メメント森井もりさわ
2025-11-26 23:27:43
6965文字
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迷探偵フロイトがいる回 その2

フロイトとオキーフさん、少しだけスネイルも出てきます。
今回もあまり探偵していません。
すみません、許してください。

 ルビコンには、うんざりすることが多すぎる。
 オキーフは、ぬるくなったフィーカに口をつけた。煙草が恋しい。が、この仕事をしている以上、自身の痕跡は無ければ無いほど良い。
 オキーフは顔をしかめた。
 アーキバスの提供する糧食は、どれもひどく不味い。

 この惑星ルビコンⅢに来てから、碌でもない仕事ばかりしている。
 反抗勢力鎮圧とは名ばかりの、一方的な蹂躙。搾取。ルビコニアン同士が争い合うように情報操作をしたこともあった。
 だが、それを選んだのは紛れもなく己自身であることも、オキーフは理解していた。企業の行ないを心底嫌っていながら、戦うことをやめられない。
 それは、オキーフの特殊な来歴……旧世代型の強化手術を受け、一度は人間性を手放し、そして再び人として目覚めたこと……が関係しているようだった。旧世代型だった頃、オキーフは自ら何かを発することはおろか、何かを感じ取ることもままならなかった。
 うんざりするような、世界との摩擦も。
 摩擦が無ければ前に進むことはできない。今のオキーフは、そう理解していた。

「さて……
 ごく短い休憩を終えたオキーフは、手袋をはめ、仕事に取り掛かる。
 手術台に似た作業用テーブルの上には、金属の塊が2つ置かれている。そのうちの1つをオキーフは丁寧な手つきで持ち上げた。ずしりと腕に重さが伝わってくる。
 手持ちのライトを切断面に当てていく。個人が取り扱えるように機械で切り出した切断面は、細かにざらついている。しかし、この金属塊には妙につるりと滑らかな部分があった。
 オキーフが金属塊の角度を変えて眺めようとした、その時。

「何で部屋の電気を消してるんだ? ハッカーだからか?」
 ぱちん、と部屋の灯りが点いた。振り返れば、部屋の入り口にひとりの男が立っている。
 この、のんきな声の主……そして、断りもなく諜報部の部屋に入って来た非常識人……は、誰あろうアーキバス部隊首席隊長・フロイトであった。
 オキーフはため息と共に、中に入ってドアをロックするようフロイトに呼びかけた。追い出すことは、とうの昔に諦めている。自由奔放すぎる人間に“マスターキー”を預けているアーキバス上層部が悪いのだ。俺は悪くない。そう、思うようにしている。
「何か用か」
 オキーフは金属塊を作業用テーブルに戻した。慎重に、だが何でもないかのように。さりげなく、フロイトの視線を遮るように立つ。この男の気を引けば面倒なことになるのは、火を見るより明らかだからだ。だが、フロイトはにやにやして、
「聞いたぞ。面白そうな仕事をしているらしいな。どんな戦闘だった?」
 自分が後手にまわったことにオキーフは気付く。誰かお喋りな奴が、うっかり首席隊長の前で噂話をしたに違いない。フロイトはAC機から降りてしまえば驚くほど存在感オーラが無く、そしていつの間にか現れたり消えたりする人間だ。噂話の入手先には困らないのだろう。
……分かっていて聞いているな? 悪いが機密だ。俺から話せることは無い」
「じゃあ、俺が勝手に話す。それで良いんだろう? “独り言”っていうやつだ」
 フロイトはどこか得意気な様子で話し始める。
「確か先月くらいか? この基地から出動した先行部隊と連絡が途絶えた。後から現場確認に向かった奴らが見たのは、バラバラになったMT機。不思議なことに、散らばっていたのはアーキバスの機体だけ。敵機は痕跡すら無かった。弾痕も、地面の焼け跡も!
 ステルス機か、もっと厄介な機能をもつ兵器か分からんが、とにかくアーキバスにとっては頭を抱えたくなる事態だろうな……それで、オキーフ。第3部隊が動くことになった」
 オキーフは沈黙を保ったまま、肯定も否定もしない。反応しないことが最善なのだ。有効かどうかはともかく。
 フロイトは話し続けている。
「だが、なぜ部隊長のお前が調査に直接関わっている? 仮にもアーキバスだ。敵の尻尾を掴むなんて朝飯前じゃないのか? そこが気になってな。聞きに来たんだ。……なぁ、どこまで分かっている?」
 もはや独り言ではないな、とオキーフは思う。しかし、フロイトには何とか隠し通したい気持ちもある。オキーフは肩をすくめた。
「まだ調査を始めたばかりだ。何とも言えんな。まぁ、首席隊長どののお眼鏡にかなうような謎も事件も無いと思うが」
「それ」
 唐突に、フロイトはオキーフを……いや、オキーフの背後に隠れた金属塊を指さした。
「机の上にのってるやつ。もしかして、例のMT機か?」

 オキーフは、あっさり観念した。フロイト相手に誤魔化しは効かない。特に、対面で向き合っている時なんかは。
 フロイトは妙に聡い男だった。これが個人の秘密を暴くような人間だったらどうなっていたか。AC戦ばかりに心惹かれているのがフロイトの欠点でもあり、オキーフ達にとっての救いでもあった。
 オキーフは身体をずらすと、作業用テーブルに置かれた金属塊……MT機のコアパーツの一部……がフロイトにも見えるようにした。
「それぞれ違う機体から切り出したものだ。損傷箇所に特徴があるが、手掛かりというほどのものでは無い」
 フロイトはしげしげと眺めると、ひとこと、
「確かに、少し変だな」
「それだけか? せっかく機密を明かしたんだ。何か見立てを言え」
 オキーフが促すと、フロイトは再び話し始める。
「そうだな。さっきお前が持っていた方は切り口が滑らかだ。おそらく水圧カッターみたいな武器で斬られたんだと思う。レーザーだったら熱で溶けた跡があるばずだ。これにはそんな跡が無い。
 それと、もう1つは……斬られてはいるが、どちらかと言えば潰したような切り口だな。子どもの頃、鋏でアルミ板を切った時を思い出すな。ボロい鋏だったから真っ直ぐ切るのが難しくて、結局捩じ切ったんだったか…… だがMT機を破壊するのに巨大な鋏なんか造るのか? RaDあたりは好きそうだが……
 そうか、なるほど……どの既存兵器にも当てはまらないから、機密っぽくなってたんだな」
 フロイトの推測は、第3部隊の部下達が予め調査していた内容を、かなり大まかに纏めたものだと言えた。つまり、“当たり”だった。
 それで、オキーフは次の手を考える羽目になる。見たことも聞いたことも無い兵器となれば、フロイトは必ず、
「なぁ、現地調査はしないのか? いや、するんだろう? 俺も行く」
 やはり、言った! オキーフは首を横に振ると、キッパリと、断りの意思を伝える。
「却下だ。こいつは除染済みだが、回収されたMT機はコーラルに汚染されていた。現地もコーラルの湧出地が近い。生身のお前を連れていく訳にはいかない」
「俺のロックスミスに汚染が残ると、極秘で行く意味が無くなるからか?」
「それもある。が、生身は俺たち強化人間と違って代えが効かないからな。流石に心が痛む」
「ふふ、優しくしても無駄だぞ、オキーフ。今、俺は良いことを思いついたんだ」
 フロイトは、にっこり笑って言い放った。
「俺が、その作戦のオペレーターをやる」

「は?」

 オキーフは開いた口が塞がらなかった。
 ACパイロットが、気まぐれでオペレーターをやるだと? 常日頃から報連相をさぼり、無断出撃を繰り返し、思い付きで状況を引っ掻き回したりする、あの、フロイトが?

「どうしても知りたいんだ。なぁ、頼むよ、オキーフ」
「俺へのメリットが何も無いだろう」
「ある。俺が今日見聞きしたことを、金輪際喋らないというメリットが」
「それはただの脅しだ……

 結局、オキーフはフロイトの交渉おどしに屈した。なんだか急に疲れて全部が嫌になってしまったのだ。
 ブリーフィングは後日行なうことにして、フロイトを部屋から追い出す。オキーフには、これ以上のトラブルに対処するほどの元気は残されていなかった。

 やっとひとりになった部屋で、オキーフはフィーカの残りを飲み干した。不味いうえに冷たい。ぐしゃりと紙のカップを潰す。
 オキーフは、部屋に備え付けられた焼却ボックスにカップを放り込んだ。オキーフの日頃の癖。これで指紋も唾液も燃えて無くなる。
「まぁ、あいつのせいで全てが無駄になった訳だが……
 フロイトがあちこちべたべた触りまくった跡を消す作業を思い、オキーフはため息をついた。
 オキーフの身の回りには、うんざりすることが絶えない。

***

 オキーフは咄嗟に機体をスライドさせた。
 アラート音が遅れて脳に届く。
 さっきまでバレンフラワーがいた空間が切り裂かれていた。
 砲弾でもレーザーでもない。

「オキーフ、水圧カッターの方だ!」
 興奮に満ちた声色でフロイトが叫ぶ。
「どこからだ?」
 自機でも周囲をスキャンしながら、オキーフは問う。ザァザァと音を立てて川の流れる渓谷はAC機にとっては狭く、立ち昇る霧で視界が悪い。
 アーキバスのMT機が撃墜された地点から川を遡った地点で、オキーフは接敵していた。目標としている相手であることは疑いようもない状況だ。
 だが、何故こんな所にいる? 周囲には何の拠点基地も工場も無い。つまり、補給や機体のメンテナンスには、まるで向いていない地点だった。
 狙撃を避けるため機体を8の字にスライドし続けながら、オキーフは思案する。
 それに、バレンフラワーのスキャンに引っかからないのも気に食わない。何か、奇妙なことが起きていた。
「オキーフ」
 フロイトの呼びかけ。どこか、うきうきとしている。
「こっちのレーダーにも何も出ない。ACかMTかも分からないな。……だが、だいたいの位置は分かった。マップにマークする」
 ぴこ、と間の抜けた音と共にデータが更新される。ここから更に上流の地点がマークされた。
 フロイトは音声データから、先刻の水圧カッターが射出された瞬間とバレンフラワーのアラートが出た瞬間との時間差を推測したのかもしれない。後は、だいたいの角度とだいたいの速度が分かれば、まぁ“何となくこの辺り”くらいは割り出せる。
 経験とセンスだけが根拠の言葉。
 有り体に言えば、ただの勘だった。

 だが、オキーフは迷わずマークされた地点へバレンフラワーを駆る。
 フロイトの勘は当たる。彼だけがもつ、唯一無二の才能だった。
 どのみち他に選択肢は無い。こちらが得ている情報はあまりに少なく、結局のところ、撃墜される前に打って出るしかないのだ。
 うねうねと蛇行する渓谷を、バレンフラワーは突き進んだ。

***

 オキーフは絶句した。
 フロイトですら「おぉ」とか「うぅ」とか、呻いている。

 果たして、フロイトの指し示したポイントで確かに目標とする敵を発見した。
 激しい川の流れの中、“それ”は静かに、そしてあからさまな臨戦態勢で佇んでいた。
 そう。“それ”は、恐ろしい圧力で水を噴き出す機能と、MT機どころかAC機をも断ち斬れそうな巨大な鋏をもつ……

「ザリガニだ」
 やっとのことでオキーフが言葉を発する。

 モニターには、AC機の数倍の大きさを誇る、それはそれは巨大なザリガニが映し出されていた。
 巨大なザリガニは、目の前に現れたバレンフラワーに対し、鋏を振り上げ力強く威嚇のポーズを保っている。バレンフラワーの出方を伺っているのだろう、長い触角が右に左に揺れていた。
「オキーフ。俺はアーカイブでしかザリガニを見たことがないんだが…… 普通、ザリガニってこんなに大きくなるものなのか?」
「いや。こいつが異常なだけだ」
 バレンフラワーがライフルを構えた。オキーフは早くも冷静さを取り戻そうとしていた。
 レーダーに引っかからなかった訳だ。信じがたいことだが、こいつは100%天然の力でここまで大きくなったに違いない。
「そうか、コーラルを食ってたんだな。それならデカくなっても水圧カッター使っても、不思議じゃないな……
 フロイトが言う。その声には残念そうな響きが乗っていた。いくらデカいからといっても、この惑星特有の生物に過ぎない。最新の兵器を備えたメカではなかったのだ。フロイトは少しガッカリしていた。
 それで、オキーフへの警告が遅れた。

 巨大ザリガニの攻撃が、突然始まった。
 その巨躯に見合わないスピードで、鋏をバレンフラワーに向けて振り下ろしてきたのだ。
「フロイト!」
 怒りの籠ったオキーフの呼びかけ。
 すんでのところで回避することに成功したオキーフは、プラズマライフルで応戦する。これでもかと熱線を浴びせかけた。
 川の水が蒸発し、周囲が真っ白になるほどの熱。プラズマの熱を防ぐ術のない、ただの生物であれば一瞬で消し飛ぶはずだ。
「やったか!?」
 フロイトの言葉。

 だが。
 水煙の中から現れた巨大ザリガニは、無傷。

 驚くべきことに、ザリガニは鋏にコーラルの輝きを纏わせていた。コーラルという物質はザリガニを次の進化のステージへ導いたようである。
 より、戦闘に優れた存在へ。
 接近戦であれば、その堅い鋏が敵を叩き潰し、断ち斬る。相手からの攻撃もコーラルがバリアの役割を果たし、熱も衝撃も受け流してしまう。
 そのうえ、敵が距離を取れば水圧カッターのごとき水鉄砲で撃ち落とす。
 人知れず、遠近ともに優れた生物兵器が誕生していたのである。

「苦戦しそうな相手だな、オキーフ。今からでも……
「却下だ。お前が言い出したんだ、作戦終了までオペレーターをやれ」
 オキーフはきっぱりと断った。
 倒す手段が全く無い訳でもない。巨大ザリガニはコーラルの防御を常時纏っていることはできないようだった。であれば、バリアが解かれる瞬間を狙って、レーザーやミサイルを叩き込めば良い。
「時間が掛かりそうだと思ったな、フロイト? 我慢しろ。これが俺のやり方だ」

***

 それから数十分後。
 オキーフの読み通り、巨大ザリガニはダメージを蓄積させている。警戒していた水鉄砲も、もう放つ元気が無いようだ。
 やっとこれで終わる。フロイトだけでなく、オキーフもそう思った。決して油断した訳ではない。本当に次の一撃で終わる、その手応えがあったのだ。

 だが、巨大ザリガニは生命を諦めていなかった!

 どごぉ!

 ザリガニの巨大な鋏が地面に潜り、地中深くを掘り起こしたのだ!
「退避しろ、オキーフ!」
 フロイトの指示に、バレンフラワーが急速浮上する。
「くそっ。コーラルの地脈が近いのか」
 巨大ザリガニが掘り起こしたのは、地中に流れるコーラルだった。辺り一面に噴き出したコーラルが充満し、赤い輝きが音を立てて迸った。
 
 はるか上空に退避したオキーフは驚愕した。
 もとから巨大なザリガニが、さらに成長していることに気付いたのだ。そう、超巨大ザリガニへと変貌しようとしていた。
 今や、渓谷の崖の淵から触覚が飛び出るほどの大きさだ。
 そしてなんと、超巨大ザリガニは水鉄砲を放つ機能を活かし、コーラルをビームのように飛ばし始めたのだ!
 もはや超巨大ザリガニには闘志しかなく、自分が何のために鋏を振り上げ、ビームを放っているのかも分かっていなかった。周囲に破壊を振り撒く存在へと成り果ててしまったのだ!

「最悪の事態だ……
 超巨大ザリガニを見下ろしながら、オキーフは呻いた。
 作戦前に対コーラル兵装を施していたとは言え、バレンフラワーの通信機器やら駆動系やらが無事なのは奇跡と言えた。だが、今の装備でどうにかすることは出来そうにない。
 フロイトの提案通り、複数のAC機で当たるべき対象になってしまった。周囲の汚染状況もかなり酷い。場合によっては……
 と、悶々と考え出したオキーフへ、フロイトが話しかけてきた。
「そう言えば噂で聞いたんだが」
「何だ。それは、今言うことなのか」
「怒るなよ、オキーフ。とにかく、俺が聞いた話だと、ルビコンの地下にはコーラルを食ってでっかくなったミールワームがいるらしい」
 それを聞いてオキーフは、本当に通信を切ってやろうか、と思った。このオペレーターは最悪だ、とも。
 そうこうしているうちに、超巨大ザリガニは、ますます赤く輝き、発達し続ける筋肉が甲羅を押し曲げ、不気味な様相へと変わっていく。
「だから何だ」
「ミールワームはコーラルを食えるだけ食って、最後はぱんぱんになって破裂……というか爆発するんだそうだ」
「おい何故それを早く言わな、」
 モニター全体が真っ赤になった。

 全身を衝撃が貫き、オキーフの意識は飛んだ。

***

……と、いうことがあった」
 アーキバス次席隊長・スネイルはフロイトの報告を聞き終え、怒り、それはもう身悶えするほど怒り、フロイトに一定期間の出撃禁止を命じた。もちろん、オペレーターとして勝手に作戦に潜り込むことも。
 この時オキーフは集中治療室に放り込まれており、完癒してからスネイルにねちっこく説教される運命にあることを知らなかった。