紅葉でも見に行こうか。と五つ上の彼が提案したのは先週のことだった。乱太郎が大学進学を機に五つ上の彼と同棲をし始めて早三年が経過すると、いつも一緒にいるからか同棲前のどこかに出かけたりすることがスーパーやショッピングモールという場所になり、お家デートも帰る家が一緒だから新鮮味がなくなってしまっていて、たまには遠出してみたいな…。と乱太郎が無意識に零したのを聞き逃さなかったらしかった。
乱太郎が何気ない一言を零したのは五つ上の恋人である伊作とお風呂から出てまったりしながらテレビを見ていた時のことだった。
テレビの画面には今が見頃!紅葉名所ランキング!というテロップが表示され、全国各地の紅葉スポットが色んな採点基準を経てランキング形式で発表されていた。
「紅葉かあ…。そういえば、もうそんな時期になるんだね。」
伊作はテレビ画面を見ながら乱太郎に寄りかかりながら呟くと、乱太郎はそうですねぇ。と頷きながら答える。
この前まで暑い暑いと半袖を出していたのに今は朝起きるともう冬なのではないか?と凍えるように寒く、秋という季節が消滅してしまったのではないか?と思うほどだ。
すでにふたりの住処では机はこたつに変貌してしまっており、もう冬支度が開始されている。
そうか、今の季節って秋なのか…。…確かにそういえば大学へ行く通学ルートのイチョウももうすぐ満開だったなあ…。なんて思いながら、テレビに映っている紅葉スポットに釘付けになっている乱太郎は、ポツリ。と独り言を零してしまったのだ。
…たまにはこういう所に行って、遠出してみたいな…。と。乱太郎は無意識にその言葉を発してしまっただけで別に伊作と居られるならスーパーでも、ショッピングモールでも、こうして家に居られるだけでも十分幸せであった。
けれど伊作は、乱太郎が普段口にしない「遠出してみたい。」という言葉を聞き逃すことなく、次の日の朝、三限目から授業がある乱太郎が遅い時間に起きると朝からゼミがあると言っていた伊作はもう居なかったが、こたつ机の上に正方形の付箋と冊子があるのが見えてなんだろう…?と見ると紅葉スポットの名所の場所とホテルが印刷してある冊子の横に、どこに行きたいか目星つけておいてね。という伊作のメッセージが貼ってあった。
ほぼ無意識に遠出したいなどと呟いた乱太郎は、現在ゼミ発表で忙しいはずの伊作がどうしてこのようなことを計画するんだろうと頭の中に疑問符が飛び交っていたが、突然降って出てきた遠出チャンスに心を躍らせ、検索エンジンに昨日見たテレビ番組のランキングと照らし合わせながら行きたいところを検索するのであった。
「わあ、綺麗~!」
乱太郎は赤や黄色、オレンジに染まった見頃である木々たちを目の前に、両手を広げくるりくるりと回る。それを見ている伊作は乱太郎と髪の毛と同じ色のついた落ち葉を取り除いてやりながら、楽しんでくれてよかった。と笑った。
あれからふたりは自分たちの住んでいる場所からずっと遠くにある場所へ行こうということになって、少し有名な紅葉が綺麗な名所へと足を運ぶことに決め、平日の中日にドライブをするついでに泊まり込みで行くことになった。そこは二人が暮らしている都会を離れ、段々と都会から田舎へと移り行く景色を窓から見ながら山奥へと入り、目的地である紅葉が綺麗な温泉街のある場所へと到着した。
ふたりが泊まる予定の温泉街の中にある旅館の見晴らしのいい部屋の窓からは赤やオレンジ色に染まったまさに秋景色といった山全体を観賞することができ、まさに紅葉狩りにうってつけで、ゆっくりと時間をかけて紅葉を観賞することができる所であった。
運よく平日の中日に予定を合わせることができたふたりは土日の人込みを避けることができ、人が疎らな温泉街を散策しながらゆっくりと、のんびりと紅葉を堪能できていた。
「しかし伊作さんが紅葉を見ようだなんて、どういう風の吹き回しなんですか?」
先にチェックインを済ませて荷物を置き、旅館を出たふたりはまず温泉街近くにある神社へのお参りコースへ向かい、お参りを済ませてから温泉街で買い食いをしながらのんびりと散策をしている中で乱太郎が伊作に対してずっと気になっていた質問をする。
最近の伊作はゼミで研究発表があり忙しそうにしていて、一緒に住んでいるというのに何日も姿を見ていない日もあった。
それに少し寂しさを感じながらも伊作さんの邪魔にはならないようにと距離感を保っていたはずなのに、急に忙しいはずの伊作から紅葉を見に行くからどこに行きたいか目星を付けておいて。というメッセージを見た時は嬉しさもあったが驚いたものだ。
だって伊作はあまりこうした季節ものに疎いので春のお花見だって、夏の避暑地にいくのだって全部乱太郎からの誘いだったから、先に伊作から紅葉を見に行こうだなんて言われるなど夢にも思わなかったのである。乱太郎からの素朴な疑問に伊作は照れくさそうに頬を掻きながら口を開く。
「あはは。やっぱり不思議だったかな。…ま、まあ、きみの喜ぶ顔が見たくなったから、かな…?」
伊作からの思わぬ答えに乱太郎はきょとんとした表情を見せると、えへへ、嬉しいです。と顔を綻ばせる。伊作に笑顔を向けながら、温泉街に満開に咲き誇る紅葉を見ながら伊作の数歩先歩いていると、突然の伊作から力強く手を引かれる。どうしたんですか!?と慌てて後ろを振り返ると、慌てた伊作がご、ごめん。と乱太郎の手を離した。
「あ、なんか乱太郎と紅葉がね、同化して見えちゃって…。」
なんだかね、自分でもよく分からないんだけど、連れ去られそうになっちゃいそうで、怖かったんだ…。えへへ、ごめんね、痛かったよね。という伊作に乱太郎は目を丸くさせる。
「…伊作さん、やっぱり疲れているんじゃ?」
「そ、そうかなあ……?」
だってぼーっとしてる時に、空とか海とか見つめていると一緒に溶け込んじゃうじゃない?…。あれみたいな感じでね、なんか乱太郎と紅葉が溶け合っててもおかしくはないかなーみたいな。現にほら、乱太郎の髪の毛もここに落ちている葉と色と似てるじゃないか…ね?という苦笑交じりに応える伊作に乱太郎はそれが疲れているっていうんじゃないですか!?いますぐ旅館に帰りますよー!と、ぷくぅと頬を膨らませながら旅館へと帰る道のりを急かす。
そんな乱太郎を見た伊作は、あはは、大丈夫だって。と乱太郎の自分を急かす腕を軽く引っ張り、自分の方へ引き寄せた。抱きすくめられた乱太郎は突然の伊作からの行動に目をぱちくりとさせながら顔を上げると、困ったような顔をしながら乱太郎の額に唇を落とす伊作と目があった。
ちゅ、という音を立てながら離れていった伊作の唇と自分の額の間で紅葉がひらり、と落ちていく様を瞬きひとつせずに凝視する乱太郎。
「ね、せっかくなんだし、ちょっとだけでもゆっくり紅葉を見ていかない?こんな風にゆっくり過ごせるのも、なかなかないでしょ?」
伊作が自分のことをカフェオレにたくさん砂糖を入れて溶かしたあの甘ったるい胸やけがするような、バターが熱でとろけるようなとても甘ったるい瞳で見つめる目線に乱太郎はうう……と唸りながら、紅葉を見たい気持ちは分かってはいるけれど、伊作さんが心配なんです……。と彼に対抗するように乱太郎は小さく唇を尖らせる。
「ね、お願い。僕と一緒に少しだけでいいから。ね?」
乱太郎と一緒に楽しみたいんだ……だめ?と伊作の懇願するような言葉に、乱太郎の手を包み込む彼の攻撃に乱太郎はあえなく陥落してしまった。
「……わ、わかりましたよ……。」
「じゃあ、行こっか?」
乱太郎が折れたことが分かった伊作は嬉しそうににっこりと微笑むと、乱太郎と手を繋ぎ直し紅葉が落ちてできた赤とオレンジが混ざった落ち葉のカーペットみたいになっている地面の上をゆっくりと歩き始める。
乱太郎が伊作の方をチラリと見ると、嬉しそうに柔らかく微笑みながら乱太郎を見る伊作の眼差しと合わさった。その優しい瞳に乱太郎の鼓動は跳ね上がる。
どくん、どくん、と高鳴る胸の内を悟られないようにするため、慌てて顔を逸らしながら俯いて耳まで真っ赤に染める乱太郎に伊作は耳も顔も真っ赤に染まるとやっぱり紅葉みたいだね~。と言って乱太郎の耳朶を指でくすぐるように触れる。くすぐったくて身体を縮こまらせた乱太郎は慌てて伊作に言う。
「み、見つめられたら恥ずかしいので!紅葉見てください!」
紅葉を見るためにここまで来たんでしょう!?と声を荒げる乱太郎に伊作はくすくすと笑いながら乱太郎の腰を引き寄せて、そうだったね。と隣にいるかわいい恋人を宥めながらまたゆっくりと歩き始めたのだった。
了
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