メメント森井もりさわ
2024-02-02 13:13:32
3252文字
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ルビコニアンふつうワームの羽ばたきは惑星系にトルネードを引き起こすか?

たぶん解放者√が一番近いです。夢みたいな話。
「独立傭兵レイヴンはルビコニアンふつうワームの夢を見るか?」の時くらいミールワームが出てきます。
ミールワームは幼虫のまま大きくなるよう処置されてるんじゃないかな、という想像です。
許してください。

 これはわたしだけの/我々共通の思考です。わたし/我々はずっとここにいました。わたし/我々が生まれたのがいつなのか、わたしには/誰にもわかりません。気づいた時にはわたしがいました/我々はひとつでした。その時わたしはわたし自身を失いました/思考がつながれ我々になりました。わたし、と、我々、は同じになりました。わたしの考えが我々すべてに広がります/我々の意識がわたしの思考をもたらします。捉えきれないほど広く深い我々の中で、わたしはわたしでありた/いま何かに触れた。我々とは違う、何かに。カタチも息も違う。これは、何だ。



 強化人間C4-621は、レイヴン、レイヴンと呼ぶ子ども達に手を引かれていた。
 621は、ルビコン解放戦線に勝利をもたらした英雄であった。戦況が落ち着いた今、621は彼らの元に身を寄せている。多くの人と生活を共にする中で、621はACによる戦闘を介さない、言葉によるコミュニケーションが重要だと理解するようになった。加えて、ヒトとして生きるには覚えるべき事が山ほどあるのも分かってきた。フォークの持ち方や簡単な挨拶、文字の読み書きなどなど…… ACの操縦以外のほとんどをここで学び直す必要があった。621にとって学びの季節がやって来たのだ。

 ルビコンの解放者はヒトとしての初っ端で苦戦しているらしい。どこからか、ルビコニアンの子ども達はそう聞きつけた。その結果、連日621の周りには学校帰りの子どもが集まってくるようになった。そして、口々にこう言うのだ。
「レイヴン、勉強を教えてあげる!」
 それを面白がった大人達は、子ども達と621のために小さな黒板と椅子を用意してやった。こうして、教えたがりな子ども達が621の教師役を務めることになった。

 黒板の前でもっともらしく話す子どもの表情は明るい。エアの解説によると、子ども達は再開された学校を心から楽しんでいるらしい。これは“良い”事なのだと、621は感じている。
「では、4ページを開いてください」
 621は言われた通りのページを開くと、挿絵をじっと見つめた。見たことのないヒトの絵が載っている。そのヒト(特徴から見ておそらく女性)の背中からは透明で繊細な羽が生えていた。
 621は挙手すると“先生”に質問した。
「このヒトは、何?」
 “先生”が言うには、これはヒトではなく「妖精」と言って想像上のものらしい。普通は目で見たり手で触れたりして存在を確かめる事はできないが、ヒトの周りにいる事を好み、助言や悪戯をする場合もあるという。
(つまり、エアは妖精、なのだろうな)
 自身をルビコニアンだと言うエアには悪いが、621は一瞬そんな事を思った。それに可憐で繊細な雰囲気が621にエアを連想させた。621は今日の学びに満足した。

「精が出るな、戦友」
 授業が終わった頃、“教室”を通りかかったラスティが声を掛けてきた。
「あぁ、なかなかに学びの多い、時間だった」
 心なしか頬の赤らんでいる621の腕には、初等科の子ども達が好んで読んでいる絵本が抱えられている。621は意気込みを述べた。
「俺はまだ、調整中だが…… すぐにラスティに、追いついてみせる」
「“成長中”、だろう?戦友」
 ラスティは微笑んで、君が追いつくのを楽しみにしている、と言った。



 それはわたし/我々とはちがうものでした。ひとつで完結したたましい。その新しいたましいに触れたとたん、あたたかく流れ込んでくるものがありました。初めて見る/かつての記憶/何も分からないはずの/幼い日の懐かしい思い出。

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、その図鑑が気に入ったのか。……それはモルフォチョウだな」
「ふむ、百聞は一見に如かず、だな。今度の休みに見に行こう」
「どうだ、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?彼らはとても素晴らしい。良く見てごらん」
 そう彼が指さす先には、美しい羽を持った、



 緊急事態が発生したと、621達はブリーフィングルームに集められた。フラットウェルが言うには、地下でコーラルの異常な活性化が検知されたらしい。場所を知らさせて、621は胸が苦しくなった。
 アーレア海沿いの地下施設。かつて621が落としたザイレムの墜落地点にほど近い場所だった。
 必死になってウォルターを救出した事や、それでも未だ彼が目覚めない事実が一気に頭の中に押し寄せる。621は気持ちを切り替えようと努めた。今はブリーフィングに集中しなければいけない。
 その地下施設では元々ミールワームの飼育が行われていたが、企業との争いの中で早々に破棄されていたらしい。コーラルが突然活性化するのは起こり得ないはずなのだが、とフラットウェルも信じられない様子だった。
 何はともあれ、事態を収集させるため621とラスティ達は地下施設に向かったのだった。



 わたし/我々は、彼の記憶を残らず見てしまいました。新しいたましいはわたし/我々の一部になった。もうすでに彼というものはなくなりました。わたし/我々がそうであったように。記憶を知って/思い出して、わたしが/我々が/⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が何を望んでいるのか分かった。わたし/我々はおとなの身体になれないことを知ってしまいました。このままではどこへも行けないことを知ってしまいました。わたし/我々は羽をのぞむ。災いを振りまいてしまう。ここにいてはいけない。全て燃やさなくては。明るい火のところへ行こう。行こう、行こう、行こう、行こう。
 わたしは/⬛︎は/我々は、羽を望む。



「くそっ、遅かったか!」
 ラスティが悔しげに言葉を漏らした。
 621達が指定のポイントに駆け付けた時には、既に地下からコーラルが溢れ出し赤色の光の柱を生み出していた。ごうごうと吹き出すコーラルは、地割れを少しずつ広げていく。
……! レイヴン、地下から何かが来ます!』
 621はすぐさまエアの警告をラスティ達にも伝え機体を下がらせた。その時、ソレが地下から姿を現した。

 真っ赤に輝く、巨大な蝶だった。



 ひとつの羽ばたきで大気が渦を巻き、めちゃくちゃな嵐が起きた。ひとつの羽ばたきでコーラルが鱗粉のように降り注ぎ、大地が残らず汚染された。巨大すぎる蝶が惑星の重力に抗って、無理矢理に飛び立とうとした結果だった。
 最早人類に打つ手は無く、ただ順番に死ぬのを待つだけになった。
 しばらく前からラスティとの通信が途切れている。621の乗る機体にも重大な損傷が起き、制御不能になっていた。621は残ったモニターで外の様子を見た。今まさに、巨大な蝶が惑星の重力圏を超えたところだった。
 赤色がかった、透明で繊細な羽。
 普段は目で見たり手で触れたりできないモノ。
 そしてヒトに対して悪戯をする事もある。
……エア、俺は今、妖精を見ているのかもしれない」
 堕ちて行く機体の中で621は、その美しい羽ばたきをいつまでも見つめていた。



 惑星ルビコンから羽ばたき出た蝶は、惑星系を照らす恒星に飛び込みその短い旅を終えた。恒星とコーラルの塊ともいえる蝶の衝突により、惑星系は熱と破壊の嵐に包まれた。
 ルビコンを含む多くの惑星が燃え落ち、消えた。



……そういう夢を、見た」
 湯気の立つマグを前にした強化人間C4-621の表情は暗い。
「ウォルターは、もう目が覚めたのに。まだ、貴方を失うような、夢を……
「単なる悪夢だ。気にするな、621」
 ハンドラー・ウォルターは621にもう一度入眠するよう促した。ウォルターがただの夢というなら、そうなのだろう。621は大いに安心した。
「おやすみ、ウォルター」
 ウォルターは、部屋へ戻る621を見送ると、自分のコーヒーを飲み干した。
 それにしても。
 ウォルターは不思議に思った。
 俺は621に、自分の幼少の思い出を話した事は無かったが……