ふじしろ
2025-11-25 04:18:59
7426文字
Public 浄皇
 

6days

カレマス3、お疲れ様でした。
イベントの展示作品になります。
何故か「前から好きだった」とこーさんに言ってしまったじょーさんのその後の5日間の話です。
※エーが出てきます。今回は女性です

小さな綻びは突然やって来た。
それはいつもの通り、俺が皇紀の部屋を訪れた時だった。
「何でこんなことを始めたんだ?」
ベッドの上で皇紀と唇を合わせてゆっくりと離す。
目を開けるといつもと変わらずに彼は俺の目を真っ直ぐ見上げていて、そしてそんなことを口にした。
「何だい、突然。随分今さらだなあ」
突然思いついたのか皇紀の疑問は今さら? という感じで思わず呆れたような声が出た。
そうは言っても確かにそんな話もしたことはないので彼がそんなことを思い付くことは別に不思議なことではなかった。
「俺としては毎回律儀に付き合っているお前の方が謎だよ」
「はあ?」
質問を質問で返すと皇紀は眉を顰める。
「単にてめえのことが放っておけねえだけだ」
それでも彼は律儀に答えを返してきた。
だが放っておけないからつい構う、それって。
「まるで俺のことが好きって言ってるみたいだな」
冗談めかして笑いながら言うと皇紀はギロリと俺のことを睨み付ける。
だが直ぐに視線を緩めて何か考えている風を見せた。
…… そうか」
思いもよらず皇紀は素直に俺の言葉を肯定した。
思い当たることでもあると言うのだろうか、予想もしていない答えにただ驚いた。
「俺は前からお前のことが好きだったよ」
口を吐いて出てきた言葉にハッと我に返る。
本当に思いもよらず無意識にその言葉は口から出てきた。
しかし何を言っているんだと慌てるより先に皇紀の表情が曇る。
みるみる眉毛は吊り上がり、先程よりもさらにきつい視線を俺に向けてきた。
「はっ、そうかよ。俺を手懐けて面白かったか?」
「まさか!」
そんなことは考えてもいなかった。
その言葉はものの見事に喉に詰まる。
それはそうだ、自身のいつもの言動を考えたらそんな捩じ曲がった解釈をされても何も文句は言えなかった。
それ以上何も言えずにいると皇紀はさっとその場に立ち上がって床に置いてあった俺のジャケットを乱暴に掴む。
「待て! 歩けるから!」
そんな俺の言葉など無視して、彼は俺のシャツの襟首を掴んで力いっぱい引っ張り俺の身体を引き摺る。
じたばたする俺をものともせず、皇紀は俺を玄関まで引き摺るとドアを開けて俺の身体を外へと放り投げた。
続けてジャケットと靴も投げてくれたのはせめての情けなのだろう。
そのままドアが閉まるとガチャリと鍵を回す音とガチンとドアバーを掛ける音が続く。
皇紀にこうやって追い出されるのは初めてではない、だからそのこと自体には驚いてはいなかったがとにかく皇紀が予想外に誤解したらしいことにショックを受けてしばらくそのまま呆然と座り込んでいた。
しかしこんな夜中にずっとアパートの廊下に居座るのは迷惑だろう。
混乱する頭を抱えながら靴を履き、重い腰を上げて皇紀の部屋を後にする。
今はそうすることしか出来なかった。

翌日、いつもより早く店に行き厨房へと向かうとそこに皇紀の姿はなかった。
食材の準備があるために彼はいつも俺より早く店にいる。
遠目に厨房の中を覗くが作業をしていた形跡すら見当たらなかった。
慌てて控室へと駆け込むとデスクで書類を眺めていた宗雲が驚いた顔で俺を見た。
「おはよう。何かあったか?」
「あの、皇紀は?」
そう言うと宗雲はきょとんと目を丸くする。
何かあるのか、そう思い視線を彼から動かすと直ぐに卓上カレンダーが目に付いた。
そこにははっきりと分かりやすいフォントの数字で1が二つ並んで書かれている。
俺の様子に宗雲は短く息を吐いた。
「皇紀は今日から五日間休暇だ」
何故忘れていたのだろう。
虹顔市と周辺の自治体では十一月になると狩猟が解禁される。
その解禁に合わせて山に籠もるため皇紀は毎年十一月頭にまとまった休みを取るのだ。
そもそもそれを分かっていて皇紀の部屋を訪ねたはずだったが、そんなことすらも飛んでしまうとはますます俺らしくなくただただ自分に呆れ返るばかりだった。
「あはは、そうだね。俺としたことが忘れていたよ」
「皇紀がいない分、気を引き締めて接客にあたるように」
「了解」
宗雲に釘を差され肩を竦めて見せるが、俺の心中はそれどころではなかった。
誤解や行き違いの類は極力早急に解決をした方が良いものだがその機会を失ってしまった。
皇紀が俺の言葉を捻れた解釈で取ったことは正直普段の自分を省みるとそうおかしなことではないがそう判断するきっかけみたいなものはそれまての会話にあったのだろうとは思う。
一番心当たりがあるのが彼の質問にきちんと答えていないことだった。
質問を質問で返して自身の手の内を明かさない、常套手段だがまあ良い印象は与えないだろう。
だからきちんと質問の答えを皇紀に伝えたい、そう思っていたが見事に出鼻を挫かれた。
そのまま俺は柄にもなくどうしたものかと頭を悩ます。
もちろんこのまま放っておけと言うもう一人の自分も頭の中で顔を覗かせていた。



恋愛感情というものがよく分からなかった。
単純な話、生きるのに手一杯で色恋沙汰にうつつを抜かす余裕などなかったからそれは俺には縁遠い感情だった。
浄がこの間言ったまるで俺が彼を好きだと言っているようだという言葉は色ボケ野郎が言うのだからそういうものなんだろうと俺の中でストンと腑に落ちた。
そうかもしれないと薄々思っていたところだったからなおさらだ。
そこに来て薄く笑みを浮かべて呟かれた浄の言葉にカッとしたのも恐らくそういうものなんだろう。
後に冷静になってから考えると浄のあの言葉の意図するところは別にネガティブなものではなかったのかもしれない。
たが浄の表情と言葉に俺はあいつの掌の上で転がされていただけだと、そう思った。
結局俺はヤツのことを大して信頼もしていないし、好意を感じたと思ったこと自体が何かの間違いだったのかもしれない。
ふうと息を吐き、コーヒーを淹れたカップを口に運んで中身を啜る。
これは休み前に颯が俺にくれたものだ。
行きつけの珈琲屋の冬季限定ブレンドのドリップバッグだからきっと山で飲むと美味しいよと彼は笑顔で言った。
確かにキャラメリゼしたようなコクと苦味があり、酸味は少ない。
どっしりと重めの印象を受ける飲み口になるほど冬をイメージするとこうなるのかと思う。
毎年楽しみにしているキャンプだが今年は割と散々な感じだ。
思い出したくもないのに時々浄の顔が頭を過ぎり作業になかなか集中出来なかった。
成果は悪くはないがこんな気分での狩りはもう御免だ、素直にそう思う。
恐らく俺の心は揺らいでいる。
浄のことはあんなヤツだと割り切ったつもりだが、彼の「まさか」という言葉を信じたい自分も心の何処かにいる気がする。
いつだって自分の信じる道を迷うことなく進んで来たはずなのに、どうして今はそう出来ないのだろう。
それが恋愛というものなのだろうか。
長く息を吐き、またコーヒーを口にする。
その苦みがじんわりと惑う心に染みる。
今は答えが出る気がしない。
はっきりとしない気分のまま、小さく音を立てて燃える焚き火をじっと眺めた。



「浄様、こちらエプロンですのでお使いください」
そう言ってエージェントの執事である藍上レオンは俺にエプロンを差し出してきた。
素直に受け取り、エプロンを広げて首から掛ける。
「ですがクッキー作りと言っても特別なことはしておりませんので浄様のお役に立てるかどうか……
藍上はエプロンを結ぶ俺を眺め、少し困ったような表情で言った。
俺は仮面カフェの厨房に来ていた。
藍上からクッキーの作り方を学ぶためだ。
最初はネットで拾ったレシピを試してみたがどうにも仮面カフェのクッキーには及ばない。
そこでダメ元でコツを聞いてみたところ、一緒に作ろうという話になったのだった。
何故今クッキーなんかを焼いているのか、それには理由がある。
皇紀を捕まえたところであの様子では話なんかまともに聞いてはもらえないだろう。
口で話す以外の何かが必要だと考えて、手料理を渡すことを思い付いた。
愛情が隠し味なんて言ったりするし、彼は料理人だから手作りしたものから何か感じ取ってくれるかもしれない。
クッキーなら俺が好きだからちゃんと味の判断も出来るし、それなりに日持ちもする。
悪くはないチョイスだと思った。
そうして今に至るわけだが、クッキーのレシピと言ってもほぼ材料を混ぜるだけだ。
藍上の様子を見ていても特別なことはなく、ボウルの中の材料をゴムベラで混ぜているだけだった。
ならば材料も一緒だし、これで仮面カフェのクッキーと同じものが出来るのかというとそれは不思議なもので焼き上がってみると俺が混ぜた生地の方はサクッとした歯触りが劣った。
特別なことはなくとも経験値の差など仕上がりに影響する何かはありそうだ。
「私にはどちらも区別がつかないですけど……
出来たばかりのクッキーを食べ比べてエージェントは首を傾げる。
「分からない方のほうが多いと思いますよ。この差が気になるとは流石浄様と言ったところでしょうか」
「しかし執事は材料を混ぜていただけだよな」
「実際は日々生地のコンディションは異なりますから意識はしていませんが扱いはその日によって違うかもしれません」
手を顎に添えて答える藍上にやはりそういうことなんだなと納得する。
「まあ、その辺はもう少し頑張ってみるよ」
「でも浄さんが珍しいですね。料理みたいなことはあまりしないと思っていました」
そう言ってエージェントは不思議そうに俺の顔を見る。
確かにその通りで料理に限らず自分でやらなくて済むことには元々積極的ではない。
「俺にも色々あるってことだよ」
自分で焼いたクッキーを口に運びながら答えると彼女は少し考えてから笑顔を見せた。
「気持ちが伝わるといいですね」
この箱入り娘はこんな時にはとても素直な考え方をする。
そのピュアさ加減があまりにも眩し過ぎて目が眩みそうになった。



皇紀の休暇五日目の夜、店が終わった後に真っ直ぐと彼の部屋へと来た。
外から眺めて適当に閉められたカーテンの隙間から明かりが見えていたから、彼は家にいるだろう。
エレベーターで上がり、皇紀の部屋の前に立つ。
もちろん合鍵を持っているのでそれで入ることは出来るのだが、それは違うなと思う。
胸の高さに右手を上げ、小さく息を吐く。
大袈裟な音が響かないように加減してドアをコツコツと叩いた。
しばらくして、意外にも内鍵を回す音とほぼ同じくしてドアが薄く開く。
無視されることも覚悟はしていたから少しだけ胸を撫で下ろした。
中からは不機嫌さ全開な様子の皇紀が俺を睨みつけていた。
「何の用だ」
話すのも嫌なのだろう、彼は必要最低限の言葉だけを発する。
そんな皇紀に左手に持っていた小袋を差し出した。
「は? 何だ」
「見ての通り俺が焼いたクッキーだよ」
簡単にラッピングした見るからに手作り感溢れるそれを彼は訝しげに見遣る。
「話は聞いてもらえないだろうと思ってね、違う形を用意した」
もっと説明が必要かと思っていたが皇紀は何となくでも俺の目論見を察したのだろう、俺の手からクッキーの袋を素早く奪い取った。
そのまま口を閉じているリボンを雑に解くと中から一つ取り出して口へと放り込んだ。
…… 仮面カフェのか」
「執事に習ってきたからね、味は一緒だと思うよ」
さらにもう一つ口にして、皇紀はふんと鼻を鳴らす。
時間の許す限り、と言っても数回だが焼いてみたもののそもそも何をどうすれば良くなるのか想像もつかなくて結果はどれも余り変わらなかった。
ただ出来る範囲で努力はしたつもりだ。
「食感が落ちるな」
「やはり分かるかい。あのサクサクした感じはどうにも執事の職人技のようでね、とても真似は出来なかったよ」
素直に答えると彼は俺を一瞥し、再び鼻を鳴らす。
「いいぜ、上がれよ」
皇紀はそう言うとさっさと踵を返して部屋へと戻って行った。
室内へと上がり、奥の居室のドアを開けるといつもの場所に皇紀はテーブルに肘を付いて座っていた。
俺もいつもと同じくローテーブルを挟んで彼の反対側の場所に腰を下ろす。
「何の話があるんだ」
すかさず皇紀が声を掛けてきた。
「この前、皇紀の質問にちゃんと答えてなかったからね、まずそれを伝えたい」
答えると続けろという意思表示だろう、皇紀はふんと短く鼻を鳴らした。
「何で身体の関係を迫ったか、だよね。まず単純に俺は皇紀とそういうことをしてみたかった」
「てめえはその気になったら誰構わず襲うのかよ」
俺の答えに彼は嘲笑を含んだ表情で呆れたように言う。
「時と場所と相手を見てね、そういうことがあることは否定しない。でも流石にそれだけでお前の部屋を訪ねるなんてことは出来なかったよ」
いつもよりゆっくりと、言葉を誤らないよう丁寧に話す。
その様子を皇紀はそれ以上口を挟むことなく眺め、じっと俺の話を聞いていた。
「でも考えたのさ。そんなことされてお前が無抵抗でいるわけがない。つまりお前の部屋に押し掛けて手を出せば俺たちの薄っぺらい同僚としての仲も壊れる…… ってね」
……
「だからあの日、俺はお前との同僚としての関係も含めて全部壊しに来たんだ」
抵抗もされなければ、部屋を追い出されこそしたが二度と来るなとも言われなかったあの日のことはもういくらか時間は経っているはずだが昨日のことのように思い出せた。
それほどにあの出来事は俺の予想から外れた、理解の出来ないものだった。
「その後のことはお前も知っての通りだ。皇紀とどうかなろうとは思っていなかったが、お前との関係は何故か悪くないようになっているとは思っていたよ」
そう言うと皇紀の視線は俺から外れ、テーブルの上を見ているのか顔が俯いた。
何も言わないのは何かを考えているのだろうか。
皇紀の様子が何を物語っているのかは今の俺には計り知れなかった。
「何故あんな言葉が口を吐いたかは俺自身も全く分からないが、でも前からお前のことが気になっていたし、好きだったのは本当だよ」
何というかとんでもなく恥ずかしい告白をしているなと胸の内だけで自嘲する。
でも結局人と言うものはきちんと言葉という形にして言わないと大切なことは伝わらないのかもしれない、そんなことを思った。
しばらくして皇紀は大きく息を吐き、テーブルに置いていたクッキーの袋を手に取った。
「クッキーに免じて今回は信じてやる」
「え?」
クッキーを見つめて言われた言葉に思わず驚いて声を上げる。
「適当に作ったもんじゃねえことは分かったからな」
「それって……
「今は解体しないでおいてやる」
その言葉に身体中の力が一気に抜ける。
良かった、素直をそう思った。
脱力した俺の姿を皇紀は仕方ない、そんな風に見遣り鼻を鳴らした。
不意にふわっとあくびが漏れる。
そういえばクッキー作りに時間を割いていてここ数日はあまり寝ていなかったなと思い出した。
「なんだ。眠いのか?」
そう言うと皇紀は俺に背を向けて衣装ケースの中身を漁りだす。
少しして俺にタオルと部屋着だろう、服を差し出してきた。
「今日はそういうつもりじゃないんだが……
「別に何もしねえし、お前に何かさせる気もねえ」
俺の言葉に皇紀は目をギラリと輝かせて答えた。
そんな皇紀の様子がひどく彼らしく、ついふふっと笑みが溢れる。
「ありがとう。ならお言葉に甘えさせてもらうよ」
タオルと服を受け取り、シャワーを浴びに浴室へと向かった。
部屋に戻ると皇紀は何をするわけでもなくローテーブルの脇に座っていた。
「寝るか」
俺の姿に彼はすっと立ち上がる。
その言葉に俺はベッドへと上がり、壁を向いて布団へと潜り込む。
皇紀の方を向いていると視線や気配で眠れないと言われるのでこれがいつものことだった。
「え?」
皇紀は部屋の電気を消して布団に入ると、俺の肩に額を乗せてきた。
身体自体はくっついてはいないものの、背中越しに彼の気配を感じることが出来た。
「それでお前は眠れるのかい?」
驚いてたずねると皇紀はただふんと鼻を鳴らして答えた。
皇紀がいいなら構わないが、何だか甘えられているようだなと思う。
いや、彼の性格からしてそういう意図は絶対にないことは分かっているのだがこれはそう勘違いしてもおかしくない仕草だよなと眠いのも忘れて何だか一人照れてしまう。
しばらくしていつもより時間が掛かったようだが背中の方からすーすーと小さく寝息が聞こえてきた。
ちゃんと寝れたんだ、そう思ったら再び強い眠気が襲ってきた。
そのままあっという間に意識が失われていった。



皇紀の休みも終わり、店に日常が戻ってきた。
俺と皇紀の仲も休み前とほぼ変わらない状態に戻った。
もちろんあのことが無かったことにはなっていない、だから以前とは少しだけ俺たちの間を流れる空気は変わったがそれは悪い意味のものではない。
それでも大きく変化がないのは皇紀なりの優しさなんだろうと思っている。
情けない話だが俺は彼の優しさにそのまま甘えてしまっている。
でも彼があの日、俺とどうするかを決断したように俺も過去と現在の自身のあり方を決断する時が来ているのだろうと思った。
今直ぐではなくともそう遠くはない未来にその時は来るだろう。
今度は俺の番だ。
「おい、早く運べ。料理が冷める」
皇紀の声にハッと我に返る。
目の前にはいつの間にか湯気を立てるグラタンが載った皿が置かれていた。
「ああ、悪い。すぐに持っていくよ」
グラタン皿で火傷をしないよう慎重に皿を持ち上げるとそのままフロアへと向かう。
これを注文したレディは既に何杯かサングリアを飲んでいる。
だから身体が思ったよりも冷えてしまったのかもしれない。
熱々のグラタンを美味しそうに食べるレディの様子を想像したら気持ちが和らいだ。
次の一杯はホットワインを勧めてみようか、レディのことを思いそんな風に考える。
そうだ、今日は久しぶりに皇紀の部屋へ寄るか、ふとそんなことが頭を過った。
彼はどんな顔で俺を出迎えてくれるんだろう。
皇紀のことを思ったら、自然と笑みが溢れた。