【マウモア】釣り針は口ほどにものを言う

ふせったーから髪を結いっこしているマウモアの話。

 潮風のリズムに乗ってハミングしながら此の方数千年手入れを欠かしたことのない自慢の髪を梳くモアナに自然と目尻と口元が緩む。覗き込まれない限り顔を見られないのをいいことに背中で聞くメロディーに耳を澄ませ、そのメロディーにハミングを重ねた。
 柔らかく優しい手つきで相手を労わり指の間や指先、手のひらで触れる髪を慈しんで、こっそり自分が見てみたかったヘアスタイルに髪を結ったのをそっくりそのまま返されているのに気付いたマウイが肩を小さく揺らして笑う。
 「どうしたの?」
 突っかかることのない指通りなめらかな髪を梳いていた手櫛を逞しい肩に乗せモアナが覗き込んだ。
 うっかり緩んでいたのがバレてしまう前に気持ち顔を引き締めたマウイとモアナの目と目が合う。
 「随分慣れてるんだな」
 「毎朝シメアの髪を結ってるからね」
 得意げに胸を張る彼女の動きに合わせ緩く編まれた尾が揺れた。
 後ろに垂らさず胸の前に持ってきた髪の先から目線を上げていくマウイにモアナは大切なものを自慢するように自身の編まれた髪を撫で笑みを深めた。
 「あなたもやるじゃない」
 「気に入ってくれてなにより」
 波打つ髪をさらに編み込む手法はシンプルでありながら島で見たことのないものだった。
 マウイの大きな手が器用且つ繊細に髪を結うのもさることながら初めてされた髪型を見たモアナの興奮っぷりは推して知るべし。愛嬌のある目を瞬かせ無邪気にはしゃぐ様は半神半人の心をくすぐり太陽を灯す。
 その後、ハイテンションで自分が座っていた丸太の上にマウイを座らせたモアナがやる気満々で「私もお礼に髪を結うわ」と言ったのはつい今しがたのこと。
 余程嬉しかったのか今も尚編まれた髪を撫でつつ幾らか落ち着いた彼女が朗々と屈託のない喜びを言の葉に紡ぎマウイの目を眩しい太陽を見るかの如く眇めさせた。
 伏せられた目に掛かる睫毛の影。顔を綻ばせている彼女の唇に目が引き寄せられる。タカラガイのようなふっくらとした唇に手を伸ばしかけたその時、遠くから呼ぶ声にハッとしたモアナが顔を上げた。

 「……ナー

 如何やら村人が偉大なるタウタイ・モアナにSOSを出している模様。
 どこか甘い空気を漂わせていた二人の間を無情にも爽やかな海風が通り過ぎ、すっかり村長モードに入ってしまったモアナにマウイは眉間のシワを深くした。
 「行かなきゃ。ごめんねマウイ、続きはあとで」
 声がする方を一瞥したモアナが申し訳なさそうに眉尻を下げる姿にマウイは肩を竦めて応えた。
 もう一度謝罪をしてからモアナが歩き出せば何故か足は地面の上を滑るばかりで全く前に進まない。足の裏をサラサラした砂の感触が過ぎていくだけで視界が全く変わらない状況に疑問が募る。
 「ほら呼ばれてんぞお姫様」
 心なしか抑揚のない声の出所を確認すべく首だけ後方に向ければ、それはそれは途轍もなく詰まらなそうな顔で彼女の腰に釣り針を引っ掛けているマウイが其処にいた。
 普段だったらお姫様呼びに対して突っ込みの一つや二つ入れたいところだがそうにも行かない気配にモアナは一応試しに釣り針をそっと人差し指で下にズラした。駄目だった。即座にズラした分だけ上昇しただけじゃなく、引き戻されるのでモアナは釣り針の輪の中で体を反転させた。
 「なに笑ってんだ」
 「いえ、全然」
 えくぼが出来るくらい口角を上げたモアナはわざとらしくマウイから目を逸らして彼の背中に回り込み手櫛で髪を再び梳かし始めたのだった。