音無 馨(おとなし かおり)
2025-11-24 21:04:09
6417文字
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【花と太陽と雨と】(インジュナと異インジュナオ意識)

終章前にやっとこうなんちゃってお別れ会。こういうのやりたいこういうネタ見たいの詰め合わせ大味セット。悲愴感はあんまなく前向き。インジュナと異インジュナオを匂わせる程度で家族愛でも読める。生産元がアレなので注意書きしとくけどね。タイトルはとあるPS2須田ゲーからまるっと引用、イメソンも同作ゲーの『アナタノタメニ』です。聴いてね!

『すべて』が終わる、唐突に。
白紙になった地球に色が戻る、色を失った時同様の性急さで。



シャドウボーダーの窓から遠く外を眺めている芸術家系のサーヴァントたちはそれを『白く塗り潰されたキャンバスの表面を削って絵が出てくるみたいだね』と例えていたが、アルジュナはバラバラにされたジグソーパズルを仕上げていくような感覚だと思った。隙間なく、ぴったりと、埋まっていく穴。そうして今の今までバラバラのピースの中に入り交じっていた"余分なピース"はそのまま汎人類史という絵図に混ざり込めず、消えていく。

すなわち、不安定な時空ゆえに成立していたものもあるべき姿に還る。異聞帯を出自に持つサーヴァントたちが、そうであるように。


「アルジュナ」

背後から己を呼ぶ声に、引き上げられる意識。思考の海に茫洋と任せるまま廊下に佇んでいたアルジュナの横に、父神・インドラが並んだ。天高い背を屈め、アルジュナを窺い見る目は心なしか、普段の力強さは なりを潜めていた。

「行くぞ」
……はい」

どちらともなく歩き出す二人、少ない口数。今となっては懐かしいような空気。かつてインドラが現界した頃といえばアルジュナに面と向かえば内なる気恥ずかしさから閉口し、それを真に受けるアルジュナも己の態度を示しあぐねていたものだった。気まぐれだと思っていた神の出現と滞在はいつしか日常のものになり、当たり前になった。今この場にはいない一人の青年の存在と共に。何と得難い奇跡だっただろう。そう、奇跡だった。ならばやはり、刹那の煌めきだ。いっとうの輝きを放ってその終幕は等しく訪れる。 

──今日がその日だった。


アルジュナオルタ もうひとりの私

インドラとアルジュナが歩を進めた場所。朝靄の中、シャドウボーダーの甲板に佇む影が振り返る。赤とも青ともつかぬ淡い空の色と同化するように滲むアルジュナオルタは既にこの汎人類史 せかいから隔絶されているようで、アルジュナは鼻の奥がツンとする感覚を覚えた。

「お待ちしていました。アルジュナ、インドラ神。……嗚呼、別れの挨拶が交わせるほどの猶予を頂けたことに、感謝せねば」
……何を見ていたんだ?」
「色付くこの地を、眺めていました。……ご存じの通り私は異聞帯 向こうではこうして空から地を眺めることが多かったですから」

そうしてまた、アルジュナオルタは地を見遣る。その瞳は愉しげにも、寂しげにも見えた。

「私の世界にも、この様な未来があったのかとも……少し、思っていました」
「───!」

神として君臨したアルジュナオルタと率いた民が迎えられなかった世界。一度目は剪定され、二度目はカルデアの手で閉じられた、世界。己の立場をありのままを受けとめてカルデアに助力を惜しまなかった彼が、夢想の“たられば”を思うほど、引きずられている。アルジュナは静かに握り締めた手をゆっくり開きながら努めて穏やかに口を開く。

……我らが神々の王たるインドラ神の御前で、このようなことを言うのは不敬であること。責めや咎は後ほどいくらでも受けましょう。それでも今は……どうか言わせてください」

側に立つインドラはそれを聞きながら、敢えて無言でアルジュナを見返した。そこには普段の威圧もなく、促すような鷹揚さがある。これまでの数多の交流で、アルジュナもインドラが向ける瞳の意図を正しく掴める程度には、互いを理解することができていた。

「貴方と初めて会った時、貴方の成り立ちを知った時、そして……貴方の居た世界の話を貴方から聞いた時──何度も言ったかもしれないが、私は……貴方の選択を尊重したいと思っている。貴方があの日抱いた覚悟、成した わざ、罪も罰も……その全てを」
……お気遣い感謝します、私にとっての理想の あなた。いけませんね、今更終わりを実感して感傷的になっているのかもしれません」

アルジュナオルタはそう呟いて苦笑すると、先ほどまでアルジュナが固く握っていた両の手の指に絡めるように己の手の指を差し込み握り込んだ。互いの体温が移り合って、同じ温度を共有する。静謐で侵し難い時間だった。

ここまでじっと黙って二人のやり取りを見つめていたインドラは、不意に周囲の空気を検分するように見回したあと、静かにアルジュナオルタの前に進み出た。

「頃合いだな」
……インドラ神?」

いつとも知れぬ別れの瞬間が訪れるまで、このままかと思っていたアルジュナも目を瞬かせて父を見た。インドラの目は真っすぐアルジュナオルタを見つめ、常にない緊張感すら浮かべていた。

「在るべき姿に修復されていく不安定な今だからこそ、できることがあるだろう。…… オレからおまえへの、贈り物だ」

インドラは浮遊して同じくらいの視座にあるアルジュナオルタの顔を両の手で包み込むと、自身の顔に近付ける。互いの額が触れ合った瞬間、キィン──と高い音がして目の前が白く発光した。アルジュナはあまりの眩しさに驚いて目を逸らしたが、手を眼前に翳してすぐ見返した。すると、先ほどまで三人しかいなかったはずの場所に一人、人が増えていた。アルジュナオルタの横に、誰かがいた。

……え」

驚愕し狼狽えるよう顔でインドラが立っていた。今、アルジュナの横にいるインドラと違い、本人が表すことを忌避していたあの姿で。──瞬間、察した。おそらくこれは異聞帯のインドラだ、と。

「あ、……インドラ神、いったいどうやって……!?」
……異教の神の遣いがいたであろう。ノアと言ったか……?以前あの男がカルデアに試練を仕掛けてきた時、シャドウボーダーの船長をしている方のネモがノアの中にいるネモに己の霊基を貸し出したことで、一時的にノアとは別に顕現できたという話を聞いておったからな。……フッ、まさかここで霊基を削った経験が生きるとは」

インドラ──もとい汎人類史側のインドラは、己の手の平を見つめるように眺め、そして静かに握り締めるとアルジュナオルタともう一人のインドラ、異聞帯側のインドラを見据える。

「今この瞬間だけ、 オレの霊基を一時的に切り分けた。 オレの影響で異聞帯の オレアルジュナオルタ おまえの中で目覚めているのであれば、賭けに出てみるのも一興だとな……存外上手くいったぞ。さすがは オレだな?」

汎人類史側のインドラはそう言って、やや歪な笑みを浮かべる。苦し紛れに無理矢理笑ったような顔は、湧き上がる感情を押さえ付けているのも自明の理だった。

「最後くらい、抱き締めて共にカルデアをちたいだろう……貴様も、オレなのだから」

そう投げかけられた声に呼応して、異聞帯のインドラはまさに雷に撃たれたかのように目を見開いて、すかさず隣のアルジュナオルタを潰してしまうかと思うほど強く抱き締める。状況がいまだ飲み込めず、されるがままだったアルジュナオルタもだんだんと実感が湧いてきたのか、先ほどまでの達観した振る舞いが解けるようにみるみる表情を崩していく。

……ッ、アルジュナ……アルジュナ!!」
……ああ、父上……!!」

押し殺すような声を漏らしながら、互いをしっかり抱き締め返す。その光景に堪らなくなって目が潤み、涙が膜を張るアルジュナを知ってか知らずか、インドラもアルジュナの肩に手を回し引き寄せる。それに気付いたアルジュナも肩に置かれたインドラの手に自分の手を添え、強く握り返した。この世に二人としていないはずのアルジュナとインドラが、度重なる奇跡の果てにカルデアで出逢った。一つの選択の違いで歩んだ道もその結果も、姿すら大きく変容した『可能性の世界』。それでもアルジュナで、インドラであれば変わり得ぬ『愛』がここにもあったことを目にして、ただ静かに噛み締めた。

アルジュナオルタと異聞帯のインドラの姿が差し込む日の光の中に煌めくまま透けていく。ようやっと抱き締める腕を緩めた二人は困り眉で恥ずかしげに微笑みながら、汎人類史のアルジュナとインドラを交互に見て、共に深々と礼を述べる。その姿がなんだかそっくりで、アルジュナは『自分と汎人類史のインドラ神も、他人からはそう見られているのだな』と場違いな感慨を抱いた。

「ああ……頃合いですね。私たちとカルデアとの旅路は、もうすぐ終わる」
「帰る異聞帯せかいもとうに無い。どうせオレたちはもう、何処にも縛られぬ存在なのだから……好きなところに行けるな」
……!!、そうですね。一緒に、どこへでも」

くしゃりと笑った異聞帯のインドラの軽口に、ハッと気付いたようにアルジュナオルタも笑って返す。

「だから、そう……アルジュナ もうひとりの私、そしてインドラ もうひとりの父上……さよならは言いませんよ。ただ──ありがとう。また、いつか、どこかの果てで」

昇る太陽の光と消えゆく二人の輝きが重なって、一際強い輝きを放つ。汎人類史側で見送るインドラとアルジュナは眩む目を閉ざさずその最期の瞬間を見届ける。対する異聞帯側の二人は、手をしっかり握り合ったままカルデアから去った。先ほどよりも白み始めた空が、ここで起きたことのすべてが何もかも夢であったかのように嘯いていた。



──実際問題、異聞帯を生きていた二人がどこへ行くのかは誰にも分からない。こちらの推測通り跡形もなく消えてしまうのか、実は抜け道があって本当に世界の くびきから解かれて自由になっているのかもしれない。なにせ蒼輝銀河 サーヴァントユニヴァースなる突飛な世界だってあるのだ。案外そちらに旅立ってしまうのかも、なんて。夢は、あった方がきっといい。



……インドラ神、アルジュナオルタ もうひとりの私のことも、向こうのインドラ神のことまで……本当に、ありがとうございます。先ほどは彼の為に差し出口をしてしまいましたが……神々の王の尊厳に傷を付ける非礼なる言葉の数々、どうか──」
「今からオレが言うのは独り言だ」
……え?」

脈絡のない返事が降ってきて思わずインドラの顔を振り仰ぐ。きょとんと無垢に見上げるアルジュナに対して気恥ずかしさが徐々に上回りながら、インドラは咳払い一つしてもう一度言った。

「独り言だ、聞き流せよ」
「は、はい」

妙な気迫に追い立てられ居住まいを正したアルジュナの耳に飛び込んできたのは、意外な言葉だった。

……オレも尊重してやりたいと思う、向こうのオレを」
「あ、………ッ」

独り言だと言われた以上、聞き流すふりをしなければ。アルジュナは反応しそうになってさっと手の平で口をつぐむ。

……過程はどうあれ、アルジュナのためにすべてを なげうった、アルジュナのためにただのインドラとしてその命を使えた、向こうのオレの、アイツの選択を……認めている。いや、これは……羨んでいるのかもな」

インドラの内から顕れる、飾らない本音、剥き出しの心。与えられて、触れて、呼応するようにアルジュナからも内なる想いが溢れ出す。

………でも今ある私も貴方も、その選択を取らなかった。私たちには多くの責務があった。矜持があった。私たちは私たちだけのものではなかった。苦しくても哀しくても、私は、私たちはあの選択を取らなかったけれど……でも、そうでなければ、そうでなければこうして想いを通じ合わせる機会を、貴方と共に肩を並べて戦い歩む日々に至れなかった」
……独り言だと言ったぞ」
「では、私も独り言ですよ」

インドラの言い訳を引用するように前置きする。

……私自身が生前感じたあの日々の幸福を、喜びを、哀しみや苦しみ、葛藤のすべてを、否定しません。そして、私や皆が懸命に生き抜いた日々が今に繋がることをカルデアとの旅路でたくさん、それはもうたくさん。教えてもらい、知ることができました。──だから、」

アルジュナはくるりとインドラに向き合うと、かねてより伝えようと思っていた己の身の振り方について意を決して宣言した。

「インドラ神。私はマスターやマシュ、カルデアの善き人々が戻り生きていくこの世界の為に、その先に続く人類のために……当面はサーヴァントとしてあり続けたいと思っています」
…………やっぱりそうなるのか、」

はあ……とわざとらしいほど大きな溜息を吐いたインドラは、その精悍な顔立ちに似つかわしくない子どものような拗ねた表情にすげ変わる。

オレはさておき、おまえは……それこそ生前と違って何のしがらみもないだろうが……そろそろ オレのもとで共に憩うこともだな……
「魅力的なお誘いですが……申し訳ありません」
「魅力的だとは思っているのか?なら……
……父様 ・・は、私の嫌がることはなさいませんよね」
……………………………………。」

長過ぎる沈黙が二人の間に横たわり、異様な緊迫感に包まれたアルジュナが少々焦って聞き返す。

「え、なさいませんよね……?」
「チッッッッ……クソ……我儘なこったな!!わあったよ!!」

思い切り地金を晒しながら、インドラは本当に渋々といった具合で了承した。その間に凄まじい葛藤があったのをアルジュナもインドラの表情から垣間見たが、触れぬが仏……もとい インドラ。突っ込みはしなかった。

……私も貴方もこれから一介のサーヴァントと、神に戻りますが……もし人類が次のステージに歩みを進めて、宇宙 そらを渡り、我々の役目が終わる時には約束します。私は、貴方の息子、アルジュナは──」

「必ず貴方のもとに」「必ずオレのもとに」

食い気味に飛び出した互いの台詞の音も拍もピタリと重なって、二人して大きく吹き出した。

「ええ、必ず!いつになるかは分かりませんがどうか、末永くお待ち下さい!」
「フン、待つのには慣れている」
「さて、本当でしょうか……

今となっては空を割ってでもカルデアに降り立ったインドラの真意が汲み取れているアルジュナは、訝しげな目でインドラをじっと見つめる。視線の圧に押し負けて、インドラはバツが悪そうな顔でおそるおそる尋ねる。

「なんだ……その、たまに顔を見に行くくらいはよかろう?」
……まあ、いいですけど……今度は空を割らないようにお気を付けて、そして降りてきた先でトラブルを起こされないのであれば……
「神が降りてきた所でその威光を仰ぎ見んと信徒が集まれば意図せぬトラブルが起きることも無理からぬことであろうが」
「起きるまではさておき、起きていると気付いたらお諌めくださいよ……

やれやれと肩を竦めて首を傾げるアルジュナを、インドラは得意気な表情で見つめる。

「フ……そこは出来のいい我が息子が何とかしてくれるのだろう?」
「はあ……貴方の降り立つ所にアルジュナ在り、なのであればもちろん、このアルジュナが降り立つインドラ神の万難を排すため尽力致しましょう」
「それで良い」

次が楽しみだな、と仮にも現代においてなお信仰を集める神々の王の責任感はどこ吹く風、悠長なことをのたまいながら踵を返すインドラの背を見つめてアルジュナは深々と腹の底から息を吐く。

「まったく、退去する時は何をしてでもカルデアで学んだ『インドラ神対処法百選』を座に穴を開けるくらい刻み付けて、次に引き継げるようにしておかないと……



そう自嘲しながらインドラの背を追って腕を取り、二人でシャドウボーダーの中へからからと笑いながら駆けてゆく。その裏で、汎人類史のパズルのピースが静かにカチリと最後の音を立てて嵌った。

もう誰も後ろは振り返らなかった。