこれっぽっちも思っていなかったはずだった。