【ゲー主♀】傷跡

「複雑怪奇な心情を察せる輩がいるなら是非とも参考にしたいわ。ついでに真っ赤なリボンを付けてプレゼントしちゃう」
超絶勇ましい傷だらけ105ちゃんに滅茶苦茶インスパイアされております。

 別段命を軽んじているわけでもなければ、自分の体をわざと傷付け興奮する特殊性癖を持っているわけでもない。
 ただ弱肉強食がものを言う野生のポケモンたちが住んでいるテリトリーでトレーナーだけが安全な場所から指示を出すってのが性に合わないだけ。必死になって戦ってくれている自分のポケモンと同じ場所に立ってやっと彼らに相応しいトレーナーになれる、そう信じて疑わなかった。
 腹の底まで響く野生ポケモンの鳴き声と身を貫く純粋な戦意にキャップを目深に被り直して、モンスターボールを掴み空中へ放り投げ頼りになる相棒を出す。
 昼夜問わずバトルに明け暮れ時たま避けきれなくて鋭いツメとキバが彼らにとって脆弱な皮膚を裂き肉を抉る。頭に上った生温かい血が傷痕から流れ出る度、いい感じに冷静さを取り戻しては歯を食いしばって指示を相棒に飛ばす日々のくり返し。
 流石に応急処置じゃどうにもならない深い傷を負ったときにだけ毎度ポケモンセンターに戻るもんだから、毎度こっぴどく叱られ絞られ、ついには呆れ果てられてしまった。
 お医者さんやジューイさんが匙を投げたわけでも見放したわけでもない。何を言っても無茶をする、だったらせめてすぐ連絡が取れるようにしておきなさい、と物悲しそうに微笑みながら諭されたあの日喉奥に引っ掛かった言葉はついぞ口から出て来やしなかった。

 ただひたすらに強くなるためバトルをし続けた経験値が溜まっていっているのを最近顕著に感じる。
 まずおいそれと相手ポケモンの攻撃を食らわなくなってきた。攻撃パターンを予測して先手を打ち回避する又は体に染みついた危機回避能力で攻撃を紙一重で躱しつつ、視線は相手ポケモンから一切逸らさず限られた時間の中で次の一手を巡らせ指示を出す。
 確実に強くなってきているお陰で傷らしい傷を負わなくなった。
 でも、それは新しい傷を作らなくなっただけで今まで負った傷が魔法みたいにきれいさっぱり消えたわけでも何でもない。
 人によっては傷を隠すそうだけど、隠したところで傷自体が無くなることはないし今の服装はお気に入りだから傷を隠すこと無く日常生活を送っている。
 皮膚が引き攣って隆起した傷痕や逆に肉まで抉られ窪んでいる治療痕が世間一般的に気味悪がられたり好奇な目で見られるのにもいい加減慣れてきた。
 極々たまに「まだ若いのに傷だらけで可哀想」とか要らぬ心配を掛けられるのもあるが、物理的な身長差にものを言わせ見下ろしやがるいい年こいた相手はそうでもないらしい。



 嘲りに混じる憐憫の色。ねっとりと睥睨する隻眼が鈍く光り値踏みする様に舌打ちをした。目は口程に物を言うらしいが、忌々しげに睨んでいるくせ厭らしく目を眇め日に日に動かし辛さを増している左手で何の断りもなく剥き出しの肌に刻まれている痕を指先でなぞり始めた。

 「これほどまでに深く消えない傷を負ってもなお、心が折れるどころか逆に闘志を燃やし続けるとは実にトウコらしい」
 「全っ然褒めているようには聞こえないんだけど?」
 「そこら辺にいる野生ポケモンの方が幾分か悧巧だと思うくらいには褒めていますとも」
 「どこがっ」

 触られている感覚が鈍い部分を執拗に撫でる指を払い睨みつける。このまま防御が一段階下がったとこへ一発重たいのを食らわす算段が振り払った筈の皺だらけな手によって阻まれた。
 性懲りもなく肩や腕だけに留まらず、勝手にインナーを捲り上げ隠れていた度の場所よりも深く大きな裂傷痕を見つけるや否や歪んでいる口元を一層歪め邪悪な笑い声を周囲に響き渡らせた。

 「生死に係わる傷を腹に穿ちながら学習ひとつ満足に出来ない。嗚呼、実に嘆かわしいほど愚かで私好みだ」

 潤いのない年老いた手が許可なく傷痕に触れる手付きはまるで芸術品でも触るかのよう。
 その異質な感触に居心地の悪さを覚える前に長身の相手が背を丸め夢に出て来そうな風貌を降下させてくる。程なくして耳元に唇を寄せ成熟しきった男の低く掠れた声が仄暗さを引き連れ鼓膜を震わせた。



 ――私も貴女に一生消えない傷を付けても?

 お伺いを立てるにしては些か邪な願望が隠し切れていない声音に速攻心の距離を取ったのは言うまでもない。
 褪せた緑の髪に侵略されている視界をクリアにするべく、足元に力を入れ後退る手筈はまたしても憎たらしい老いた手に阻止された。何処にあったのかも疑わしい力強く腰元を抱き引き寄せる手と腕に面食らう。
 こちらの強張った気配を察したのか、くつくつと喉奥で笑う相手の振動が直に伝わってくる。腹立たしい感情を糧にした突き飛ばしたい衝動を躊躇せず所なさげに漂っていた両手に指令を下すも、亀の甲より年の劫もしくは長年培った感か経験か何でも構わないが上手い具合に力が入らない態勢に丸め込まれもとい包み込まれてしまっていた。
 明かりが遠ざかった薄暗く狭い空間、問答無用で鼻腔に入り込むあまり嗅いだことのないやたらいい匂いがまた腹立つ。傍から見れば悪趣味なローブ内に子供一人隠されているとは到底思わないだろう。

 「まだ碌な経験や知識、危機感を持っていない子供如きに遅れは取りませんとも」

 腰を掴んでいる腕じゃないローブ内に潜んでいた逆側の腕が手が首筋に触れせり上がってくる冷たさに息が詰まった。まるで氷のような冷たさと人間のものとは思えない硬さに瞳孔がキュッと窄まる。
 果たして目の前にいるのは本当に人間なのか。相手が散々Nのことを口汚く罵った言葉が不意に出かかったとき、動揺と混乱に陥っていた思考がスッと晴れ渡り、あれだけ動けなかった体が嘘みたいに動けるようになった。
 一度息を整え薄暗い檻から難なく脱出した私は、相変わらず嫌味ったらしく嗤っているゲーチスを目深に被った帽子から睨み上げその場を後にした。
 遠ざかる背中を撫でるゲーチスの鬱屈した欲望を振り払うまで私の足は止まらずに駆け続けようやく姿が見えないところまで駆け抜けたが、頭蓋の奥では忌々しいかな相手のヘドロよりも粘度の高い声がこびり付いて離れやしなかった。