【キムこば】髪結い

【小林さんちのメイドラゴン】キムンカムイ+小林。娘のために父親らしいことを模索するキムンパッパに付き合う小林さんの話。
※映画ネタバレ要素含むご注意※

 『ピンポーン』

 少し前まで殆どなかった突然の来客対応にも随分慣れ貴重な休みの日を一人満喫すべく真昼間から酒盛りモードに入っていた小林は、インターホンの呼び出し音を拾うなり傾けていたビール缶をローテーブルに置きやや重い腰を上げた。
 中身がほぼ無ないぬるいビール缶の音は軽く、ほろ酔いにも満たないしっかりした足取りで玄関先に向かいドアノブを掴んだ。

 「はーい、どちら様ですか」

 小林が身にしみ込んだ動きで玄関を開けた途端、廊下側の景色が全て隠れてしまうほどの巨漢が警戒心を抱かせない気のいい笑みを浮かべ小林を見下ろし、小林もまた見知った相手にややよそ行きだった表情を和らげた。

 「よう」
 「おっさん」

 偏にむやみやたら人間を敵視したり脅かす気が皆無なため、傍から見れば人の良さそうなおっさんオーラのお陰か体の大きさに圧倒されるだけでキムンカムイ自身に然程恐怖心を抱きはしない。
 されど、仰け反るくらい背が高くガタイの良いキムンカムイがその図体のデカさゆえ終始猫背で移動しなければならない人間の世界はさぞ窮屈だろうと、胸中独り言ち小さなカンナの大きな父親をいつも通り何の躊躇なく家に上げた。
 人間の姿でも元の姿でも熊か山に喩えられる男の重い足がのっしのっし歩くたびフローリングが低く鈍い声を上げるのを背中で聞きつつ、リビングに通せば開口一番「お? 酒盛りしてんのか」ではなく「カンナは?」と聞くようになった辺り随分人間の価値観に添った父親らしい仕草をするようになったもんだ、なんて小林は顔に出さぬよう感心しきりだった。

 「カンナちゃんなら才川さん家に遊びに行ってるよ」
 「嗚呼、あの友達の嬢ちゃんのとこか」
 「(あ、ちょっと寂しそう)」

 心なしか表情が沈んでいるキムンカムイが椅子に腰掛ければ椅子も軋み沈む。
 半ば事務的に目線で他の同居人の所在をキムンカムイが問い掛けるので、端的にトールとイルルはそれぞれバイトに行っていると客人に出す麦茶を用意しがてら答えた。
 元気付ける意味合いも込め「麦茶じゃなくてビール飲む?」提案を口に出す前に霧深い青い湖を彷彿させる瞳がやおら小林を見つめたのと同時に。

 「お前髪長いよな」
 「まあ、結ぶくらいには」
 「ちと頼みてぇことがある」

 椅子に座っていようが彼女よりも目線の高いキムンカムイが静かに語り掛けた。



 ソファやローテーブルをズラさず胡坐をかける窓際にどっかり腰を下ろしたキムンカムイと同じ方向を向き同じく胡坐をかいている小林は、ポニーテールを解かれた髪が櫛で梳かれている何とも言えない心地に口元を仄かに波打たせた。
 もっともキムンカムイに髪を触られている照れからではなく。

 「カンナは髪が長いだろ? 色んな髪型をさせてやりたくてな。練習に付き合ってくれてありがとよ」
 「これくらいお安い御用ですよ(ちゃんと父親っぽいことしてる~)」

 カンナを思っての行為にじーんと胸の奥で感動してのこと。あの手紙のやり取りも無駄ではなかった、そう思わずにはいられなくてそっと滲む涙を指先で拭った。

 「他の奴らがいるとこっぱずかしくて練習できねぇから良かったのかもな」
 「きっとカンナちゃん喜ぶよ」
 「だといいが」

 案外繊細な手付きで髪を梳き結う無骨で大きなキムンカムイの手が齎す優しさを肯定するように小林が同じ言葉を紡げば、微かに息を飲む音が小林の鼓膜を震わせたあと「そうか」と何処か安心した声が一拍置き部屋の中にしみ込んでいく。
 触れ合ったもので変わっていく純粋な生き物。確実に人間の価値観や感性、情緒が育っていくキムンカムイの姿はそれこそカンナが希っていたものだ。最近ではキムンカムイがカンナに関しての優先順位が目に見えて上がっている光景に自然と顔が綻ぶ。

 「そういや前にカンナがよ」
 「ん~?」

 微笑ましい親子の姿を我がことのように喜び噛み締めていた小林がやや上の空で生返事したが、

 「俺とお前が結婚すれば「コバヤシが私のお母さんになって嬉しい」って言ってたんだがどうする」
 「ぶふっ!?」

 突如ぶっこまれるまさかの発言で現実に引き戻され大いに噴き出したのは言うまでもない。
 しかも、あまり興味がないらしく淡々と話すキムンカムイは、良くも悪くもカンナが望めばスタンスの様子。
 口元を拭い首だけ振り返った小林が眉根を潜め「それは流石に」と、穏便に断るべく言葉を舌の上に乗せかけた矢先、緩やかに目線を上げ目と目が合うや否やドラゴン特有の縦に割れた瞳孔がキュッと窄まる動きに開きかけた口を閉じた。
 有無を言わせない畏怖を纏う威圧感。骨まで焼き尽くし魂を凍てつかせる噓偽りのない真直ぐな感情を向けるキムンカムイに視線を暫し逸らした小林は、実にあっけらかんと答えた。

 「ひとまず、するかしないか置いておいて私と結婚するっておっさん的にはどうなのさ」
 「俺か? お前さんとは酒の趣味が合う、最近じゃ気もそこそこ合ってきている気がする。結婚して何が変わるかよく分からんが、そこまで悪くはないんじゃないかって思うぜ。ただ――
 「ただ? あ、おかえりトール」

 漂っていた名状し難い緊張感が解かれた代わりに別の嫉妬に塗れた緊張感が帰宅した気配を察知したキムンカムイの視線につられ小林の視線がエコバッグの持ち手が引き千切られん勢いでギリギリ絞められている光景に手を上げて専属メイドの帰宅を出迎えたのだった。