ジョアンは項垂れた。それは絶望に打たれ、支えるものを失い、膝を折って崩れ落ちたかのように見えたかもしれない。姿勢を低くしたまま、懐に隠していた短剣を抜く。
深く曲げた足で踏み込むと、二人の間にある距離を詰め、体ごとトルガにぶつかっていった。接触する寸前、顕になった白刃が光を反射して世闇に慣れた目を刺す。
トルガの体が後ろに傾ぐが、刃から逃れられる距離ではない。切先が届くと思った最中、腰に帯びていた曲剣が鞘走りの音を立てた。
耳障りな金属を擦り合わせる音がして、手に痺れが走った。鞘から半分ほど抜けた刃が、短剣を受け止めている。
だがあと数センチ押し込めば、肌けた無防備な胸に刃が届く。対して相手の曲剣は、まだ刃は半ば鞘の中に納まったままだ。
「遅いな」
所詮商人。思わず笑みが溢れた。
「この暗がりで振り抜いたらお前の手が落ちるかもしれんだろうが、阿呆め」
短剣を押し返す力が強くなった。
「ここに至ってそんな配慮に何の意味がある」
命令違反。越権行為。立場が上のものに刃を向けた使用人を、生かす方法がどこにある。目の前の男の口を塞いで、ジョアンの差配で後始末をできる状況を用意できたときだけ、生き延びることができる。
「どうしてお前は、そう短絡的で一直線なんだ」
トルガが剣を携えていない方の手で、曲剣を佩ていた帯を解いた。そのまま体を捻り、自由になった曲剣を思いきり回転させた。短剣が絡め取られて弾き飛ばされると、庭のどこかに飛ばされていった。
すぐさま拾える場所にはない。
鳩尾に蹴りが入り、間合いの長い武器を奮いやすい距離まで押し出される。短剣を取り出したときに書状が落ちたのか、白々と二人の間に落ちていた。
それを拾おうとした瞬間に、切られるのだろう。
もはや、逃げ場所はなかった。
死を覚悟したジョアンを他所に、トルガは曲剣を鞘に戻すと一度ほどいた帯を再び腰に戻した。それでも目の前に落ちている書状を拾おうとした途端に、防がれるだろうということくらいはわかっていたから、動けなかった。
彼が貴族になったときに拵えた曲剣は、装飾も豪華だが切れ味も折り紙つきだ。どんな素人が振り回したとして、人の命を奪うことなど造作もないはずだ。
もう抵抗がないとわかっているトルガが、悠々と書状を拾って懐に納めた。
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