第25回お題「惚れ直す」

両片想いの赤安。無自覚れいくんがヤキモチを? なお話です。モブキャラがいます。

 冬への入口に差し掛かった頃。朝晩だけではなく、昼間も冷たい風に出会うことが増えてきている。
 赤井は愛車で警察庁へ行き、各国の捜査官の集まる会議へと向かっていた。
 降谷とは付かず離れずの関係が続いている。完全なプライベートの時間で会うことはなく、現場や会議室で顔を合わせることがほとんどだ。
 何よりも仕事が最優先である自分たちにとって、組織の人間に動きがあると、まずプライベートな時間は消し飛ぶ。プライベートな時間が無くなることは惜しくもないが、降谷と仕事以外で会う機会がないのは、正直、物足りなさを感じていた。
 会議室へ入ると、すぐ目の前に人だかりができているのが見える。日本で一緒に仕事をしている仲間と、本国にいるはずの仲間が入り混じり、久々の再会を喜び合っていた。
「そういえば、増員の話が来ていたな」
 人だかりの中心にいた三人が、こちらに気づいたようで駆け寄って来る。メイソン、エミリー、ナタリー。いずれも顔見知りだ。
 メイソン、エミリーと握手を交わしたあと、「シュウイチ、久しぶり!」と、ナタリーが飛びついてきて、自分の左手を力強く両手で握った。
 ナタリーは人懐っこい性格をしているため、誰にでもこうして接触してくる。自分たちはすっかり慣れ切っているが、ここ 日本にいる人間はそうではない。案の定、日本側のメンバーが珍しいものでも見るようにこちらを見ている。ナタリーは場の空気を察し、さっと自分から離れた。
 ふと強い視線を感じて、赤井は背後を振り返る。そこには、降谷がいた。ノートパソコンを片腕に持ち、眉間に皺を寄せて立っている。一瞬だけ目が合うとすぐに、降谷はふいと視線を逸らして、会議室の前方へと歩いて行った。
 彼の姿はよく目立つ。降谷を見るのが初めての三人は、降谷が颯爽と歩いてゆくのをじっと目で追っていた。
「彼が、フルヤレイ?」
 メイソンに問われて、赤井は頷く。
「すごくカワイイ人ね!」
「ええ、とってもキュート!」
 エミリーとナタリーの女性二人が、降谷の容姿を見て盛り上がっている。一方、男性のメイソンは、「君達の声は大きいから、彼に聞こえるよ」とたしなめた。
「間もなく会議を始めますので、着席してください。会議中は、緊急時を除き、携帯電話の使用を――
 時計は定刻を指し、会議開始のアナウンスが始まる。名残惜しそうにしながらも、各々が席へと戻って行った。

 会議を終えると、警察庁の近くにあるレストランで三人の歓迎会が開かれた。といっても、業務は続くため、飲酒もせず一時間程度ですぐに解散となり、各自が持ち場へ戻った。赤井は三人を連れて、警察庁の中を案内することになった。警察庁の内部に詳しい人間、ということで案内役に指名されたのだ。
 先程まで会議が行われていた会議室の前を通る。そこで、扉が少し開いているのが見えた。何か別の会議が行われているわけでもないのに、会議室の電気がついている。エミリーとナタリーが興味津々といった様子で、会議室の中を覗いた。
「「フルヤレイ!!」」
 二人が同時に声を上げる。見れば、会議室の前方に降谷がいた。降谷は驚いたような顔をしてこちらを見ている。
「あなた方は……
 降谷のもとへ歩み寄り、赤井は三人を紹介した。
「今日からここに配属になった、メイソン、エミリー、ナタリーだ」
「あなたの同僚?」
「ああ。それより、邪魔をしてすまない」
 彼の目の前にある広い机には、資料や写真が並んでいる。会議を終えたあともここに残って作業をしていたのだろう。
「いえ……そろそろ休憩しようかと思っていたので、ちょうど良かったです」
 降谷が机の上を片付けようと手を伸ばしたとき、彼のスマホのバイブ音が鳴った。降谷は目を見開き、すぐにスマホの応答ボタンを押す。
「はい、降谷。…………わかった。今からそちらへ向かう。現在の配置はどうなっている?」
「何かあったのかしら?」
 エミリーが小さく呟く。
 自分たちには何も連絡がないことを考えると、彼の管轄内で何かが起きたということなのだろう。
 降谷は通話を終えると、資料やノートパソコンをバッグに仕舞いながら言った。
「ご挨拶の途中で申し訳ありません。未解決事件の犯人の居場所が判明したので、僕は今からそちらに向かいます」
 降谷がバッグを持って駆け出そうとする前に、赤井は降谷の前に立った。考えるより先に、身体が動いていた。
「俺も一緒に行こう」
 降谷は戸惑うように目を揺らしたあと、自分からそっと目を逸らした。
「あなた方には関係ありませんので……
「組織と関係があるかもしれない」
「断言はできませんが、おそらく組織とは関係ありま――
 降谷が言い終えぬうちに、赤井は言った。
「現場から離れた場所で静観している。それなら良いだろうか」
……わかりました。場所は、あとで送ります」
 押し問答をしている間も惜しいと思ったのか、降谷が了承する。
 赤井のスマホに降谷から地図が送られてきたのは、およそ三十分後だった。

 赤井はライフルを持ち、デパートの屋上にいた。現場である雑居ビルから距離はあるが、位置的に様子を見やすい場所だ。しかし、時折風が吹き、冷たい空気を運んでくる。少し肌寒い。支障はないが、引き金を引く左手だけは、スラックスのポケットの中で暖めることにした。
「静観、ねぇ……
 今すぐにでも撃てる状態にある赤井のライフルを見ながら、メイソンが呟く。
 反対方向では、エミリーとナタリーがベルツリーにスマホを向けて写真を撮っていた。
「メイソン! ベルツリーよ!」
「ねぇ見て! 青、白、赤に光ってるわ!」
「頼むから、シュウイチの邪魔だけはするなよ」
 メイソンが双眼鏡で現場付近の様子を観察しながら言う。まるで妹が二人いる兄のようだ。
 赤井はスコープ越しに、雑居ビルの様子を眺めた。今回、自分たちは部外者であるため、現場の様子が無線などで伝わって来ることはない。
 だが、複数の警察関係者が、ビルの中へ突入するタイミングを狙っていることはよくわかった。
 指揮を執っているのは、降谷だ。
 一瞬、金属が夕陽を弾くような光が、スコープ越しに鋭く過った。
 嫌な予感がして、赤井は周囲を探る。そして、雑居ビルに向かってライフルのスコープを向けている人物を見つけた。狙いは、指揮を執る降谷か。赤井がその人物を視界に捕えたあと、一呼吸遅れてメイソンが声を上げる。
「フルヤたちは気づいていないぞ!」
 このままでは彼らが突入する前に、降谷が撃たれてしまうだろう。赤井はライフルを持って立ち上がった。風が吹いているので、タイミングや角度の調整が必要だ。ライフルを構えると、「そういえば、発砲許可って出てるんだっけ」とエミリーが小さな声で呟く。メイソンがゆっくりと左右に首を振るのが見えた。
「許可は得ていないが――そんなことは、あとでどうとでもなる」
 赤井は引き金を引いた。風を切る音から少し遅れて、狙い通り標的の利き腕に命中する。
「さすがだな、シュウイチ!」
 ライフルを下ろすと、メイソンに肩を叩かれる。
 現場から数人が、負傷したスナイパーのもとへ向かうのが見えた。何が起きたのかを瞬時に理解した降谷が、指示を出したのだろう。
 数分後には残ったメンバーで現場へと突入し、犯人を確保するのが見えた。そして、十分後。正体不明のスナイパーも確保された。このスナイパーは、警察の動きを事前に把握していた可能性がある。降谷によって、根こそぎ聴取されるに違いない。
 隣では、ナタリーが双眼鏡で現場付近の様子を見ていた。緊迫した状況でもマイペースを貫く彼女は、ひらひらと手を振りながら現場へと合図を送る。現場からはそこそこの距離があり、声も届かない。気づくのは降谷くらいだろう。降谷の邪魔にならないよう、赤井は彼女の双眼鏡を取り上げようと歩を進める。
 すると、降谷と目が合ったらしいナタリーが、「あっ、フルヤ~~!!」と声を上げた。ところが、降谷の反応は乏しかったようで、ナタリーは肩を落とす。
……なんか元気ないみたいね。もしかして、ヤキモチかしら?」
 聞き間違いかとも思える言葉が聞こえてきて、赤井はナタリーに聞き返した。
「ヤキモチ?」
「フルヤの位置だと、私達がふたりだけでいるように見えそうでしょ?」
 ナタリーの言う通り、位置的に降谷からはそう見えてしまうだろう。
「そうだとして、なぜ降谷君が嫉妬していると思うんだ?」
「え? だって、シュウイチとフルヤ、付き合っているんでしょ? それに、なんかしょんぼりしてたし……
 仮に自分たちが本当に恋人同士だったとして、降谷が落ち込んだ表情をしていたというならば、“ヤキモチ”という言葉が現れても不思議ではない。だが、事実とは少し異なっている。以前、降谷の言っていたことを赤井は思い出した。自分たちは“そういう関係”にある、と周囲に誤解されているのだと降谷は言っていた。降谷に恋情を向けている自分にとって、それは“誤解”ではない。正確にいえば、“まだそういう関係ではない”ということになる。まさか本国にまでその話が伝わっていようとは思いもしなかったが、外堀が先に埋まってゆくこの状況は、まるで追い風が吹いているようでもあった。
 と同時に、降谷の心の内を知る術がないことを、ひどくもどかしく感じた。

 現場が落ち着きを見せ始めた頃。三人を連れて赤井は現場へと向かった。自分たちの存在に気づくと、降谷が少し駆け足気味でやってくる。
「なぜ許可なく発砲を――と言いたいところですが、おかげで助かりました。ありがとうございます」
 降谷が両手で自分の左手を包み込む。まったく予想もしていなかった反応に、赤井は目を見開いた。
 一般的に、感謝の気持ちを伝えるために握手をするのは、よくあることだ。
 しかし、降谷は普段そんなことはしない。降谷の場合、それはおそらく別の意味も併せ持つ。
 降谷の心の内に“ヤキモチ”という感情が本当に芽生えているとするならば――少しでも自分に近づこうとする感情の表れなのかもしれない。
 もし違っていたとしても、どちらにせよ、降谷が自ら触れてきたことに変わりはないといえる。
 降谷の精一杯な気持ちを見せられたような気がして、赤井は激しく心を揺さぶられた。
 降谷の指先に、わずかに力がこもったのを感じる。それだけで胸が高鳴り、自分がいかに彼に夢中なのかを思い知らされる。
 今すぐにでも、降谷を抱き締めたい。そんな衝動に突き動かされそうになりながらも、現在の自分たちの関係を思えば、踏みとどまるしかない。
 降谷の手は冷たかった。しかし触れ合っているそこは、ゆっくりと確実に熱を帯びていった。