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メメント森井もりさわ
2024-02-09 07:19:17
6238文字
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ルビコニアンふつうワームワールドⅢ 炎の王国
たぶん解放者√が一番近い世界線です。
ルビコンが観光地になろうとする話。
621とウォルター、エア、ラスティが出てきます。
許してください。ミールワームも出てきます。
ルビコン一斉蜂起から半年。惑星ルビコンⅢに生きる者達はとうとう自由を勝ち取った。
ルビコニアン達は、多くの悲しみを経験しながらも、虐げられてきた過去を必死に乗り越えようとしていた。彼らは今、惑星の復興という大きな課題に取り組んでいるのだ。苦労は絶えないが、誰もが生きる喜びを噛み締め、これから開かれる可能性に打ち震えていた。
そして、かつてルビコンの解放者と呼ばれた強化人間C4-621も、今はルビコニアンと交じって普通のヒトとして生き始めていた。621がこうして平穏に暮らせているのは、姿無きルビコニアンのエアと、先の戦いで運良く生き残った元ヴェスパーⅣ・ラスティのおかげである。
ついでに言うと、実際の621を見て、この人物こそが話に伝わる英雄だと気付く者がいないせいでもあった。
こうして、621は居住区の片隅にある食堂で呑気に麺を啜っていられる訳である。
「美味しいかい、戦友?」
隣に座るラスティが、椀に顔を突っ込んだままの621に笑いかけた。以前は戦いのためだけに生きていたような621が、今は美味そうにうどんを啜っている。それがラスティにはむしょうに嬉しいのだ。
621は顔を上げ、きちんと麺を飲み込んでから答えた(この習慣はハンドラー・ウォルターから教えられた。ウォルターは621によって火の海から助け出され一命を取り留めた)。
「あぁ。とても、うまい」
「そうか。またいつでもご馳走しよう。この
……
」
そこでラスティは言い淀んだ。彼はこの馬鹿馬鹿しい商品名を未だに口に出せないのだった。
ルビコン名物ワームうどん。
葛藤するラスティの隣で621は満足そうに腹をさすった。どこまでも呑気であった。
惑星ルビコンⅢには温泉が湧く。これに気付いたのは一体誰だったか。このニュースはルビコン中に瞬く間に広がった。
全星観光地化計画。
いつしかそんな夢を抱く者達が現れた。彼らは、この計画に全てを賭けようと意気込んだ。星外から観光客を呼び込み惑星復興の資金とする、と。
観光地化にあたって、道路を敷き直し鉄道網を広げた。公共事業が増え、労働者の懐が潤った。こぞって旅館やホテルが立ち並び、どこも人手を必要とした。人が集まり新しく街ができた。
源泉の無い所はコーラルを使って湯を沸かした。これも喜ばれた。これまで危険視ばかりされていたコーラルが“クリーンな”ものだと星外にアピールできるからだ。
もちろん、観光地には名物が欠かせない。ルビコニアン達が目を付けたのが、ミールワームである。あっという間に商品化が実現した。
ワームまんじゅう、ワーム煎餅、ワームうどん、ワーム踊り食い、ワーム回転寿司、ワーム化粧液。
彼らは止まらなかった。
ワーム祭り、ワーム商店街、ワーム戦隊ヒーローショー、ルビコン一周観光列車ワーム号などなど
……
枚挙にいとまが無い。マスコットキャラクターのワーム坊やぬいぐるみは人気商品で、購入に予約が必須になる程だ。噂では非公式キャラのワーム娘娘までいると言う。
温泉を目当てに訪れた観光客は、心尽くしのワーム料理に舌鼓を打ち、ルビコンの景観に心癒されている
……
今、惑星ルビコンⅢは空前のミールワーム×温泉ブームに湧いていた。
そしてここに、新たな戦いが起きようとしていた。ルビコン中の温泉街が観光客を取り合い始めたのだ。他所との差別化を図らなければ生き残れない。それぞれ工夫を凝らし、より多くの観光客を呼び込むため必死になった。
とうとう621の生活する区画にも、新たな施設が誕生した。大小、姿形も様々なミールワームを展示し、その生態に親しんでもらう事を目的とした施設。名付けて「ミールワームワールド」である。
「ミールワームワールド(略してミルワ)」は、初めは真面目な展示施設だったようだ。ワーム達のために施設内は暗くじめっとしていて、観光客には不人気だった。それに危機感を抱いた一部の人間が、遺伝子操作でワームを屋外に展示できるよう改良した。それを皮切りに、研究者達は競うように新しい品種を作っていった。繰り返す遺伝子操作のおかげで、今では様々な種類の展示用ミールワームが飼育さてれている。
「我らが師叔もこれには頭を抱えていてね」
うどんを完食した621は、デザートのルビコン名物ワームコロネを食べながらラスティの話を聞いていた。
「これはあくまでブームに過ぎない。ルビコニアンは現実を見ていない、とね」
本当に復興の事を考えるのならば、10年20年先の将来も見据えて事業を進めていく必要があるだろう。ただ、今のルビコニアン達はあまりにも浮かれていた。このお祭り騒ぎがいつまで続くか真剣に考えているのは、ほんの一握りの人間だけだった。あまつさえ「ミールワームワールド」などと
……
「とは言え、このお祭り騒ぎがルビコンの経済を立て直し始めているのも事実だ」
ラスティはコーヒーを一口飲むと、2枚のチケットを取り出した。ミルワの招待券だった。
「実は、とある知り合いに例のレジャー施設の招待券を押し付けられていてね
……
」
この後少しの悲劇が起きた。
621は今までの話の流れからしてラスティもミルワ建設に難色を示しているのだと思っていた。そして、ラスティは“無理矢理”渡された招待券の処理に困っているのだと、解釈した(おそらくフラットウェルも貰ってくれなかったのだろう、と)。
ラスティの方も、621がヒトとしてかなり初歩の部分しか学べていない事を失念していた。621が“デートのお誘い”のような高度なやり取りに適切な解釈を加え、適切な返しをするのは、夢のまた夢だった。
だから、621はおおむね次のように言った。
「ちょうど良かった。うちには俺とウォルターがいるから、この2枚のチケットを消費する事ができるだろう。ぜひ、2枚とも貰おう」
こう言われてしまったラスティは、フラットウェルの目を盗んで手に入れたチケットをむざむざ手放す羽目になった。
ラスティは作った笑みを浮かべ、コーヒーを飲もうとカップに口をつけた。コーヒーはすっかり冷えていた。
「ウォルター、ただいま。C4-621・レイヴン、帰還しました」
帰宅を告げる621の声色は明るかった。ラスティから良い物を貰った、と満足していたためだ。
実は、ルビコン解放後の621がぼんやり過ごしていたのには少しだけ訳がある。エアとウォルターとの板挟みに悩み、戸惑っていたのだ。最近はそこへルビコニアン達の生活が加わり、正直621は問題を持て余していた。
それでもエアとルビコニアンとの間にはある程度の妥協点が示されていた。エアが先達であるセリアに倣い、枯れ果てない程度であればコーラル使用を許してくれる、と言うのだ。いつか本当にヒトとコーラルが共生関係を築けるまで、ヒトもコーラルも絶滅は避けるべきである。エアはそのように考える事にしたらしい。
一方、頑なだったのがハンドラー・ウォルターである。ウォルターはコーラル根絶を諦めていないようだった。背負った使命と友人達の遺志を捨てる事はできないのだと言う。ただ、今の621はルビコニアンに寄り添い過ぎており、協力は望めないとウォルターは決めつけていた。そして何よりウォルター自身が非情になりきれない甘さも持っていた。
ウォルターの葛藤が621に伝わり、621はどうして良いか分からず苦しんだ。ウォルターの願いは叶えてあげたいが、それは叶えてはいけないものだと今の621は考えている。とにかくウォルターに元気になって欲しい、621はそう思っていた。
そこへラスティがミルワの招待券を持って来てくれた。楽しい所へ行けば、楽しい気持ちになってくれるかもしれない、621の思考はシンプルだった。
「ウォルター。これを、見てほしい」
621はチケットを手に入れた顛末をウォルターに話すと、思い切って提案した(こういう所はラスティよりも621の方が得意だった)。
「俺と一緒に、ミルワに行こう」
「
……
621、」
予想通り、ウォルターは断ろうとしてきた。621はすかさず続けた。結論の後には理由を。それもウォルターから学んだ事だった。
「俺は貴方に、元気になってほしい、だけなんだ。ウォルター」
621は珍しくウォルター相手に引き下がらなかった。621の思考はシンプルが故に、一度意固地になってしまうと突き崩すのはウォルターでも難しい。とうとうウォルターは根負けした。こうなってしまっては、621の気の済むようにしてやろう。ウォルターはため息をついた。
621はため息を溢した。足元には、ラスティやフラットウェルにのために買ってきたお土産が転がっている。帰宅した621は浮かない顔をしていた。
『レイヴン、元気を出してください』
エアが621を励ます。ウォルターとの小旅行は、621に期待していた程の結果をもたらさなかったのだ。一体何が悪かったのだろう
……
? 621は落ち込んでいた。
ウォルターからお出掛けの了承を得て、621は喜び勇んだ。そして、ミールワームワールドだけでは味気ないだろうと、エアに手伝ってもらいながら、一泊二日のプランを立ててみたのだ。ウォルターと621は露天風呂に浸かり、ワーム料理を食べた。同伴者のエアが言うには、ここまでは上手くいっていたらしい。しかし、2日目。旅行プランの目玉であるミルワに到着してから、ウォルターの表情はずっと険しかった。愛らしいフォルムのワーム達がころころ転がるところを見ても、眉間のシワが取れる事はなかった。
『レイヴン。ウォルターは何か考え事をしていたのかもしれません』
「
……
何を、考えていたのだろう」
きっと、コーラルやルビコンや、もっと難しい事を色々考えていたのだ。もしそうなら621の目的は果たせなかった事になる。ウォルターを楽しい気持ちにできなかった
……
どこまでも落ち込んでいく621に、エアは提案した。
『もう一度、ミールワームワールドへ行くのはどうでしょう?ウォルターの考え事のヒントが見つかるかもしれません』
なるほど、と621は頷いた。少し気持ちが前向きになる。
「あぁ、そうしてみよう。エア、一緒にヒントを、探してほしい」
『もちろんです、レイヴン』
こうして、621(とエア)は再びミールワームワールドへ足を運ぶ事になった。久しぶりに621とふたりきりになれて、エアはちょっと嬉しかったが、それは彼女だけの秘密だった。
ルビコンで暮らす者達の思惑が交差する中、この惑星には静かに危機が迫っていた
……
『レイヴン、周囲に警戒を。何かがおかしいです』
ミルワ内を練り歩き、悶々と悩んでいた621だったが、遊歩道コースに出た途端に異変を感じた。ここは通常、公園を模した広場を観覧者が徒歩で移動し、柵で仕切られた向こう側にいるワーム達を見て楽しむエリアである。しかし、今日の遊歩道コースはひっそりしていた。ワーム達が見当たらないのである。本当なら、地面を転がったり這い回ったりしているはずなのに。近くに他の客もいないため、状況を確認する事もできない。
ふと、エリア内に植えられた木立を見て、621は息を呑んだ。
「エア。あれは一体、何だ?沢山あるが
……
」
621が示しているのは、白く歪な球体だった。同じような物がいくつも木々に張り付いて、広場を不気味な景観にしていた。歪な球体はかなり大きく、例えば、中型のワームくらいならスッポリ収まるくらいの
……
ごくり、と621は唾を飲み込んだ。何だか歪な球体に見覚えがある気がしてきたのだ。
さなぎ
ルビコニアンの子ども達が教えてくれたのだったか。虫が幼体から成体に変わる間の段階。しかし、ミールワームは幼体のままで一生を終えるはずだ。あり得ない。蛹になるなんて。
『! 今すぐ屋内に戻ってください、レイヴン!』
エアの声で621は我に帰った。ぴしぴし。乾いた音を立てて蛹が羽化しようとし始めていた。あちらでも、こちらでも。エリア内の全てでその変化が起きていた。蛹の割れ目から何か出て来ようとしている。
それを見届ける前に、621はくるりと反転し、できる限りのスピードで一番近い建物に駆け込んだ。ミルワの職員に事態を伝えねばならない。ところが。ところが、そこにミルワの職員は常駐していなかった。そしてやはり他の客もいない。どう言う事だろうか?
621が扉の隙間から先程の木立を見ると、蛹の中身達(もはや巨大な蝶と言っても良い)は完全に身体を外に出し、蛹に逆さに吊り下がって羽を硬化させている所だった。それが何十匹といる。
『救難信号を出しました。どれ程の意味があるかは分かりませんが
……
』
「ありがとう、エア。ところで、あれは、飛ぶのだろうか?」
あれ程大きな羽を持っていて飛ばないというのは考え難い。そして、虫が飛ぶ理由の中に「番を見つけて繁殖をする」事が挙げられる以上、彼らも繁殖するのでしょう
……
エアの説明は概ねそのようなものだった。
屋外ゾーンには屋根が無い。1匹でも逃すと厄介な事になりそうだ。最悪、ルビコン中が羽を生やしたワーム達に覆い尽くされる。惑星レベルの危機かもしれない。
621は困ってしまった。以前ならACから降りる事の方が稀で、こんな事態にもナパームやブレードで対処できていただろうが、今は生身の丸腰だ。とは言え、ただ見ているだけなのは嫌だった。ウォルターやラスティ達に害が及ぶ前に何とかしたい。621が外に飛び出そうとしたその時、
「離れていろ、621」
ウォルターの声だった。621が咄嗟に扉から離れると、外で何かが吹き荒れる物凄い音が響いた。それと同時にぴりぴりする感覚が621の身体を刺激した。コーラルだ。
音が聞こえなくなった頃、621は屋外に出た。周囲は焼き尽くされ、621が入っていた建物だけがぽつんと残っている。そして、目の前にはHALが立っていた。
「ウォルター、これは」
「やはり聞いていなかったか
……
」
どうやら遺伝子操作は思わぬ結果ももたらしたらしい。先日の旅行でミルワを訪れたウォルターは、突然変異の危険性をミルワ研究職員に伝えていた。幼体成熟の調整が崩れているかもしれない、と。
621(とエア)の他に人間がいなかったのはウォルターがHALに乗って駆けつける前に、避難指示が出されていたためだった。しかし、621は悩みで頭が一杯になっていたし、エアも621とのお出掛けに気がそぞろで指示が聞こえていなかった。それで取り残されていたという訳だ。そういう事も、あるのだ。
こうして惑星レベルの危機は防がれ、ミールワームワールドは滅びた。
「破綻した計画の
……
いや。これは忘れろ、621」
そして、この事件は意外にもウォルターの心情に少なからぬ変化を与えた。ルビコニアンと関わりを持った事が影響したらしい。次第にウォルターはコーラルを扱う技術をルビコニアン達に提供するようになっていった。
ルビコニアンも、そうで無い者も。共に手を取り合う日のために少しずつ進んでいく、その最初の日になった。
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