その時、スネイルの怒りとストレスは頂点に達していた。それは首席隊長の気まぐれな一言=「じゃあ俺たちで犯人を探すか」によって引き起こされた爆発する感情であった。
スネイルは思った。勝手にしろ。それで、そのまま首席隊長を放ったらかしにする事も可能だったが、現実的に考えてそれは無理な話だった。何故なら殺人犯は未だ捕縛されておらず、動機も不明で、そんな環境にどこかフラフラした所のある首席隊長を1人投げ込むなどと。結果を想像するのも嫌になる。
スネイルの内側で激しく荒れる感情は次に、この状況をもたらした相手=殺人犯に向かった。何故、わざわざヴェスパー上位隊長2名が基地を訪れたタイミングで事を起こしたのか。お陰で我々は足止めを食らい、次の目的地(そちらでの用事が本命であり、今留まっている基地は中継地に過ぎなかった)に向かえなくなってしまった。もし、それが目的だったならば唯ではおかない。
それに、何なのだ「密室殺人」などと!スネイルは次に基地に勤める職員を思った。万感の怒りを込めて。馬鹿馬鹿しい。確かに、殺された人間はその当人の許可が無ければ入れない研究室の中で死んでいたらしい。鍵は施錠され、窓もはめ殺しだった。だからなんだと言うのだ!?
スネイルは最後に、殺された人間に憤った。この基地の最高責任者でありながら、この始末。かつてはコーラル研究で名を馳せた研究者なのだそうだが、スネイルからしてみれば企業の金を使い込むばかりの愚か者だった。その上、被害者は極度の人嫌いであり、基地の中庭に自身のためだけの独立した研究室を(やはり企業の金を無駄に使って)建てさせたのだという。そうまでしたのに殺されてしまったのだ。矢張り、怒りが湧く。
死因も巫山戯たものだった。
落下死。
その研究者は密室の中で落下死していた。
ーーー
「そうだな、現状をまとめてみるか」
フロイトはペンをくるくる弄びながら言った。
対して、スネイルはため息を吐く。フロイトが行った“捜査”は所詮しろうとの真似事であり、有益な結論など万が一にも導き出せないと考えていたからだ。
「まずは、被害者だな。名前は…何だったか。まぁ良いだろう。こいつはここの責任者で、コーラルの研究もしていた。そうだったな?」
「…まさか、私に確認しているのですか?聞き込みをすると意気込んでいたのは貴方でしょう」
「…うん?あぁ、他人に話すと考えが纏まるタイプなんだ。気にするな」
「…」
「で、だ。こいつは人嫌いで、他人を信用していなかった。特に、研究成果を盗まれるのを恐れてたらしい。助手なんかにも結構ひどい態度だったらしいな。…人からも嫌われていた、と。
「次に、状況か。昨日の晩は吹雪で荒れてたな。風の音も凄かった。コーラルは気象にも影響するのか?…おい。スネイル、聞いてるか?…そうか、その研究がこの基地の目的だったのか。…始めに言われてた?そうだったな。
「殺されていたのは被害者が住んでる小屋…研究室の中か。一階建で地下室なんかは無い。鍵は被害者にしか開け閉めできず、窓も開かない。キーは死体の側に落ちていたそうだ。いわゆる密室だな。本で読んだことがある。
「それから…落下死か。これが一番引っかかるな。一階建の建物では転んだくらいじゃ落下死できない。研究室を実際に見てみる必要がありそうだ。
「犯人についての手掛かりは…これは、難しいな。動機はどの人間にもありそうだ。俺とお前の部下を除くぐらいか」
フロイトは再びペンをくるりと回した。
「スネイル、ここまで聞いてどう思った?」
「簡単なことでしょう」
呆れたように言うスネイルに、フロイトは視線で続きを促した。
「どこか別な場所で、被害者を高所から突き落とすなりして殺害する。その後で、死体を研究室の中に投げ込めば済む話です」
「そうか?それだとキーが室内に落ちていたのはどう説明する?犯人は透明人間か?」
スネイルはぐぅ、と言ったっきり黙った。こんな風についうっかり返事をしてしまうと、首席隊長の正論(しかも、とぼけた口調なのだ)で論を破壊されてしまう。今まで何度も経験してきた事なのに、首席隊長相手だと調子が乱されて同じミスを繰り返し起こす。スネイルは、なかなか学ぼうとしない自分自身にも腹が立った。
それで、スネイルは、突然立ち上がったフロイトを咄嗟に制止することができなかった。
「殺人現場を見に行ってくる」
そのままフロイトはすたすた部屋を出て行ってしまった。
ーーー
追いついたスネイルが見たのは、殺人現場である研究室の前に立つフロイトと、知らない女だった。2人は何か話しているようである。
「フロイト!」
スネイルの呼びかけに対し、悪びれもせずフロイトは「なんだ、付いて来たのか」と言い、「今、聞き込み中なんだ。文句は後にしてくれ」と突っぱねた。
女は次々現れる男たちに戸惑っていたようだが、フロイトの質問……「誰?」から「MTには乗れるか?」まで……に答えさせられていた。おそらくフロイトのジャケットに貼り付けられた階級を見たのだろう。
女の回答はこのような感じだった。「被害者…博士の助手をしていました」「確かに博士は私たちにつらく当たることもありました。研究室にも入れてもらえなかったり…でも、無名の研究者でしか無かった私を拾ってくださったのも、博士なんです」「今は信じられない気持ち…え?そんなことは聞いてない、ですか?…はい、すみません」「昨日の夜は、自室に1人で。えぇ、アリバイを証明することはできません」「…MT、ですか?いえ、乗れません。乗ったことも無い。除雪作業は、うちの担当スタッフが毎朝やってくれてるんです。何かお聞きになりたければ、えぇ、そちらに」
フロイトは女の話を一通り聞くと、
「うん、分かった。引き止めて悪かったな」
そう言って、あっさり女を解放した。女は不審そうな表情で基地に戻って行った。スネイルは無視された上に、自分までもが不審者扱いをされたように感じ、我慢していた憤りを吐き出そうとして、
「よし、だいたい分かった」
というフロイトの言葉に阻まれた。
そして、尋ねてもいないのに語り出した今回の“殺人事件”のあらましを聞かされることになった。
ーーー
「やはり、現場を見る、というのは重要みたいだ。色々分かったからな」
フロイトはどこかうきうきした調子で語る。
「まず、この研究室…いや、もう小屋と言った方がいいな。この小屋は地面に置かれてるだけなんだ。いいか?地面に固定されてないってことだ。
「で、中も覗いてみたんだが、ぐちゃぐちゃに荒れていた。結構血も飛び散っていたぞ。…スネイル、お前の推理は外れたな。被害者はやはりこの中で殺されたんだ」
「そうですか。では、殺害方法は?キーは室内にあった、のでしょう?」
スネイルの声が刺々しいのも、むべなるかな。しかし、フロイトは気にせず続ける。
「俺の見立てはこうだ。犯人は小屋の外から被害者を殺した。使ったのは雪かきMTだろう。MTに乗った犯人は小屋をゴロゴロ転がしたんだ。もちろん、中にいた被害者は壁や床に何度も体をぶつけることになっただろうな。これで、落下死の謎も解ける」
「…」
「昨日は凄い吹雪だったから、MTが駆動する音なんかは掻き消されていたんだろう。それから、もろもろ痕跡も雪が覆い隠した。だから、誰もMTが使われていたことに気が付かなかったんだ」
「…それで、肝心の犯人は?」
「うん、そうだな…まぁ、さっきの女だろ。たぶん」
突然、フロイトの歯切れが悪くなった。
「まさか、ここまで来て…」
「そうだな、確かに勘だ。でも、MT乗れないなんて嘘をわざわざ吐く必要もないだろ?後は…犯人は現場に戻って来るとか聞くしな」
どうやら、フロイトは先程の会話の中に嘘の気配を感じ取っていたようである。女は本当なら吐く必要のない嘘を吐いた。それは殺害方法を隠すためではないか?だから、さっきの女が犯人である、とフロイトは言っているのである。
スネイルは呆れた。
「そんな確証が無い主張を受け入れる馬鹿がどこにいると言うのです。冤罪の可能性がある以上、彼女を捕縛する訳には…」
今度はフロイトが呆れる番だった。
「お前がそれを言うのか?」
スネイルは首席隊長が暗に示している事柄(詳しい内容はとてもじゃないがここでは書けない!)を思い出し、また黙り込む羽目になった。
フロイトはそんなスネイルの様子を見て、ニヤニヤしている。
「いいのか?天候が回復した今、犯人は逃げ出すぞ。俺が犯人なら、そうする」
「…」
結局、スネイルは警備班に指示を与えることを選んだ。
犯人の女は基地から逃げ出す寸前で捕まり、どこかへ……工場とか、センターとか呼ばれている施設へ移されることになった。
ーーー
「…と、いうことがあった」
そう言うと、フロイトは熱いフィーカに口をつけた。休憩スペースに押し入ったフロイトは、先客だったホーキンスとオキーフを相手に何となく思い出話をしていたのだった。
「へぇ。じゃあ、推理はあたっていたんだねぇ」
感心した様子で答えるのはホーキンスである。
「探偵の才能もあるなんてね。すごいじゃないか」
「いや、結構面倒だったからな。次同じようなことがあったらオキーフに任せる。そういうの、得意だろ?」
オキーフは顔を顰めた。
「やめろ、本当に」
本当にやめて欲しかったが、恐らく首席隊長には通じていない。どうか、おかしな事件など2度と起きてくれるな、と心の中でオキーフは願った。
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