望月 鏡翠
2025-11-25 01:01:29
1058文字
Public 日課
 

#1917 ジョアンの耐えがたい主人について7

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作

 ジョアンは御者席に目をやった。
 そこに座る男は、事態を静観している。知らぬ間に、トルガ派の男に入れ替えられていたに違いない。今夜の外出は秘密裏に事を進めたかったのだ。
 誰にも見られないように、御者の顔も隠していたことが災いした。
 どこで入れ替わっていたのか、今そこに座っているのが誰なのかも、全くわからない。
 味方になってくれることは、望めそうになかった。逃げ出す算段が思いつかず、ジョアンはトルガに視線を移した。
「どうしてここに?」
 月並みな質問だと思った。
 謀を察して止めに来たのでなければ、馬車の中で待ち構えているわけがない。
「忘れ物を取りに戻ったのさ。俺の書状が、まだ屋敷の中に残っているらしくてな。お前が持っているんだろう。渡してくれるか」
 目を細め、書状を隠すジョアンの懐を見る。
「見せる、必要が、あるのか」
 既に策が露見した後では、厳しい言い訳であることはわかっていた。全く不意味な抵抗だと言っても良い。しかし謀の内容と決定的な証拠であるそれを素直に差し出すことは、敗北を認める事を意味していたのだ。
「あるだろう。個人的な恋文なら、俺とて見せろとは言わないが。曲がりなりにも俺の名前、俺の家を語るのであれば、その内容を把握しておくのは必要であり、義務ですらある」
「お前がっ」
 頭に血が上った。
(お前などがリュネストの主人であるものか! 港の娼婦の子供風情が)
 どうして言う事を聞かない。どうして貴族たるリュネストが平民如きに頭を下げねばならない。他の名家を脅かす役のために据えられただけの、使い捨てのカカシ風情が。
(私たちのやることに、口を出すな)
 それはリュネストのプライドをひどく傷つける行為だった。
 いっそここで殺すか。
 どうせ、退路などないのだ。
 最初の策ではトルガに気づかれる前にレシーと連絡を取り、既成事実とするはずだった。レシー本国の意向はその分家であるリュネストよりも優先され、彼らに貴族の籍を与えられただけのトルガの発言権よりも上になる。
 本国がそのように動いたのなら、家令の独断も本国の意を汲んで動いたのだと言う言い訳がたった。
 しかしこのタイミングで露見したなら、トルガには領主の名を語ったジョアンを罰する権利があり、その証拠が揃ってしまう。
 卑き身分の商人風情が、だ。
 懐に手を伸ばす。そこには書状以外にも、もう一つ隠してあるものがあった。護身用の短剣だ。
 次は、もっと優れた主人を立ててくれるように、レシーに頼もう。