【灰ステ】拙く咲き誇る砂漠の花

【魔法使いの嫁】とある冬の日、愉悦老獪人外×適応力ピカ一少女の話。

 静寂に零れ落ちるひそひそ話の声がひとつ、ふたつ、みっつ。輪郭を持たない朧げな意識が億劫な瞼を開けさせる。明かりのない薄暗い部屋。虚ろな目でカーテンに遮られている月の光を見て「まだ夜じゃない」と、ステラはぼやいた。
 頭の中で変に反響するようせ――隣人たちの随分賑やかなお喋りに起こされるのはこれで何度目だろう。寝惚けた頭で意味もなく数を数え欠伸を噛み殺し目を擦った。
 温かな毛布の中でもぞもぞ動き意を決して半身を起こせば、案の定と言うべきかぼんやりしていた意識が一瞬で晴れる寒さに首を亀みたいに引っ込め自分の肩を搔き抱く。ぶるっと震える体からこれ以上熱を逃がさぬよう傍らに置いていたカーディガンをサッと羽織った。夜に冷やされたカーディガンが人の体温と混じり合い幾分か温くなるも肺の奥まで凍えてしまう冬の風を窓を開け招き入れるとなれば話が変わってくる。
 刹那、夜風を受け止めたカーテンが膨らみ揺れ靡き、口端から漏れた白い吐息の尾が伸びくゆり、月光を浴び普段より青みが増したステラの麦穂色の髪がもてあそばれた。

 「やれ夜明けにはまだ早いぞ」
 「誰かさんの話し声で目が覚めたのよ」

 窓から身を乗り出して腰を捻り件の相手を眉間に皺を寄せジト目で睨むと、これは愉快愉快とみっつの三日月が満月を背負い見下ろし笑う。
 まだまだ寒さ堪える時期で夢の中に漂っていたい時間帯だとしても無視できない会話内容に一言物申さねば気が済まない。乾いた砂の匂いが鼻を掠める頃には音もなく屋根の上から下りてきた灰ノ目がステラを部屋の中に押し込むように窓枠から部屋に上がり込んだ。
 勝手に締まる窓のやや軋んだ音を気にも留めずに仁王立ちで出迎えるふくれっ面少女の意識を己が身に向けるべく灰ノ目は今まで騒がしかった人ならぬ者の残滓から彼女の姿を己が背中で隠した。

 「なに。おまえと違い親しき仲が多く時折り談笑に耽るでな」
 「……はいはい」

 ステラが反論したい気持ちをグッと抑え込んだのは偏にとっとと眠りたいからだ。もしこれが真昼間の出来事だったら思う存分噛みつき、そして揶揄い倒されていたことであろう。
 程なく気配を押し殺していた眠気が戻ってきたので、ステラは一度灰ノ目をキツくひと睨みしてからベッドに潜り込み丸まった。その不貞腐れた赤子染みた態度に灰ノ目は喉奥でクツクツと笑い、彼女に察せられぬよう眠りを深くする魔法をかけ――、未だ興味と好奇心宿るじっとりとした眼差しで物欲しそうにステラを窓の外から覗き込む欲に忠実なモノたちを一瞥した。

 「人の友は増えず人ならざる者たちばかりに好かれ……実に憐れで愛おしい仔よ」

 渇き切ったローブの下、異形の姿となった灰ノ目は窮屈さを一切感じさせずに小さな窓から身を踊り出せ穏やかに眠るステラに運悪く好奇心を抱いたモノを毒の針で一突きにしては物言わぬ滓を興味なさげに振るい落としたのだった。
 断末魔さえ上げられずこと切れ塵と化す残骸に目もくれず、深々とフードを被った老獪の姿に戻り屋根に腰掛けた灰ノ目の三日月が眠り始めた満月をやおら見やり、まだ上がらぬ太陽の眩しさに目を眇めた。