しらかば
2025-11-26 15:22:55
3341文字
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合縁奇縁

雪村彩月。御鶴と出会った時の過去話。

追想 雪村彩月
「合縁奇縁」


 陰陽師。
 それは力こそが全ての一族。
 古きよりこの世に蔓延る悪鬼を滅ぼす為に生まれ、陰陽術と呼ばれるその血筋の者しか使えぬ能力を使い、いつの世も平和と安寧を司る一族。
 雪村家は、その中でも下位の家柄であった。
 しかし、下位にありながらも上位の名門一族並に式神術にのみ長けていた。
 古きより直系の上位の一族に仕えるその時の為に術を磨き、雪村家の人間は術以外にも雑務など、全ての事柄を完璧になせるようになって当然として育てられる。
 しかし式神術に長けていようとも、本家のように悪鬼を直接滅ぼすような力はなかった。故に、前線で戦う陰陽師に疎まれもしたためどこの一族にも仕えることはなかった。弱肉強食の世界にありながら正当な評価が成されたのは近年になってからだった。
 
「雪村家にはうちの分家として仕えて頂けないだろうか。その才を我らのために生かして頂けるならその立場と身分を保証しよう」

 そう告げたのは当時の宮代みやしろ家の当主だった。
 宮代家は様々な属性の攻撃術式に長けており、最上位とは行かないものの上位の一族に名を連ねている名家であった。
 雪村家の人間は、闇から救い出した宮代家の人間を恩人のように崇め、全てを捧げる事を決める。それがこの一族の歴史である。


 雪村彩月さつきは雪村家の次女として生まれた。
 兄と姉が一人ずついたが、彩月は兄妹で最も才があり術に長けていた。
 生まれた時から雪村家は宮代家に仕えることが決まっていた。しかし、一族の者は彩月を虐げた。

「女のくせに」
「後から生まれたくせに」

 それは兄たちからの嫉妬だった。
 両親は早く生まれた男を己が家の当主として、早く生まれた女を宮代家の侍女として差し出すつもりだった。しかし、彩月の才はあまりにもまばゆかった。兄たちが努力を成し漸く得られた術を彩月は一度聞いたらすぐに会得した。
 故に、彼女の才を恐れた一族は、次女である彩月を潰すべく動き出す。
 そして、一族の者からは疎まれるようになる。嫌がらせは増した。
 ろくに身分も保証されない。誰からの愛も与えられない。お前は出来損ないだ、お前は雪村の恥だと虐げられ、いつも庭の隅で一人で泣いていた。
 そして気がつけば彩月は自らの事を出来損ないだと覚えていた。

「彩月って言うんだね。僕は御鶴みづる。宮代御鶴。ねえ、一緒にお話しよう?」

 ある日のことだった。
 その日は宮代の当主が彩月より少し年下の息子を連れてきていた。綺麗な黒髪の少年、御鶴はいつものように庭で泣いていた彩月に近づいた。
「ねえ、どうして泣いてるの?」
 その少年はあまりにも美しい顔立ちだった。顔だけではない、その存在全てが、まるでこの世界にいる人間とは思えないほどに澄んでいた。
「御鶴様、おやめくださいませ。其奴は雪村家の汚点でございます。御鶴様まで汚らわしくーー」
「なんで?こんなに才能があるのに。力こそが我ら陰陽師じゃないの?」
 御鶴は一目で彩月の才能を見抜いた。
 そして彼は当主たちが話をする間も彩月の目の前に座りニコニコと笑った。
 御鶴の屈託のない笑顔に、彩月は心から信頼を寄せていた。
「ねえ、彩月はこの家が好き?」
……嫌い。だってみんな酷いことするもの」
 それは幼い彼女の口から思わず溢れた本音だった。
「私はきっと、このまま死ぬんだよ」
「じゃあさ……僕の元においでよ、彩月。一緒に行こう?」
「駄目だよ。宮代家にはお兄様かお姉様が仕えるの。私じゃなくて。だって私は出来損ないだから」
 そっか、と御鶴は寂しそうに呟いた。
 彼が離れていく。
 初めて出会った、自分を受け入れてくれる存在だった。
 行かないで欲しい。
 そんな言葉は言えない。
 でも、こんな私にも希望を与えた貴方が、私には生きる希望だった。


「宮代御鶴」は、陰陽師の中でも優秀だった。それも、歴代最強などと騒がれるほどに。
 それが彩月は嬉しくて、時折家の人間から漏れ聞こえる御鶴を讃える言葉を聞くだけで元気になった。あの日から増したどんな嫌がらせにも耐えられた。
 そしてそれから数年後のある日の事。 
 宮代御鶴は再び当主とともに現れた。
「彩月」
 その日、記憶の限りだととても久々に親に己の名を呼ばれた。
 目の前には宮代の当主……御鶴の父親、そして御鶴本人が座っている。
「要件は話した通り。御鶴の使用人の話を」
「御鶴様の直属の使用人にうちの彩月を指名……ですか?」
「ええ。うちの御鶴が直々にね。もう御鶴も10歳だ。当主になる未来を見据えてそろそろ専属の使用人を雇おうと思ったら、彼から言い出したんだ。彩月ちゃんがいいと……受け入れてくれるよな?」
 言葉の意味が分からなかった。
 どうして兄や姉ではなく私なのか。
「迎えに来たよ、彩月」
 御鶴が笑う。
「お言葉ですが御鶴様。彩月は雪村家の末席に生まれた身、貴方様にはとてもーー」 
 そして彩月の父親が口を開いた瞬間、御鶴のその笑顔は氷のように消えた。

「お前らのように才ある存在を虐げる家に彼女を置いておけない。彼女の力はこの宮代家が次期当主、御鶴の元で発揮して貰う。以上です、僕が選んだ言葉に異論でも?僕の直接の指名を拒むのであれば僕の代で雪村家との縁を切ることも可能ですが?」

 まるで殺されるかと思うほどの冷めた気配を纏い、彼は目の前の人間を射抜いた。
 父親は何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。
「僕が決めたんだ。この次期当主、宮代御鶴が。だから異論は認めない、他の奴らにも。僕の直属の使用人になって貰うよ、僕はお前がいいんだ」
 そこにいたのは次期当主としての、宮代御鶴の姿。才ある御鶴の判断ならば、これ以上は誰も言葉は出さないのだろう。
……あとは君の意思だよ、彩月」
 そして御鶴は先程までが嘘のように笑う。
「だから彩月、お前はこんな所に居なくていいよ。もう我慢しなくていいよ。僕は将来、宮代家の当主を継ぐ。だから僕に仕えてくれるかい?」 
 御鶴は手を差し出した。
……でも、私は何も出来なくて。出来損ないで、だから貴方にはーー」
「違うよ」
 御鶴は彩月の言葉を遮るように、はっきりと告げた。周りには両家の現当主もいるのに、彼には躊躇うことすらなくて。
「能力がある人間が自らより弱い人間に虐げられるなんて絶対に間違いだ。お前の力を僕の為に貸してくれるなら、僕はお前を守る。これでお互い様だよ?」
 この方についていけば、きっと救われる。
 全てをこの方に捧げれば、それが一番いい。
 だから、そう思った。
……はい」
 それは彩月にとっての救い。
 この地獄から抜け出すために差し出された、己を認めた存在の手。
「この彩月、生涯を貴方様に捧げます。御鶴様」
「うん。君が僕に仕えるなら、僕が君を守るよ、彩月」
 幼い二人の、誓いだった。 


 そして宮代御鶴は、世界を救う英雄となった。
 正真正銘の、歴代最強の陰陽師となった。
 宮代家は、彼一人の力で最上位の一族となった。
 彼はいつも笑っていた。
 あの頃と変わらない笑顔を浮かべていた。
 仕えるにあたり、呼び名は「彩月」から「雪村」に変わった。
 それでも御鶴からの対応はあの頃と変わらなかったように思う。
 自分を救った御鶴は、世界をも救った。
 彩月の人生は、御鶴に仕えてから驚くほど晴れやかになった。
 己の全てを捧げようと誓ったあの日から、宮代御鶴が彩月の人生の全てだった。彼が望むなら、自分は喜んで命を差し出せるだろう。
 御鶴が幸せなら、彩月はそれで良かった。
 例えそれが、許されない行いの上にある幸せでも。
 貴方が望むならそれで良かった。
 貴方が幸せなら私はそれで良かった。
 貴方の望みが私に叶えられるかは分からないけれど。
 私の望みは、幸せは、貴方が叶えてくれたから。
「雪村」
 だから、貴方が私を求めてくださるなら。 
 私は永遠に貴方にお仕え致しましょう。

「はい、御鶴様。雪村彩月、ここに」