Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
kibaco
2025-11-26 01:06:53
6793文字
Public
冬直
Clear cache
渇鴉
冬gsmの冬直。ほんのり基直。衣笠山ピクニックとその後。(書き途中
栗が好きだ。
幼い頃、秋になると兄と師直らとで栗を採った。身軽な師泰が木に登り、枝を揺すって実を落とす。師泰が調子に乗ってあちこちの枝を揺さぶるので、下で実を待つ我らは声をあげて落ちてくる栗の毬から逃げ回った。
危ないからと師直が被せてくれた笠は、直義が被るには大きすぎて上から見ている師泰が笠が逃げてると言って笑った。落ちた毬栗を兄と師泰が叩いて割って、師直が器用に実を取り出し、直義が裏返した笠で受けて集めた。
直義も師直を手伝いたかったのに、危ないからイガにさわるなと絶対にやらせてくれなかった。いつも我ら兄弟を守ってくれる師直。兄を殺すということは、その男と戦い、殺すことでもあった。
栗だけではない。直義が好きなものには何にでも兄と、そして共に育った友の記憶がある。この場所から兄と師直と三人で見たあの日の景色。会話。二人の表情。温度。直義の頭は記憶を忘れてはくれない。全て全て、抱えている。
直義が直冬と基氏を連れ訪れた衣笠山の上。直冬が用意された膳をしげしげと眺めていると、直義が察したように己の好物なのだと言う。
直義の酒肴の素朴さに驚いたことを見透かされたようで、そういうところが嫌だ、と直冬は思った。実際、見透かされている。それを疎ましく思うのは、ありのままの己を疎んでいる事に他ならない。己をより大きく、美しく見せたいという欲がある。認められたい。そういう青臭い欲を、直義に見透かされるのがいやなのだ。自分が疎ましい。あれほど手酷く切り捨てられたというのに、父尊氏にいまだ未練があった。
始まりが疑惑からであったのもあり、直冬は直義が言うこと行なうこと全てに含意があると見ている。四年ほど、この男の養子となって直義の行動を見張り続け、その見立ては正しいと確信している。その時はわけがわからなくとも、後々になって直義の行いの意味を知るのだ。
たとえばこの男が己を養子に迎えたこと。己に白粉と老将を付け、鴉軍を与えたこと。その行いの意味。直冬は先日の将軍との対面でその答えを知った。深遠な策謀によって全てを思い通りに動かすはずの男の、白く俯いた顔。直義が直冬を見つめる目。直冬を突き刺す嘲笑と侮蔑の目線の中、直義の目だけが。
実父に傷付けられた直冬に寄り添っていた。
直義が直冬を引き取り、武将として育て上げた意味のひとつを、今日この衣笠山で知らされた。東に基氏を、西に己を。だが全てはまだわからない。しかしお白粉がこの男をかように信頼し深く慕っている理由を、直冬は認めざるを得なかった。あの日、鉄面皮の男が思わず見せた悔しげな顔は、己の謀略をやり損なったからだ。兄に直冬を傷付けさせまいというはかりごと。直義が入念に仕込んだ謀は兄将軍によって呆気なく打ち砕かれ、直冬は粉々になった。
みやこを見下ろせるこの衣笠山で、副将軍たる直義が己と基氏というなんとも心もとない若造を相手にこのささやかな酒宴を執り行う、その意味。場所も、季節も、膳の内容も、立ち会う我らも。すべて直義の千里眼が視る景色を、描いた絵図を、形成する為の断片である。
基氏と共に、直義の父として頼みを聞きながら直冬はそう思った。粉々になった直冬の心に、直義の願いが息を吹き込み傷を癒す力を与えようとしている。
直義がこちらに近づき。その手が肩に触れた時、直冬は父である将軍を思った。尊氏に、父にこんなふうにして欲しかった。鎌倉からはるばる上洛したのに父にまみえなかったあの日、抱きしめてもらえるはずだったと泣いたのを思い出し、父子の対面を遮った今目の前にいる男を憎んだこと、ようやく会えた尊氏に鉄扇で打ち据えられたことを思い出した。その肩に今、直義の白い手が置かれている。もう痛みはなかったが、あの日受けた傷に直義の手の温度が沁み入るようだった。何故お前なのだ。父ではなく、何故貴方なのだ。俺は父を信じている、と言った。
お前じゃない。
直義ではない、尊氏なのだ。そう思うのに、己の言葉が誰に向けたものか自分でもわからなくなった。直冬が父尊氏に傷付けられた日、養父直義も傷付いた。直冬が傷付けられたこと、兄が直冬を傷付けたこと。それらが直義に傷を負わせた。
重々しい話がひと段落し、三人は景色を楽しみながらゆったりと杯を重ねた。もっとも、幼い基氏の杯に酒は始めのひと啜りだけで今は白湯を与えられている。この肴では足らぬだろうと、若い直冬と基氏には粽が追加で出された。直冬は酒を飲みつつ、三つ目の粽を齧った。こんなものいくらでも入る。直冬を見て基氏も負けじと懸命に粽を頬張った。
直冬は酷薄であるはずの育ての父を見た。
直義は減っているのかどうかわからないほど少しずつ杯を舐めている。常に背筋を正し張り詰めている男が、どこかぼんやりしていた。伝えるべきことを果たして気が弛んだのか、連日の無理か、この場の暖かな陽気か、普段あまり嗜まないらしい酒のせいか。その全てかもしれない。春の陽と酒のおかげで直義の塑像の白面は普段より色があり、日頃の印象を和らげていた。
「栗がお好きなのはなぜですか」
もじもじと気後れしていた基氏が直義に言った。先ほど少しだけ飲んだ酒と、直義ときちんと言葉と目線を交わせたことで気が大きくなったのかもしれない。或いは三条邸の外に出て、春の陽を浴びる父に感じるものがあったのか。気が弱そうに見えて、この異母弟の芯は太いことを直冬は知っている。今も直冬が出来ないことを、まっすぐに切り込んでいった。
あまり喋らない基氏が己に話しかけてきたことに驚いたのか、直義は珍しくきょとんとした顔になって基氏を見た。冷たく、どこかこちらを見下げているような印象の男が、そんな顔をするのはずるいと直冬は思った。そう。この男はずるい。
基氏の問いに応える前に、直義がそれとなくこちらを見たのがわかった。
「子供の頃、師直たちと共に採った」
それ見ろ。目線ひとつ、栗ひとつとっても直義には含意があるのだ。子供時代の直義の側に、必ず居るはずの男の名を出さない。そういうところが嫌だ。直冬の顔色を窺っている。それでいて基氏の問いには嘘が付けないのだ。そういうところが嫌だ。先ほどの直冬の問いには衣笠山には師直と二人で来たと言ったのに、今度は二人でとは言わなかった。
「それを思い出すのだ」
そう微笑んで基氏を見つめる。謀略の男が語るにはあまりにも平凡でつまらない理由だ。
「その思い出が好きなのですね」
基氏が言葉たらずに言う。しかし言わんとすることは的を得ていた。一見の振る舞いは幼く奥手だがやはり見るべきものを見る力がある。基氏は己の膳から搗栗をひとつ摘まみ、直義へ差し出した。
直冬は基氏の思いがけない行動に驚いたが、直義は手を伸ばして受け取った。そして、基氏と目を合わせながらそれをそっと口に入れてみせた。
もらった搗栗を食べた。
たったそれだけのことなのに、直義の仕草を見た直冬は何故か落ち着かない気分に襲われ、かっと顔に血が上った。見てはいけないものを見たような心地になり目を逸らす。基氏が頬を染め父を見上げている様子が視界を掠めた。
直義と基氏が通じ合う場に居合わせ、にわかに居心地悪い気分になる。直冬はそのまま目を伏せて酒盃をあおった。
その夜。
衣笠山で、直義が肩に触れてきたことを直冬は何度も思い返した。父を信じている。その父がどちらを指すか曖昧なままにした直冬のことばを、自らへ引き寄せ「父の願い」として直義は直冬の背中を押した。己の思うがまま進めと。
何故、お前は私の武将に成れと言ってくれないのだろう。
そう言われたら自分は反発するとわかっているのに、直義に乞うて欲しかった心がある。求められたい。応じる気がないくせに勝手なことを思っている。おれを子に迎え、直冬という名を寄越した。尊氏から引き離し、自分の手元に囲い込んでいた直冬を、直義は今手放そうとしている。
衣笠山を下りる道すがら基氏に訊いた。直義に栗を贈った、あれはなんだったのかと。
「私も父上の好きなものになろうと思いました」
基氏はそんなふうに言った。これから先、直義は好きな搗栗を食すたび子供の頃の思い出と、そして今日の基氏を思い出すのだろう。行きは直冬に手を引かれていた基氏だが、帰りは時折直冬の袖に掴まりながらも兄の手を借りず一人で歩いた。
基氏は直義の好む実と共に直義の中に入った。あの薄いくちびるの中に、入った。おれは囲いを解かれて父上の手の中から放される。
そんな事を考えているうちに、直義が肩に触れてきたあの時、何故抱き締めてくれなかったのだろうと思い始めた。もっとわかりやすくこの身を温め、息を吹き込んでほしい。直冬に息を吹き込み、自らの力で泳き出せるよう後押ししたのは直義ではないか。
直義は常に己自身の手で触れることなく、替わりに白粉や老将や、鴉軍や耳目である手の者を介して直冬を支えた。懐かぬ幼獣である直冬を世話する為の、直義の心掛けだ。いずれ親元へ帰す。
直義が直冬に対して父親面して触れぬようにしているのは、直冬にとっての聖域、本当の父を待っている心の領域を踏み荒らさない為なのだ。直義は実に直冬のことをよく理解している。その距離感のお陰で、直冬は先日までぬくぬくと「本当の父」への夢想を温めていられた。
その独りよがりな夢想が孵らぬ卵だとわかった途端、直義に心が傾くのは情けないことだったが、渇いてひび割れた心は直義が与えてくれる水をもっともっとと求めている。これまで直冬は直義とふれ合ったことがほぼ無い。何かの折に、直義の身に触るような機会がある時は必ず直冬よりも先に直貞が駆け寄った。直義から直冬にふれることも無い。直義はいつでも適切な距離を取っている。本当の父ではないから。
それが今日、お互いの暗黙の了解であった線を踏み越え、直義は直冬の肩に触れた。それが直冬の渇きを自覚させてしまった。足りない。足りなかった。
水がほしい。
おそろしく久しぶりに、直義はまっとうに寝床に横になる支度をしていた。衣笠山で、親子だけのささやかな酒宴を執り行うため詰めに詰めて働いたので今夜は休むことにした。仕事はいくらでもあるが、直義が下した業務を担う官吏らは休ませる必要がある。
それに流石に眠い。半月以上寝る間を削り続け、今日は衣笠山とはいえ山に登り酒も嗜んだ。帰りの輿で少し眠ったので幾分楽ではあるが、ふわふわとした眠気が直義の頭に掛かっている。
「
…
父上」
不意の訪いに、靄がかっていた意識が覚める。
「父上、よろしいですか」
直冬が直義の寝所を訪ねるのは初めてだった。異変を感じて直義の目は冴えた。単衣になっていた身に上衣を纏い、姿勢を正す。
「入れ」
短く声をかけると、音もなく直冬が部屋へ入ってくる。暗がりから灯のある場に入ってきたからだろう、こちらを見た直冬は目を瞬かせた。昼間来ていた青い衣から着替えたのか、黒の直垂を纏った直冬は闇夜と境がなく夜の一部が入ってきたかのようだ。直冬の瞳ばかりが灯明の揺らぎを受けて光っている。
何か言いたいことがあるのだろうか。
直義は直冬に相対し、じっと相手を観察する。直冬も直義を窺っているが、直冬の目線は直義の顔や身体の上を彷徨っている。表情を窺うのはわかるが、身体のあちこちまで視線でなぞっている。心に躊躇いがあって言い出せないのか。
直義は直冬の目の動きが落ち着くまで待つことにした。その内に、直冬の目が己の首さしから胸元に行き来していることに気付く。見ると単衣の併せが多少乱れていた。衣を整えきらずに訪いに応じてしまったようだ。普段であれば決してそのようなことはないが、今日はやはり少しぼうっとしていたかもしれない。
見苦しく乱れた衿元を併せると、直冬がぴくりといずまいを正した。両拳を床につきこちらに身を乗り出す。
「父上、よろしいですか」
先ほどと同じ言葉を、直冬がまた言う。言うべきことが纏まったようだ。爛々と燈の灯を映し宿していた目に剣呑がある。直義も両手を胡座の膝に置き、直冬に正対する。
「よいぞ」
間髪入れず直冬が野犬のように飛びかかってきた。
身体ごと体当たりされ、ひゅ、と息がとまる。物理的な衝撃もあったが驚愕が大きかった。全く予想してなかった。なんの身構えもなかった直義は無抵抗に突き倒され、咄嗟に直冬の首に掴まった。勢いのまま床に倒れ込む。直冬の腕がきつく直義の身を締めあげ、肋が軋む。くるしい。肺腑の中の息を搾られ、直義は思わず鼻がかった細い呻きを漏らした。身に巻き付いた腕がさらに締まる。直義はそこから抜け出そうと身悶えした。耳元に湿った荒い息遣いが当たり、その度にびくびくと身が震える。耳はいやだった。思考が切れ切れに飛ぶ。
とにかく何が起こったのかわからない。直冬は刃を帯びていなかった。己を斬りに来たとは思えない。ならば敵襲の気配でもあったのか。己が襲われてるのか庇われてるのか、それとも別の何事か、判断がつかない。直冬はぴったりと身を合わせたまま直義を押し潰している。身を離そうと直冬の肩を押すが全く動かない。
「直冬」
声を掛けるとぴくりと反応があった。しかし両肩を掴んで引き剥がそうとすると腕の締め付けが強くなる。
「
……
ただふゆ、」
我が子は一体どうしてしまったのか。直義は顔を背けるのをやめ、直冬の耳に吹き込むように名を呼んだ。呼掛けには反応する。ハッハッと猛る獣のような息遣いが少し落ち着いた気がした。しかし気が昂ぶっている。
「顔を見せなさい」
体を強ばらせ動かない直冬を宥めるように首の裏を撫ぜる。先ほど掴まった時も思ったが、まだ子どもだと思っていた養い子の首周りは思いのほか力強く、逞しくなっていた。
「ただふゆ、お前の顔が見たい」
ようやく顔を上げた直冬の頬を両手で包むと、直冬は目線が合うところまで身を起こした。不安げな、余裕のない表情だった。
ほんとうに兄者によく似ている
間近で直冬の顔を見て、直義はあらためてそう思った。灯明に照らされた貌の陰影が美しい。我が子ながら見惚れるほど良い顔をしている。しかし火の燈を跳ね返す目の色はやはり剣呑があり、直義は養い子の目の奥に何があるのかを知ろうと、その揺らめく金色の光をじっと見つめた。見つめているうちに、両手で包んだ直冬の顔が重みで沈むようにこちらに降りてきて、気がつくと息が触れるほど、鼻が触れるほど近くなり、直義が顔を逸らす前に口が触れてしまった。あっ、と思って顔を背けると直冬の唇が追ってくる。故意であることに驚いた。息を荒げて直冬が口を合わせてくる。気の急くままに齧り付いてくる稚拙な口付けだった。
かちと歯が当たるが直冬は構わず唇を押し付け、仔犬が甘えるように鼻を鳴らしながらもどかしげに身を擦り寄せる。口の中の水分を欲しがるように直義の口の周りを舐め、ちゅうちゅうと唇に吸った。やり方を知らないのだ。
直冬の舌にそっと舌を合わせると目に見えて直冬の身体が跳ねた。やわらかく舌を絡めて己の口の中に導き、啄むように軽く舌先を吸う。背に回った手に力が込もり、肌に直冬の指が食い込んできてくる。舌を差し入れ上顎をなぞると直冬の喉がんぅ、と鳴った。悦いらしい。仕返しとばかりに舌裏に直冬の舌が捩じ込まれる。よわいところにぬちゃぬちゃと無遠慮に舌が入ってくる感触に身が震えた。肉厚の熱い舌と遠慮のない舌遣いは我が子の造物主を思い出させる。あっという間に舌を使うことを覚えて直冬は直義の口内を舐め回し、習いたての技で直義の舌を吸う。上手くなってきていやだった。また思考が感覚に持っていかれる。悦いのはいやだ。頭がはたらかなくなる。直冬を退かそうと肩を押すが、どこにそんな力があるのか動かない。
しょうがなく身を捩って絡めた舌を引き離し、若者の身体の下から這い出そうとすると直冬が不満げに睨んできた。
「よい、と申されたではないですか」
たしかに言った。内容を確かめず、おそらくこうだろうと思い込んだ憶測で了承した。そう言われると己の落ち度のような気もしてくる。しかしこうも責めがましい胡乱な目付きで見られるのは流石に心外だった。
「父上が、よいと申されたのです」
「そうだな。私がよいと言った」
重ねて詰められ、言質をみとめると直冬の手が衣に下に潜り込んでくる。手汗に湿った男の掌の感触を、悦として感じて直義は焦った。これは息子の手。我が子、直冬の手だ。
「お前は、私とこんなことをしたいのか」
若者には想いを交わした乙女がいる。はずだ。
「わかっているのに訊くのですか。千手先を見通す貴方が」
-
広告非表示プランのご案内