彼女に振られた。仕事が終わってから、ぶり返すようにその事実が押し寄せてきて、いつもなら行っていただろう飲みや遊びの誘いも断り、俺は早々に帰宅していた。
俺は鞄と上着とネクタイを床に放り投げて、ベッドに寝っ転がり、暗いままの天井を見上げる。
俺の何が悪かったんだろう。
振られ文句は「男の子っぽいところが好きだったけど、結婚したいとは思えなくて」だ。俺まだ24だし。社会人2年目だし。結婚て。
……こういうとこか。そういうことなのか。
俺は黙ったまま思考をぐるぐる回していた、が……どうにも気が散る。たぶん隣の部屋が騒がしかった。
なんの音だよ。そう思って耳を澄ますと聞こえてくるのは……喘ぎ声だ、これ。しかも男の声だった。
たまに男優の声がうるさいAVあるけど、隣に住んでる奴ってそういうタイプかよ。最悪じゃん。知らなかったし知りたくもなかったわ。黙ってシコれよ。
俺が平日仕事でいないのはそうだけど、休みの日も彼女と出掛けてたり、それがなかったらゲーセンでレバガチャするか行きつけのカードショップで友人達と紙しばいて夜更かししてたからな。帰ってくるのがド深夜すぎて、隣の奴と生活リズムがかち合ってこなかったってことらしい。
自分で列挙するとあれだな……これはフラれる。当然だったわ。
俺が失恋とそれに伴う自己否定に苦しんでいる間も、壁向こうからの声は止まない。
それらが二重苦になって、思わず壁を殴りつけた。それでスンと静かになる。かと思えば、若干またトーンの違う声がし始めた。……なんか話し声っぽいんだけど。
は? ヤってんの? 彼女にフラれたばっかな奴の隣でヤってんのかよ。ふざけんな。
男の声がデカすぎて女がいるとか全然気づかなかったし~? クソッ、マジで「セックスの時の声がうるさい」みたいなしょうもない理由でフラれちまえッ!
「はあ……」
壁にブチ当てた拳を下ろして、腕を顔に当てる。……しょうもないのは俺か。
うまくいっているのだろう人間相手に八つ当たりしたのを自覚してへこむ。
壁一枚挟んだ向こう側の隣室も壁際にベッドがあるのか、はたまた変なトコでヤってんのかもしれないが、いつもは居ない時間に後から帰ってきたのも俺だし。……いややっぱり向こうが悪いわ。
俺は俺の部屋に帰ってきただけだぞ。いつもが居ないからって甘えんな。やるならせめて反対側の部屋の奴にもおすそ分けしろや。不公平だろ。
俺が内心で不平不満を言い続けていると、その報いみたいにしっぺ返しが来た。止んだはずの喘ぎ声がまたし始めやがったのだ……!
我慢しようとしてるっぽいけど、逆にうるさくなってんぞ! 俺をプレイに組み込むんじゃねえ!! おいおいおい相手の名前を呼ぶな、こっちにも聞こえてんだよ……!
枕に耳を押し付けても我慢しきれず、放りっぱなしの鞄に手を伸ばし、中からスマホとイヤホンを取り出した。
通勤用のイヤホンを両耳に突っ込んでいつものプレイリストを選んだら、彼女が好きだと言っていた曲が流れ出す。……心が折れた。
神様、俺が何したっていうんですか。
初詣と腹痛の時くらいにしか祈らない相手に向かって恨み言を言う。その内に俺はいつの間にか眠っていた。
怠い。朝からクソみたいな気分だった。
食欲も出ないし、こういう時はもうさっさと動いて忘れるしかない。
手早くシャワーを浴びて身支度を整える。皺がついた上着からは目を逸らして、予備のスーツに袖を通した。
重さが僅かばかり減った鞄を掴んで部屋を出る。ドアを開ければ外は普通に晴れで逆に気分が萎えた。
……げ。
俺が鍵を閉めようとしていたところで、隣のドアも開いて住人が出てくる。
出てきたのはラガーマンみたいな体格をして身長も高い好青年だ。身体がデカけりゃ声もデカいってか、ケッ。
「すみません」
「いえ」
相手は短く言葉を交わして、俺の後ろを通っていった。……おい、部屋の鍵閉めてねーぞ。不用心だな。
ってか、隣に住んでたのって、あんなんだったか?
俺が好青年のデカい背中を見送っていると、なんとまた隣の部屋のドアが開いた。中から出て来たのは、そうそう言われてみればこんな奴だった、って感じの隣の部屋の住人だ。
引っ越しの時の挨拶以来レベルで顔を見てなかった気がする。って、あれ? じゃあ、さっきのは……?
俺が部屋と人とを紐づけられないでいると、その真・隣の部屋の住人が俺のほうを向いて声をかけてきた。
「あの、昨日はすみません。うるさくして」
「あ、はい」
「気を付けますね」
「いや……こっちこそ、すみませんでした」
咄嗟に俺も謝罪をキメた。壁ドンしたし。結果、互いに軽い頭の下げ合いになる。
相手は俺やさっき出ていった好青年よりも年下だろうに、申し訳なさそうにはするが恥じる様子はない。肝座り過ぎだろ。壁ドンされても続行してただけあるな。って、あるんじゃねえ、やめろよ。
「出勤前ですよね。引き留めちゃって失礼しました」
最後にまた謝罪の言葉が投げられてから、相手は中に戻っていった。
パタンと隣のドアが閉まり、俺は通路で一人ぽつんと立ち尽くす。ここでやっと思考がまともに回りだした。
え? どっちも男だったよな? 野郎二人でAV見てたとか実は部屋にまだ女がいて3Pしてたとか、そういう理由でもない限り……え、そういうこと? は? どっちがどっちだったんだ。
答えが出ないまま、俺は出社するためにフラフラと歩きだす。
そうやって衝撃から立ち直れずに歩いてたら階段から落ちかけた。もうやだ。
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