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小話倉庫(深上)
2025-11-26 01:17:29
5215文字
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悠アキ/haruwise
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手が届くまであと少し(悠アキ/haruwise)
頂いたタイトルで書きました第五弾。
両片想いのすれ違い、からの。柳さんが絡みます。
『二番目』という単語に惹かれる、というと語弊があるだろうか。
イヤホンから流れてくるドラマの台詞を聞きながら、悠真はくるりとペンを手元で回した。
深夜の六課のオフィスに残っているのは、悠真と柳の二人だけだ。実際には蒼角もいるのだが、彼女は隅にあるソファでぐっすり夢の中。課長である雅は出張中で、しばらく戻らないと聞いている。そして二人に残されているのは、報告書と申請書と始末書の山。出動要請が入ると自然と書類が溜まり、戻ってその山を崩す、の繰り返し。一向に嵩の減らない書類を前に一度嘆いたら、柳に「貴方はやり直しが多いんですよ」と正論を突きつけられて悠真は返す言葉もなかった。
残業時に限って、ではあるが柳は仕事さえこなせば方法は問わないようで、悠真が不真面目に動画を見ていても何も口出しはしてこない。彼女もまた何かを聞いているようだが、前にちらりと彼女のスマホ画面を覗いたところ「超集中」や「波の音」という、およそ音楽とは思えない文字が並んでいた。自分なら秒で寝る自信がある。
耳元で囁くような台詞が消えて静かになると、イヤホンの向こうからカタカタとキーボードを打つ音と、紙をめくる音が聞こえてくる。イヤホンを外し、悠真は顔を上げて柳の様子を窺う。彼女はぐっと伸びをして、凝り固まった肩を解しているようだった。
眼鏡の奥の瞳がこちらを見た。腕を下ろして、柳が口を開く。
「終わりましたか?」
「まだでーす。ちょっと頭が回らなくなってきたんで、休憩しようかな、と」
「そうですか
……
では私も、付き合いましょう」
言うや否や、彼女は立ち上がった。同じタイミングで腰を上げた悠真よりも早くコーヒーマシンの前に立った彼女は、無駄のない動きで紙コップを抜き取り、マシンにセットし、注ぎ終えた一杯をちょうど辿り着いた悠真へ差し出した。何処までもそつがないと感心しながら、その紙コップをありがたく受け取る。
「あー
……
苦味が沁みる
……
」
「進捗はどれくらいですか?」
「ようやく終わりが見えかけてきたところですかねぇ」
「それは何よりです。では、私のところに残っている半分ほど、まだお願いできそうですね」
しれっとそう言うと、柳は完成した自分の分のコーヒーを口に含んだ。言うんじゃなかった、と目を逸らす悠真に、彼女の抑揚のない声が届く。
「まあ、元々全体の十分の一ほどしか貴方にはお渡ししていませんが
……
」
「誠心誠意、尽くさせていただきます!」
このままだと次々と仕事を積まれて徹夜コースである。家に帰ることは諦めたとはいえ、仮眠くらいは取りたい。何の疑問を持たずに機械と化して処理していれば、最悪の事態だけは免れるはずだ。
それは何より、とにっこりと笑みを浮かべた柳は、カップに視線を落とした。何やら考え事をしているように見える。もしくは、思考を停止してただ脳を休ませているだけかもしれない。
二人が黙ると、オフィスで存在感を増すのは空調や機械の稼働音の他、微かに聞こえてくる蒼角の寝息くらいだ。空気を壊してあえて会話をするつもりもなかったのだが、先ほどまで見ていた、というより聞いていたドラマのワンシーンをふと思い出し、悠真は小さく呟いていた。
「雑談をしませんか、副課長」
唐突な悠真からのお誘いに、柳は顔も上げずすぐに同意した。
「いいでしょう。議題は?」
「そうですね
……
『二番目でいい』って台詞、副課長ならどう思いますか?」
短い沈黙の後、柳はゆっくりと顔を上げ、僅かに見開いた目を悠真に向ける。
「先ほどまで貴方が見ていたドラマの話ですか?」
「鋭いですねぇ。そのドラマのヒロインが言うんですよ
……
『一番じゃなくてもいい、あなたの二番目でいいから、好きになって欲しい』って。月城さんは、共感しますか?」
す、と再び柳の視線は下を向く。凪のように静かなコーヒーの表面を見つめながら、彼女はぽつりと言葉を零した。
「
……
分からなくもない、ですかね」
「へぇ? 意外だなぁ」
「お互いを一番に思いやれる、というのは奇跡に等しいですから。たとえ望む形でなくても、想いが届くという部分だけでも叶うなら、悪いことではないのでは?」
「それ、経験談ですか?」
少し揶揄するように口調を揺らしたが、柳は反応しない。少々しくじったかと反省を滲ませる悠真に、静かな声が返ってくる。
「たとえそれが恋愛でなくても
……
相手が一番大事にしている誰かの代わりになるのは、悪いものでもない、とやはり思います」
柳の視線が、ソファの方へ向く。涎を零して幸せそうに眠っている蒼角を見て、彼女の目尻に柔らかい笑みが浮かぶ。
この二人がどういう経緯で一緒に暮らしているのか、悠真は詳しく聞いていない。それは当人同士の問題であって、他人である自分がどうこう言うものでもない。ただ、柳も蒼角も、お互いを大事にしていることは知っている。釣られるように口の端を上げた悠真に、今度は向こうから鋭い指摘が入った。
「貴方はどうなんですか? 議題を出したのは貴方なんですから、この話題に対して何か思うところがあるのでは?」
誰かの感想だけを聞くのはやはり無理だったようだ。肩を竦めて、悠真は仕方なく心情を吐露する。
「まぁ
……
そう、ですね。きっと月城さんとは別の理由で、その台詞に共感します」
「浅羽隊員は、好きな方がいるんですね」
「ずばっと抉ってきますね
……
いますよ。大好きで、側に居たいと思う人が」
でも、とすぐに悠真はその言葉に対して否定を重ねる。
「相手には一番、大事な存在が居ますから。そこに入り込むほど野暮じゃないですよ」
思い浮かべる。月光のような銀を纏う彼の隣に並ぶ、藍色の明るい少女のことを。彼にとって一番大事なのは唯一の肉親である妹で、自分ではない。それを悲しいとは思わない
——
むしろ、そうであって欲しいと願ってしまう。
「
……
だから二番目、ですか?」
「そうですねぇ
……
例えばどちらか一人しか救えない時に、相手に自分を選んでほしくはない、みたいな感情はあります。あと、何かあった時にその人が一番に考える相手にはなりたくない、というか」
——
誰かの一番なんて境遇、自分には重すぎる。そんな場所に陣取って、いざ自分に何かあった時に彼が一人で悲しむなんて、想像したくもない。
「二番目、というのがきっと、性に合ってるんですよ。いつも僕は、一番にはなれないから」
このH.A.N.D.に入ってからもそうだ。それなりに優秀という自覚はあるが、一番になったことなどない。そこを目指さなかったのだから当然と言えば当然だが、結果を見たとしてもやはり一番という場所に対する執着は芽生えない。むしろ安堵が増す。
それでいい。いや、その方がいい。
物事の道理として吐き出した悠真の言葉に、柳はやや複雑そうに顔を歪めた。
「一番になれずとも、貴方は
……
いえ、やはりやめておきましょう」
「え、なんですか? そこで止められるとめちゃくちゃ気になるんですけど!」
「雑談は終わりですよ。七分四十五秒が経過しました。そろそろ集中して取り掛からないと、朝までコースです」
「げっ、それだけは勘弁
……
」
時計を見てげんなりする悠真を尻目に、柳はさっさと自分のデスクに戻っていく。結局彼女の真意も分からぬまま、悠真も大人しく業務に向き合おうと踵を返したところで。
「一つだけ忠告するなら
——
貴方はもう少し、視野を広げた方が良いと思いますよ」
柳のデスクの方からそんな声が聞こえてすぐに顔を横に向けたが、彼女は既に着席し、残された書類と戦い始めたところだった。斥候に「視野を広げろ」という忠告が飛んでくるのも、なかなか皮肉な話だ。
しかしまずは目の前の仕事だ。気を取り直して悠真は自分のデスクに戻り、気合いを入れるようにふっと短く息を吐き出した。
*
避けられている、というほどでもないが、どことなく距離を感じる気はしていたのだ。
一緒にビデオを観ていても、他愛のない話をしていても、港でポテトをつまんでカモメと戦っている時も。彼といると楽しいし、もっと一緒に居たいと思うのに、その一歩をなかなか踏み込ませてくれない。
「
……
というわけで、貴方の想いはほとんど伝わっていないようですよ。店長さん」
金曜日の夜。昨日まで残業に次ぐ残業でオフィスに詰めていてようやくまともな時間に帰れるらしく、爽やかな顔でビデオを借りに来た柳からそんな情報を聞かされた。柳以外の客が誰もいないことを確認すると、アキラはカウンターの内側で静かに額を押さえる。
「二番目でいい
……
なるほど、そういう
……
」
「情報官の私にスパイまがいのことをさせるなんて、酷い店長さんです。お詫びに、少し割引していただけたら嬉しいのですが」
「情報料ってことかな。まぁ構わないよ、いつもご贔屓にしてもらっているしね」
「ふふ、常連の特権ですね。それで
……
貴方は、このままで良いのですか?」
良いわけがない。やはり両想いらしいと確信を得たのに、肝心の相手が変な理屈をつけて勝手に諦めようとしているのだ。
「二番目でいい。アキラさんは、どう思いますか?」
「
……
分からなくもない、かな」
「では、同類ですね。貴方も彼も、そして私も」
「そうだね。だけど
……
順番なんて関係なく、大事なことに変わりはないよ」
悠真の脳裏に浮かんでいる『一番目』は恐らく、リンだろう。それはアキラも否定しない。リンは、アキラが幼い頃から兄のように、時に保護者のように傍で見守ってきた大事な存在だ。
けれど、その理論は根底が違う。
「僕はそもそも、誰かを順位で分けたいとは思わない」
――
唯一、想いを伝えたいと思ったのが彼だった。
アキラにとって、世界はすべからく平等だ。善も悪も平等に降り注ぐし、知り合いも友人も同じように仲良くしたいと思う相手だ。彼らが困難なく、平和に、幸せに暮らせる世界であればなお良いと思う。そこに自分がいなくとも。
その中で唯一、自分から干渉したいという想いが芽生えた。
それが、浅羽悠真という存在だった。
予定が何もなければ、彼との時間を優先した。なるべく声を掛けるようにした。連絡だって他の誰よりもこまめに取っているし、それこそノックノックはリン以上の頻度で毎日やり取りをしている。同じ家にいるのだからリンとはわざわざスマホでやり取りをしないだけといえばそれまでだが、悠真と他の友人たちとのやり取りを比べると雲泥の差だ。
これほど気持ちを傾けている自覚があるのに全く通じていないというのは、涙を通り越して自嘲すら滲む。
「アキラさんはなんと言うか
……
八方美人、というわけではないのでしょうけど、他人から向けられるベクトルが多いですからね」
ため息混じりの柳の言葉に、アキラは神妙に頷く。
「知り合いが多いことは否定しないよ。プロキシとしての自分たちを買ってくれているようで、ありがたい限りだ」
「
……
貴方も視野を広げた方が良いと思いますが、まあいいでしょう。ノイズは少ない方が良いですからね」
借りたビデオを鞄の中に仕舞いこみ、そんなことを呟く柳にアキラはどういうことだろうと目を瞬かせる。そんな視線に応えようとせず、柳は鞄を肩にかけて店の入口の方に歩を進めた。
「健闘を祈ります。私も、同僚の幸せを願わないわけではないですから」
チリリン、と扉を開けた柳が、にっこりと微笑む。その表情に圧を感じてアキラはごくりと喉を鳴らした。
閉じられた扉を見つめながら、もしかして今のは激励ではなく叱咤だったのだろうか、とようやく気付いてアキラは軽く頭を掻く。柳は優しいようでいて、結構厳しい。自分にも、他人にも。
カウンターの下に隠していたスマホを取り出してノックノックを開くと、アキラは見慣れたアイコンをじっと見つめた。少しだけファンシーな、けれど彼だと分かるそのアイコンにふっと目尻を緩ませて、アキラはそのアイコンをクリックして、現れたメッセージ入力画面に文章を打ち込む。
『話したいことがあるんだけど、時間を取れないかい?』
搦め手では何も伝わらない。彼に想いを伝えるならば、直球をぶつけた方が良い。
ほどなくして了承を示すスタンプと、『あんたの都合の良い日でいいよ』というサボり前提の言葉が返ってきてまたくすりと笑う。
大事な人にとっての『二番目』でいい、などと言えてしまう彼は、まさか自分にスポットが当たるとは思ってもいないのだろう。
一番目でもなく
――
『唯一無二』という居場所があることを、彼に教えよう。
彼に手が届くまであと少し。
届け、と願いを込めて、アキラは『じゃあ、明日で』と短く打ち込み、送信ボタンを押した。
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