むかいえ
2025-11-27 23:02:10
3943文字
Public シャアム
 

君の知らないラブ・レター

ご都合和平ifのシャアム。徹夜で一緒に仕事してた二人のとりとめのない話の行末。

 いつの世も、どんな時代も物語る。一番大変なのは、戦後処理だ。特に中間管理職的ポストにいれば地獄である。
 どうにか平和的に和平協定を結んだ新生ネオ・ジオン軍と地球連邦政府だが、今まさに両者とも戦後処理に追われていた。
 電子化の進むこの時代に、執務机に積み上がる紙の束は一向に減らない。なかなか終わりの見えない業務にシャアはうんざりしていた。優秀な部下たちが振り分け、厳選した上でも量が多い。なにせシャアはネオ・ジオン軍の総帥という立場であるので、結局最終的な可否の決断は彼の仕事になるのだ。
 シャアは自身の執務室内に急遽運び込まれたもう一つの執務机にちらりと視線を向ける。そこには和平が成ってからネオ・ジオン軍にたびたび特使という名目で出向してくる男が、シャアと同じく書類を捌いている。
 アムロ・レイだ。もうすぐ三十路のはずなのだが、どこか少年の甘さを残した童顔。そんな彼の目の下にはくっきりと隈が刻まれ、表情も疲れを色濃く写している。ちなみにシャアも大体似たような顔をしていた。
 特使はシャアが指名したわけではない。だが彼との因縁を知っている連邦側がどういった意図なのか送り込んできたのがアムロである。なんだかんだと彼と話す機会が得られたのは喜ばしい。シャアのそんな態度も表に出ていたのかもしれない。以来、特使はアムロの役割となったようだった。
 つまり、ネオ・ジオン軍と連邦政府の橋渡しにもなるわけである。一尉官に何をやらせるんだ、とぶつぶつと文句を言っていたのが懐かしい。特使とは聞こえは良いが、実質、板挟みのポストだった。伝書鳩と言ってもいい。

 さて、そこへ急遽突っ込まれたアムロは、特使権限として本来尉官ではあり得ない、ある程度の情報開示や指示権を与えられている。なので、ネオ・ジオン軍側の書類の確認作業も彼の仕事だ。シャアがサインして完成させた書類を彼が確認し、時に連邦側から寄越される案件を代理で書類作成したりしている。それにもシャアのサインが必要で、完成したらまたアムロが確認して……というループ状態だった。現状、二人はワンセット状態である。
 アムロが「自分一人が連邦の窓口になるのはおかしいだろ、もっと人員寄越せ」と意見したものの、どこまでも呑気で現場を知らない高官たちはけんもほろろな様子らしく、結局二人で徹夜で仕事をしていた。
 短い仮眠を挟んではいるものの、ほとんど三徹目である。その甲斐あってか、期日中に一区切りはつきそうだった。
……アムロ、寝るな」
…………寝てない」
「あと少しだ」
「わかってる……
……これが終わったら食事でもどうだ」
「まずは寝たい」
「寝る前にシャワーを浴びろ」
……食事は、何がある」
「湯に浸かるのもいいな……
「コーヒー頼むか……?」
 流石に三徹目ともなると、軍人として鍛えていてもやはり思考がとっ散らかる。二人は噛み合っているようでそうでもない会話をしつつ、どうにか眠気を払いながら目の前の仕事と戦っていた。
「気分転換に……モビルスーツで一戦するか……
「無茶言うな」
「ガンダムは完成したんだろう?」
「まあ……完成したけど……いや、特使と総帥が戦ってたらせっかくの和平も、俺たちのこの三徹も全部ドブに捨てることになるんだよ」
「フム、演習ということにならないか……?」
……あなたね、ずっと思ってたけど、仮にも軍のトップが前線に出るのおかしいだろ」
「乗りたいのだから仕方がない。……ハァ……ただのパイロットに戻りたい……
「へえ、やっぱり好きなんだな」
「ああ、好きだ」
 シャアがぐっと凝り固まった肩と背を伸ばす。血が巡り、僅かに思考が冴えた。口に出していた話題がそのまま脳裏を駆け巡る。
 コクピットの中、機械の巨人を己の肉体の延長のように扱う感覚。宇宙空間を縦横無尽に駆け抜け、敵を殲滅する高揚。
 シャアは決して人殺しも、戦争も好きなわけではない。撃ち抜いた敵の機体の中に命があったことも、それを散らす意味も知っている。それでも、彼はモビルスーツに乗って戦うことが、何よりも自由に思えて、漠然とした強さの象徴で、恐らく、好きだった。
 パイロットとしてモビルスーツを操ることが好きだ。好きなのだ……と眠気でこんがらがった思考はやがて――シャアが結局撃ち落とせず、今では仲良く徹夜で仕事をしている男へと帰結する。彼はぼんやりとアムロを見ながら、ふと頭の中に浮かんだ疑問を投げかけた。
「アムロ……君は私のことが好きか……?」
「うん……うん? ……ああ、好きだよ」
 疲労困憊のシャアは、自分の言葉に深い意味を見出さない。
 ちなみにこの時、アムロの眠気ももちろん限界を突破しており、手元の書類へ二回目のサインをしている。
「どれくらい好きだ……?」
……どれくらい?」
 アムロは若干覚束ない手で書類を捌きながら「うーん……」と悩むように呻く。そして自身の重複したサインに気付くと、面倒臭そうに斜線を引いた。正式な書類なので当然、作り直しである。はあ、とため息を吐き、くしゃくしゃと癖の強い赤毛を掻き回す。
「駄目だ。ここで言われてもわからん。頭が回らない。今度纏めて提出するよ」
「そうか、頼んだ」
 ……残念ながら二人は真面目だった。徹夜による思考力の低下と、仕事中という現状が混ざり合った最悪の結果である。
 果たして、そこから黙々と仕事を進めた二人は、四徹目に突入する前にどうにか書類の山を切り崩す。テンションがハイになっていた彼らは達成感と連帯感で熱いハグを交わした。
 そうして各々の部屋に戻り、思う存分眠った。
 なので、そんなとりとめもない会話のことも、熱いハグのことも、もちろん綺麗さっぱり忘れてしまうのだった。
 
 ◆
 
 ――忘れていたはずだった。
 
 シャアは一枚の紙を片手に天を仰いでいた。目に入るのは執務室の華美な天井である。そのまま目元を揉んだ。瞬きを数回。ゆっくりともう一度、握る紙へと視線を戻す。
 罫線もない、ただの一枚の紙である。そこには手書きで文字が綴られていた。見覚えのある筆跡だった。つい最近、何度も彼の名前が書かれた書類を捌いていたのだから。
 アムロの字だ。シャアはもう一度ぎゅっと目を瞑って目頭を揉んだ。しかし用紙に記載された内容は変わらない。
 レポートのタイトルのように一番上に書かれているのは――『シャア・アズナブルがどれくらい好きか?』という一文であった。
「アムロ……
 くだんのアムロ・レイは先日、仕事が一区切りついたので意気揚々とロンド・ベルへと戻っている。目の下の隈が薄れたことで際立つベビーフェイスには、開放感からか実に爽やかな笑顔を浮かべていた。
 果たして彼はこの一枚の紙がシャアへの書類の中に紛れていることを知っていたのだろうか。
……いや、覚えていないだろうな……
 ぎし、とシャアの体重を受け止めた背凭れが軋む。紙を透かすように持ち上げれば、ぺらぺらの一枚は容易く照明の光を通す。やはり細工も仕掛けもない、ただの紙だ。目を細めて、黒く浮かび上がるインクの文字を見つめていたシャアの顔に、それは重力に負けてぺそりと落ちてくる。
「ふ、……くくっ……
 彼は堪えきれずに笑った。
 シャアがどれくらい好きか。薄っぺらな紙に書かれたアムロの答えはこうだ。
「貴様を殺さなければ死にきれない――熱烈だな」
 ――『命を無為に散らすなら絶対に殺す』。ともすれば折角結んだ和平が揺らぎそうな殺害予告である。シャアはしかし、気分を害することもなく満足そうに微笑んだ。それでこそ、と思いながら読み進めていく。
 やや崩れた字体、所々おかしな文法。察するに、三徹目の終わりに彼が部屋に帰ってから書いたようだった。
 タイトルのすぐ下に殺意満載の一文を記しておきながら、そこからは顔が好きだの髪が綺麗だのと、ティーンの拙いラブレターのような内容が続いている。レポートというよりも、もはや覚え書きのメモだ。
 声が良いとは何だ。背が高い、赤が似合うなど、何やら長所を無理やり捻り出したようで、やはり笑ってしまう。
 シャアとて、この紙を見ることがなければあの時の会話など思い出さなかっただろう。ならばアムロも忘れているはずだ。お互い徹夜続きで疲労も限界だった。なによりアムロが正気であるなら、こんなもの残しておくはずもなく、シャアに渡すはずもない。もしも故意だというならば随分と名演だ。去り際のアムロを思い出す。
 ……まあ、何かの拍子に提出書類の中に紛れ込んだ奇跡でも、アムロが故意に紛れ込ませたのだとしても、シャアはどちらでも構わない。
 読み進めた先、不自然に開いた行間に、アムロの迷いが垣間見える。視線を下げれば、下方には走り書きのように、短く言葉が綴られていた。
 
『あなたのやり方は許せないけど、』
 特に歪んだ筆跡だった。
『あなたの願いはきっと、尊いものだ』
 アムロの苦悩と、疑念と、希望を抱える文字だった。
『人類の革新を信じる心は、絶対に、間違いなんかじゃない』
 
 その言葉は、アムロの信頼だった。
 鼓舞でもあった。
 シャアに逃げを許さない、冷徹な銃口とも言えた。
 
 たった一枚の、薄っぺらい紙に書かれた、アムロの『シャアがどれくらい好きか』の、答えだ。
……ありがたく受け取ろう、アムロ」
 思っていたより、君は私のことが好きだったんだな。
 インクの滲んだ文字をなぞる。シャアは微笑みながら、そっとレポート――否、素っ気ないラブレターへと口付けた。