感謝祭には家に帰るの? と、両親が最後に僕に尋ねたのは、NASAへの入局が決まった頃のことだった。それ以来、僕は研究に勤しむばかりで自宅には帰っていない。いや、仕事は体の良い言い訳で、本当のところ、僕はあまり実家に帰りたくなかったのだった。両親は良い人達だったが、それでも時折、自分は本当にこの人の子供なのだろうか? と不安に思うことがあったから。くだらない会話を楽しむことすら苦痛な時があったから。
とはいえ、最近はフレンドシップ・ギビングって風習
――友人で集まって感謝祭を過ごすってイベント
――も定着して来ていたから、僕はそれに参加するって口実で家に帰らなかったのだった。そう言うと、家族は受け入れてくれた。私達のことは気にしないで、お友達と楽しみなさいって、いるかどうかもしれない友人の存在によろしくと言って。
だが、それは僕だけで、スタンはちゃんと毎年帰省していた。多分平和なところでのうのうと暮らしている僕との違いなんだろうけれど、今年も生きて合衆国の土を踏めたって尊い意味があったんだろうけれど、僕はなんとなく彼がうらやましかった。両親と上手くやっている、彼が単純にうらやましかった。
ガソリンスタンドを経営するかたわら修理工場をやっていて、一人息子を勇敢な軍人に育て上げたミスター・スナイダー、そして家を完璧に整えながら、ダイナーでパートをし、教会の聖歌隊に入っているミセス・スナイダー。そこにぴったりはまるピースとして存在する、海兵隊特殊部隊隊長の名狙撃手であるところのスタンリー・スナイダーという存在。
僕が実の家族の中では異物だったのと違って、彼はスナイダー家に馴染んでいた。いや、それが本来の家族だっていうのは分かってはいるんだけれどね。
「感謝祭、今年も帰んねぇの?」
数週間ぶりのセックスを終えてモーテルのベッドで寝転がっていた時、スタンはそう言いながら僕にミネラルウォーターのボトルを差し出した。僕はそれを受け取りながら、今年も仕事が忙しいからねって、それに研究仲間とのパーティーもあるしって、もごもご言った。すると彼はいつもの余裕のある笑みを浮かべ、「ふぅん」って、意味ありげに、片手に持ってたコーラのボトルキャップを捻った。
「君は帰るんだろう?」
「お袋が顔見せろってうるさいから」
少し気だるげに、コーラを飲みつつスタンは言った。その横顔は、テレビが流す光に照らされて、夕暮れ時の月みたいに輝いていた。そして僕はそれに、なんだかんだでスタンは家族仲がいいんだよなって思った。彼はいつも冷静沈着でクールな男だけど、いつだって家族愛にあふれていたし、以前一度訪ねた基地にある彼の自室には、僕との写真と並んで、笑顔の家族写真が置かれていたくらいだから。
「ミセス・スナイダーは元気? 変わりはない?」
僕は身体を起こし、ミネラルウォーターを飲みながらそうスタンに尋ねた。すると彼は元気すぎるくらい、と僕を笑わせた。俺がいなくなってから教会によく通うようになって、親父が俺の世話をしなくなったって愚痴ってるくらい、とも。おかげで親父は皿洗いを失敗しなくなった、とも。
僕にとってのミセス・スナイダーとは、親友兼恋人の母親であるのと同時に、遠い親戚みたいな存在だった。いつだって無条件にあたたかく迎え入れてくれる、そんな優しい人。母親より遠いのに、かえって近しいと感じることすらあった存在。ミスター・スナイダーは時折柄の悪い飲んだくれになったが、僕がNASAに入局した時はバーベキューパーティーを開いて家族同然に大いに祝ってくれた。あの夜、ミスター・スナイダーはカバードポーチに座り、この街の保安官は小さい頃からの知り合いなんだって笑って、俺の名前を出したらしょっぴかれずに済むって、ちょっと世間より少しばかり早く酒を解禁してくれた。ミセス・スナイダーは困った顔をしていたけれど、僕は大人の仲間に入れてもらったみたいで嬉しかった。
とにかく、僕にとってのスナイダー家ってやつは理想の家庭だった。僕の家とは違う、スタンによればありきたりな、アメリカじゃあ良くある、南部の家が理想だった。
「あんたも来れば良いのに」
僕が何も言わずにいると、スタンはそんなふうにつぶやいた。いつの間にか、砂糖がたっぷり入ったカラメル色素の液体は、ボトルの約半分になっていた。
勿論、僕はそれに、本気? って思った。確かに僕達は付き合って長いし、家を行き来する間柄だったが、それでもまだそれぞれの両親にカムアウトはしていなかったから。感謝祭に恋人を連れて帰るっていつのは、そういう意味を持っていたから。
僕はきっと実の両親なら祝福してくれるだろうという予感はあったけれど(毎年感謝祭にすら帰らない親不孝者だっていうのに!)、スタンの両親はそうじゃなかったからだ。南部の、信心深い白人の家。日曜日には教会に行き、聖書を読み、歌をうたい、罪の告白のために告解室に入る家。首から十字架を下げて、食事の前には家族全員でお祈りをする、そんな家。僕の育った家庭とは全く違うそれに、なんとなく、あんなに親しみを感じていたっていうのに、僕は同時に恐れも抱いていた。スタンとの関係を知られたら、あの優しいミセス・スナイダーも、息子のように扱ってくれたミスター・スナイダーも、僕を見る目が変わるんじゃないかって、僕は恐れていた。
「感謝祭に両親に会わせるだなんて、君、ミート・ザ・ペアレンツでもしたいのかい?」
「俺達、充分長いこと付き合ってると思ってるけど?」
スタンがいたずらっぽく笑う。そして僕に口付け、またベッドに引き倒す。スタンはこめかみや目元にも口付けてゆき、まるで答えを聞くのを怖がってるみたいに、僕にキスばかりした。自分の提案が受け入れられなかった場合のことを考えて、それを恐れているみたいに必死に。
「俺の両親に会いたくない? あんた、気に入ってたじゃん。俺の部屋でティーンの頃みたいにファックしようぜ、ダーリン」
「君はそれが目的かい? ハニーはさっきのじゃ物足りない?」
僕は喉を鳴らし笑い、犬みたいにスタンの首筋に噛み付く。そして足を絡めて、彼の背中に腕を回す。これでもう、表情は見えない。スタンが何を考えているのかは分からない。彼が真面目に僕との関係を両親にカムアウトするつもりなのか、それともただ家庭と縁の薄い友人を実家に招きたいだけなのか、どちらなのかは分からない。
「あんなんで足りるとでも? あんた、軍人の体力を甘くみてんよ」
スタンはそう静かに言い、ゆったりと喉をさらした僕の中に入って来て、締め付けにそろそろと息を吐いた。
テレビは今もニュース番組を流している。大統領の支持率とか、側近の汚職とか、そういうくだらないニュースを流している。僕はそれを聞きながら、あぁ、また答えを言いそびれたなって思った。スタンも、答えを聞くのが恐ろしいのかも、とも思った。
僕たちは今も、約束をしないまま抱き合っている。いつも前に進もうとして、いつも何歩か後退している。僕はスタンの負担になりたくないってもっともらしい言い訳をして、ゲイの海兵隊員が後ろから撃たれたらって想像しては、表向きは彼と親友のままでいる。
でもいつか、約束をして抱き合いたい。彼がくれる愛情をそのまま受け取って、それを誇りにして生きていきたい。スタン、君を愛してる、ミセス・スナイダーに泣かれても、ミスター・スナイダーに殴られても、昔の映画みたいに全て捨てて逃避行出来るって思ってしまうくらい。
意識が朦朧としてくる。快感が全身を包み、僕はやがて何も考えられなくなる。ただスタン、君を愛してるって、そんな陳腐なことしか考えられなくなる。君と約束をしたい。君に約束をしたい。お互いのたった一人になってくれって、跪いて乞いたい。
でもまだ、僕はそれが出来ない。僕は今もまだ約束をしないまま、スタンと抱き合っている。こんなに愛し合っているのに、まだいろんなものを恐れて、約束をしないままに。
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