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shioyama
2025-11-26 18:17:38
1938文字
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Flip your coin
Aconite:re HO1とHO3
あの日幸運だったのは、お世話役の僕がいつも通りの休暇を送っていたことだ。
もっとも運転役の彼は、最後を不幸な日として締めくくる羽目になっているのだが。良いも悪いも紙一重なのかもしれない。コイントスは裏か表を本人が選べるが、一日の運勢は神様がコインを弾く。たまたま表、ラッキーの面が出たのが僕だった。ついていなければ額を拳銃ではじかれていたのは僕の方だったろう。
よく覚えている。僕の行きつけのカフェテリアはいつも客が少ない。店主の淹れる珈琲は濃すぎるからか賛否がわかれる。僕は好きだ。三日三晩の徹夜明けに流し込むと、体内の血なまぐさい物質が汚洗い流すような爽快感を浴びることが出来る。僕は健全なウォッカと呼んでいるそれを、時間をかけて飲んでいた。店内に時々響くベルを鳴らした客の様子をこっそり観察する。このカフェのもうひとつの魅力。可愛くて若い客が多い。
いい感じの女の子がいたんだ。少女ではなく、ちょうど大人になったばかりのような、ギリギリ声をかけても許されそうな子。しかも僕好みだった。ので、気さくに声をかけて、あわよくば仲良くしてくれないかなと口説いていたところ──けたたましく入店のベルを鳴った。やけに慌てているなとそっちを見ると、自分の部下だった時おもわず苦笑いを浮かべてしまう。いいところを邪魔されてしまった。でも許すよ。その子も最近入ってきたばかりだからね。
「ジンさん、大変です。アンナベッラ様が──!」
最後まで聞かずに椅子から立ち上がり、店を出た。あっけに取られた様子の女の子に申し訳なさを覚えつつも、車に乗り込む。今度またあったらなにかお詫びをしなくちゃな。それにつけ込んでバーに案内してみよう。奢るというマジックワードを見せびらかして。ちなみにその子とは二度と会うことはなかった。
「うちの可愛いベイビーはどういうシチュエーションで連れていかれたのかな。シンデレラの馬車に乗っていったわけじゃないよね」
部下から当時の状況を聞きながら考える。停車していた場所から逆算する。近すぎる場所は論外、でも遠方も省く。その中間地点が最有力候補だ。そのエリア内のマップを見ながら、架空の誘拐犯たちに問いかける。ここはどう?ちょっとうちの本拠地に近すぎるか。そうだよね、嫌だよね。でも遠くに行きすぎるのも嫌だよね。車種とかバレたらカーチェイスになっちゃうから。ならこのエリアあたりかな。うん、もちろん人目につかない場所。空き倉庫がベターかな──シチュエーションと知識を組みあわせて、心理状態を読み解く。これがなかなかおもしろい。頭はそんなに良い方ではないが、長年この仕事をしていると、何となく分かってくる。独学だけど心理学には多少の自信はある。信じてない?でも、今回もビンゴだったよ。
引き連れた部下たちに雑魚の相手をさせながら、アンナベッラの縄をするりと解く。まだ6歳の少女にこんな大層な拘束、必要か?余程のビビりか、誰かの趣味だろう。ろくでもない野郎ばかりだ。自分も含めて。
「ああ、素敵な洋服が台無しだ。怖かっただろうに、もう大丈夫だよ、ベイビー。僕らファミリーが迎えに来たからね」
震えている少女を慰めるように声をかける。背中を優しく叩いてあやすと安心したように涙を零し始めた。うーん、ドンの娘とはいえ、やっぱりまだまだ子どもだ。僕からすれば赤子と大差ない。ふと視線を奥に向けると、見覚えのある子が銃声と共に仰け反る。ああ、裏を引いちゃったんだね。リーダーになったばっかりで、これからだったのに。可愛そうに。
そうして一度目の誘拐事件は幕を下ろす。当時のことを思い返すと、僕はまだコインの表を引き続けている感覚になる。この業界でまだ生き残ってる時点で運命に愛されてるように思えるんだ。そろそろ裏を引きそうで怖いけれど。いや、あれ以来アンナベッラがやけに僕を呼び出すから、しばらくはナンパがうまくいかなかったことを考えると、こっそり何回かは出ているかも?
時は流れてあれから何十年。稀有な立場に生まれたお嬢様はまた誘拐されることになる。二回目の誘拐事件にも直接立ち会えなかったが、勇敢なる青年が彼女を助けてくれた。カーネ・ステファン。ハツラツとしながらも冷静さを兼ね備えるいい子だ。紛うことなきいい男ってやつだ。
もう僕が助けに入る必要はないのかもしれない。二人は歳も近いし、良き友人でもあり相棒だ。傍から見ていてもちゃんと分かる。それが頼もしくて誇らしくて──ちょっとだけ寂しい。
正面に浮いてきた親心もどきってやつを、いつものコーヒーで流し込む。あの日よりますます苦くなってる気がした。ま、僕に子供はいないけれど。まだね。
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