ふじしろ
2025-11-25 04:20:19
6654文字
Public dkmnその他
 

手帳会議

カレマス3、お疲れ様でした!
イベントで展示した作品となります。
ダムメンの年上組が末っ子を甘やかす話です。
※ネームドのモブが出てきます

「皇紀の字は面白いね」
厨房のカウンターでメモを取っていた俺の様子を上から覗き込み、浄はそんなことを言った。
「は?」
思考を中断させられ不機嫌を隠さず声を上げると、彼は苦笑いを見せた。
「特別上手いわけでも下手なわけでもないけど、何ていうか味があるだろ」
味だと言われてもいちいち人との違いを意識したことなどない、自分の文字を眺めそういうものなのだろうかと思う。
だとしても正直俺には関係のない話だ。
「くだらねえことで邪魔するな」
派手な舌打ちと共に浄を睨みつけると彼はやれやれと肩を竦めて見せる。
「悪かったよ。そんなに怒らないでくれ」
そう言うと彼はそそくさと厨房を後にした。
ふんと鼻を鳴らして視線を書きかけのメモへと戻す。
次のメインは大体固まったから、あとは付け合わせと小皿料理だ。
メモ書きを一瞥すると再びやり掛けだった作業に戻った。



「行方不明?」
ホールに颯の通る声が響き渡り、その場にいた者の視線が一斉に彼に集まる。
その様子に直ぐに気付いた颯は一瞬しまったという顔を見せ、身体を小さくした。
「何だか物騒ね」
俺が着いていたテーブルのレディが不安そうに眉を顰める。
「颯の粗相は詫びるがこういう店だからね、色んな客が来るのさ。君は気にしなくていい」
彼女の顔を真っ直ぐ見つめて告げると、そうねと彼女は肩の力を抜いた。
「それよりお替りはどうだい? 気分が明るくなるようなとびきりの一杯を用意するよ」
「そうね。浄、お願いするわ」
残りが少なくなったグラスを見遣り、彼女は笑んだ。

「颯、今日のあれは何だ」
営業終了後、何よりも先に宗雲の厳しい言葉が飛ぶ。
決して声を荒らげているわけではないが、低めに発せられた声には氷のように冷たさが宿っている。
「ごめんなさい、ついびっくりしちゃって」
颯はしゅんとした顔で謝った。
気が付けば皇紀も厨房からフロアへと出てきている。
宗雲の声に何事かと来たのだろう。
「僕のお客さんが連絡取れなくなっちゃってるんだって」
「いつも三人でいらしている方たちか。どれくらい音信不通なんだ?」
「一週間。SNSも投稿がないし、メッセージアプリも既読が付かないって」
そうは言っても颯の話を宗雲は無下にすることはなく、そのまま聞き取りを始めた。
カオストーンが関わっている可能性を探っているのだろう。
「おい、何の話だ?」
声を潜めて皇紀が俺に聞いてくる。
「颯の指名客が音信不通らしいよ」
ふんと小さく鼻を鳴らし、皇紀は颯と宗雲のやり取りを眺めた。
「彼女たち、手帳が好きな子たちなんだけど日常的に手帳の写真をSNSに上げたりして交流するみたいなんだ」
「それで?」
「彼女、割と有名みたいで一週間も投稿がないから界隈でも心配の声が出始めてるみたい」
颯の説明を口に手を添えて聞いていた宗雲は長く息を吐き出した。
「なるほど。それは心配だな」
「でしょ!」
「だが俺たちとは関係はない」
「え、あ、うん。そうだけど……
「探索に協力するのは自由だが、あくまでも業務や任務に支障が出ないよう留意すること」
そう宗雲はピシャリと言い切った。
だがそれは妥当な判断だろう。
現状の颯の話では曖昧過ぎてただの失踪なのか、カオスイズムやカオストーンの関与があるのかは判断は出来ない。
ましてやカオストーンと関連があるならば、もうとっくにカオスは完成していることだろう。
一週間という時間の長さはそういうことだ。
残念ながら現状、カオスイズムの手に渡った人間を直ぐに助け出す術を俺たちは持っていなかった。
「はーい。気を付けます」
当てが外れたのか、颯はしょんぼりと返事をした。
「颯」
少し重くなった空気の中、皇紀が颯を呼ぶ。
「何? 皇紀さん」
「ポルチーニ茸のパスタ、喰うか」
「え、いいの? 食べる!」
皇紀の呼び掛けに笑顔を取り戻した颯は皇紀の元へと駆け寄った。
二人厨房へと向かう背中を見遣り、そのまま何となく宗雲と目を合わす。
相変わらず颯に甘いな、彼もそう思っているのだろう。
とは言え颯に甘いのは何も皇紀だけじゃない。
どちらからともなくふふっと小さく笑う。
まったく仕方ないな、きっとそんなことを互いに思っていた。
もちろん彼の客が音信不通なことを俺たちは放っておく気はなかった。



颯が叱られていたその日、家に帰って次のイベントメニューの続きを考えるか、そう思ってメモ帳のストックを確認すると残りが一冊になっていた。
数日使う分には問題ないが明日買いに行くか、そう思って翌日仕事前に商業地区にある大型の文房具店に足を運ぶ。
颯の客に教えてもらったこのメモ帳は書き味もよく、サイズ展開も豊富で何よりこの文房具店に常備されており入手が楽だった。
ただ残念ながら欲しいサイズは丁度在庫切れだったらしい。
見つからずに渋々店員に話し掛けると入荷連絡を貰えることになった。
「あれ? 皇紀さん?」
店を出ようとしたところで入り口で颯と行き合った。
俺が文房具店にいるのがそれほど意外なのか、彼は大きな瞳をまん丸にして驚いていた。
「皇紀さんもこういう所に来るんだ」
「悪いか」
「ゴメン、そういう意味じゃないんだけど、何だかビックリしちゃった」
てへへと笑う颯に、そう言えばこいつこそなんでこんな所にいるんだと思う。
じっと颯の顔を睨むと何が言いたいのか察したのだろう、颯は言葉を続けた。
「ほら、昨日行方不明になったって言ってた子、最後に会ったのがここでやったセミナーなんだって」
「?」
よく分からない、そういう顔を見せると颯はさらに説明を続ける。
「手帳のセミナー。そういうの、結構あるらしいよ」
「ふうん」
セミナー云々は置いておくとして、要は彼もその行方知れずの客を探す手伝いをしていると言うことか。
今の流れで大体の状況を把握する。
とは言え、俺がどうこう言うことではない。
そのまま立ち去ろうとすると颯は俺の腕を慌てて掴む。
「あの、このことは……
「俺が知るか」
そう言って颯の腕を振り解くと、彼はあ、うん、とフニャッとした声を上げた。
取りあえずこのことを俺が誰かに言うつもりがないと思ったようだ。
宗雲は協力を禁止はしなかったが、それでもきっと知られるのは気まずいのだろう。
「皇紀さーん、また後でね!」
颯はそのまま笑顔で俺に手を振った。

「連絡が取れないのがザクロ飴ちゃんで、残りの二人がみむもちゃんとみどりちゃん」
浄はスマホをいじりながら説明する。
ああは言ったものの宗雲はこのことを放っておくつもりはないようで、颯がまだ来ていない店内で俺たち三人は顔を突き合わせていた。
「ザクロ飴ちゃんとみむもちゃんは千人以上フォロワーがいるみたいだね。インフルエンサーとまで行かなくても個人としてはそれなりなんじゃないかな」
「何か二人の間で揉め事とかは」
「特にそういう様子はないね。そもそもこの二人は投稿のタイプが違うようだ」
「タイプ?」
宗雲が不思議そうに声を上げる。
そもそも俺はネットがどうこうに疎いし、宗雲も俺ほどではないにしろSNSというものには明るくはないらしい。
しかし取っ掛かりがここしかなく、まずは浄があらかた様子を調べたようだ。
「みむもちゃんは手帳をデコるのが得意みたいだね。高評価も多い」
……?」
浄の説明に宗雲と俺の頭の上にはクエスチョンマークがいくつも並んだ。
手帳をデコるとはなんだ?
しかしそんな俺たちの様子を無視して浄は続ける。
「ザクロ飴ちゃんは手帳の使い方を語ってることが多いみたいだね」
「使い方……?」
宗雲は恐る恐る口を開く。
「どの手帳は何用で、このページはこう使う、みたいなことをいっぱい喋ってるね。手帳って何冊も同時に使うものなんだな、知らなかったよ」
あははと浄は声を上げて笑う。
恐らく彼も何を言っているのかお手上げなのだろう、多分これはそういう笑いだ。
「最後に会ったのは手帳のセミナーだと颯は言っていた」
先程颯と行き合った時に聞いた話を伝えると、浄はふうんと声を上げる。
「そのセミナーの人間がカオスイズムと繋がってる…… なんて線はありそうだけどな」
「確かにそれは考えられるな。ただそもそも手帳と関連があるのか、そこからが分からない」
「まずは手帳周りとの関係の有無を潰すところから始めるか。手を広げるにしても今は足掛かりがそこしかないわけだしね」
そう言うと浄は持ったスマホを振ってみせた。
「取りあえず主催側も当たってみるよ。あと別のSNSとかも。アカウントがあるかもしれないし、環境が変わると違う情報も出てくるかもしれないからな」
「俺は商工会経由で文房具店に探りを入れてみる。セミナーなり手帳周りの話にヒントがあるかもしれない」
そう言うと宗雲は俺の方を見た。
「皇紀は颯の様子を注意していてくれ。颯も何か見つけているかもしれない」
なるほど、確かに俺に出来ることはそれくらいしかなさそうだ。
分かったと宗雲に頷いてみせる。
颯には悪いが三人が三人ともこの状況で彼がじっとしているとは思っていなかった。
その前提で始まった密会はこれからの方針を決定してお開きになる。
「さて、さすがにそろそろ颯も出勤してきそうだな」
宗雲の一言で俺たちはそれぞれ店内に散った。
誰かが特別に声を上げたわけではない。
それでもこうやって三人とも颯のことを気に掛けていて、つくづく俺たちは颯に甘いなと改めて思った。



事態が動いたのはそれから数日後だった。
店に向かう途中、ライダーフォンに宗雲から着信が入る。
「浄か。今どこにいる」
画面を確認して応答を押すと直ぐに宗雲が聞いてきた。
「店に向かっている途中だ」
「ならそのまま店に来い、俺と店で待機だ。皇紀がカオスワールドの入り口を見つけたらしい」
「颯のお客さまかい?」
「まだ分からない。が、詳しい話は店に着いてからする」
「颯は…… 皇紀の所に向かったんだろうな」
レディたちと人探しをしていた颯のことだ、多分何を言ったところでカオスワールドへ向かうだろう。
「ああ。颯は一旦皇紀に任せる」
予想通りの答えが宗雲から返ってきた。
「店へ急ぐよ。また後で」
そう伝えて通話を切る。
店に着くと宗雲はライターフォン片手にバックヤードに居た。
「おはよう。あれから連絡は?」
「いや、まだだ」
宗雲が答えると同時にライターフォンがけたたましく着信音を奏でた。
彼は直ぐに着信を取る。
「颯か。ああ、うん、そうか」
宗雲は短く返事を返して直ぐに通話を終了した。
「みんなでカオスワールドから出てきたそうだ」
ずいぶん早い解決にビックリして思わず目を見開く。
「ずいぶんなスピード解決だね」
「ああ。詳しくは後で皇紀たちに聞くとしよう」
そう言う宗雲の表情は安心したのか緊張が緩んだように見えた。

店の営業終了後、四人で厨房に集まった。
皇紀はメモ帳を買いに文房具店を訪れ、トイレを借りた時に階段の踊り場でカオスワールドの入り口を見つけたらしい。
「でね、みむもちゃんとカオスワールドに入ったんだけど」
「お前はお客さまをカオスワールドに連れて行ったのか?」
「わー、怒んないで。どうしてもザクロ飴ちゃんと話がしたいって引かなかったんだよ」
睨む宗雲にあったことを話す颯は慌てて言い訳をする。
「それで直ぐに皇紀さんとザクロ飴ちゃんは見つかって、みむもちゃんとザクロ飴ちゃんで話して戻ろうってなったんだよね」
「それはどんな話だったんだ」
「うーんと、みむもちゃんがザクロ飴ちゃんに憧れてるとか、高評価なんか気にしないで好きなようにやるとか」
「なるほど、手帳の投稿について話していたのか」
颯の言葉に口を挟むと彼は小さく頷いた。
「うん。二人とも投稿の高評価数を気にしてたみたい。でも……
「でも、何だ?」
「多分僕たちが行った時にはもうザクロ飴ちゃんは帰る気になってたんじゃないかな」
そう言うと颯は皇紀を見た。
「皇紀さん、ザクロ飴ちゃんと何を話したの?」
皇紀は面倒そうに颯から視線を外すと舌打ちする。
「何してんだって聞いたら手帳の写真をSNSに上げるって言うから手帳は人に見せるものなのかって聞いた」
皇紀の言葉に俺と宗雲と颯は三人で顔を合わす。
彼女たちは手帳が好きで情報交換のために手帳の写真をアップしたりもするが、確かに手帳はプライベートなものだ、普通はあまり人に見せたりしないものかもしれない。
そんな当たり前に気付かされ、彼女は何かを思ったのだろう。
「皇紀の純粋な疑問がレディに刺さったのか。やるじゃないか」
茶化して皇紀の顔を眺めると、彼は苦虫を噛み潰したような顔でまた舌打ちする。
「知るか」
「そっか。だからザクロ飴ちゃんはカオスが出来てなかったんだ」
納得したように颯が呟いた。
皇紀が着いた時はどうだったかは分からないが、少なくとも颯が行った時にはカオスが出来る時に発生するモヤみたいなものは上がっていなかったのだろう。
「ザクロ飴ちゃん、あそこでやってたセミナーにみむもちゃんと行ったんだけど、彼女の方はその主催者さんと交流があったみたいなんだよね」
また颯が話し始める。
「カオストーンはその主催者さんからあとから貰ったんだって」
「なるほど。その主催者というのを調べる必要があるな」
宗雲の目付きが鋭くなる。
「その界隈じゃそれなりに有名人らしいしね。引き続き調べを進めるとするよ」
宗雲にそう告げると彼はああと静かに頷いた。
「あの……
颯が声を上げる。
「みんな、本当にありがとう」
そう言うと颯は深々と頭を下げた。
「迷惑掛けたのに結局助けられちゃったから、僕もまだまだなんだなって思い…… ました」
「俺たちはただカオストーンを追いかけていただけだ」
宗雲はいつもと変わらぬ様子でそう告げた。
「そうでも僕、もっと頑張るよ」
答える颯の表情は真っ直ぐで迷いのないものだった。
ウィズダムの末っ子はまだまだ成長中というところか。
俺も宗雲も皇紀もそんな颯の様子をうっすらと笑みを浮かべて眺めた。



「皇紀さん、こっち!」
宗雲から指名だとフロアに連れ出されると、颯が俺に向かってブンブンと手を振っていた。
彼の着いているテーブルに向かうと、先日の一件に関わっていた女性たちが座っていた。
「あのね、皇紀さんにお礼がしたいんだって」
「は? 興味ねえ」
「もう。そんなこと言わないで」
苦笑いする颯の横で女性の一人が綺麗にラッピングされた大きめの袋を取り出した。
「これ、メモ帳の詰め合わせです。皇紀さんがメモ帳をよく使うって颯くんに聞いたからオススメを集めてみました」
差し出された袋を受け取るとずっしりと重かった。
メモ帳といえど大きめなサイズを選んでいるのだろう、見た感じノートが何冊も入っているように感じる。
「どれもあそこの文房具店に売ってるから気に入ったのがあったらいつでも買いに行けるって」
そう颯が笑顔で付け加えた。
……貰っとく」
ぼそりと呟くと女性たちは嬉しそうに笑顔を見せる。
「皇紀さん、せっかくだから開けてみたら? 気になったものがあれば今なら詳しく教えてもらえるし」
そう促されて口を結んでいるリボンを外すと中には色々なメモ帳が詰め込まれていた。
黄色の紙が目を引くものや鮮やかなオレンジ色の表紙のものは店でコーナーが設けられているメーカーのものだ。
その他にもA5からB5サイズのものが取り揃えられており、普段俺が使っているものもちゃんと入っていた。
「皇紀さんが使ってるものは入ってますか?」
「ああ、これだ」
「渋いチョイスですね! 堅実って感じですよね」
質問にメモ帳を引っ張り出して答えると三人はおおっという感じで盛り上がり始める。
その勢いにちょっと引いて思わず颯の顔を見遣ると、彼はニコニコと笑って唇を動かす。
(ありがとう)
彼女たちの邪魔をしないようにだろうか、声を出さずに颯は大きく口だけを動かした。
多分、そう言っているんだと思う。
そんな風に言っている余裕があるなら俺を助けろ、内心そう思い颯の顔を睨む。
しかし颯は俺の視線に気が付いているはずだがただ楽しそうに笑むだけだった。