Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
whityyokko_hkg
2025-11-24 01:39:12
8477文字
Public
Clear cache
いい夫婦の日いい兄さんの日
現パロ。モブが語る村正とグリムとオーダーリング
「あの、もしかしてグリムさん、ですか?!」
俺は、待ち合わせ場所で人目を集める美丈夫に恐る恐る声をかけた。
「おうよ! 初めまして、な気がしねぇなアンタ」
「ネット上ですけど長年のお付き合いですからね」
グリムさんは、SNS上のやりとりから親しくなった人で、オンライン販売に出しているメンズアクセサリーを初期の頃からずっと買ってくれてる常連さんだ。俺の方も彼が時々画像をアップしてるハウスグリーンを譲ってもらい、商材撮影の雰囲気作りに使わせてもらったり自室に置いて日頃の疲れを癒されている。
メール上のやり取りも簡潔かつ迅速丁寧、支払いでトラブったこともなく、いい関係を築いていると自負していたが、まさかこんな目立つ人だとは思っていなかった。
近寄ってくる長身は少し見上げないと視線が顔に届かない。あ、この人俺より年上だ。目尻の笑い皺が年齢の壁を超えてチャーミングなの強い。人を萎縮させないけど圧倒するオーラが出てて、責任のある役職かなんかしてんだろうなというのがビンビンに伝わってくる。しかも外国人なのに日本語うっま! 顔ちっさ!
秋空みたいな澄んだ青い髪、それから紅葉の濃い赤を濃縮した瞳が俺を見てニコリと弧を描いた。整いすぎて冷たい気がする顔は相好を崩すと人懐っこそうで柔らかい。目と目があって一瞬心臓が止まった。直後からは動悸が煩いくらいがなっている。
握手する手は冷たく乾いてそうな白さなのに全然そんなことはなくて、適度に温かく、でも硬くて力強かった。握られた手をブンブンと振られる。モデル体型かと思いきや、結構ガタイいいな。腕周りが太い。グリーンインテリア扱ってるだけあって体力ありそうだなこの人。
「会えてよかったぜ! 思ったより人が多くてよ、ここまで来るのに時間かかっちまったわ」
「こちらこそお待たせしてすみません。実はその、イベントから抜けられなくて」
俺が来た方向を見てグリムさんはちょっとだけ眉を顰めた。海外ドラマみたいな動きが様になるったらない。イケメンは何しても似合うって本当だ。
「トークショーだろ。確か抽選制かなんかの」
「当選者は整理番号順なんです。結構早い番号だったんで開場と同時に並びましたよ! なんたって千子村正の初登壇ですから!」
会場の混雑がいまだに続いているのもそのせいだ。植物の売買を中心にハンドクラフトも扱うイベントは毎回盛況なんだけど、こんなに人が入ってるのを見たのは参加しだしてから初めての事だった。業界でも一二を争う有名人のトークショーとあって、さっき終わったばかりだというのに、人の移動でごった返している。多分あれ雑誌とかも取材に来てたっぽい。
「アンタ、ファンなのか?」
「言ってませんでしたっけ?実は片手サイズの剪定鋏はシリーズをフルで揃えてるんです!」
「へぇ、ガチ勢って奴じゃねえか」
「鋏からなんで全然。刀剣類はさっぱりですし」
千子村正は、その界隈では有名な鍛冶師だ。本業は刀がメインだそうだが、刃物全般を取り扱う何でもござれな天才で、ある時から植木用の刃物を出すようになった。何でも園芸を始めたご家族用に作ったのが始まりらしい。今では、ここにいる殆どの人間がそのご家族に感謝してもし足りないくらい重宝する定番人気商品になっている。
村正さんの鋏や鋸で剪定した木は、虫がつかず後の生育が格段にいいと、植木職人から庭いじりやってる一般人まで広く知れ渡っている。その分お値段はなかなかのものだが、好事家に止まらない実用性が爆発的人気を呼び、今では村正工房印を知らない園芸好きはいないと言っても過言ではなかった。
俺はというと、グリムさんからの鉢植えは、専ら村正さんの鋏を使って手入れしている。一見何の変哲もないありきたりの剪定鋏だが、刃物の専門家が作っただけあって、手に馴染んで使いやすく、長時間使っても手が痛くならないし切れ味も鋭い。面倒な手入れも要らなくてすごく楽なのだ。しかも切り口が綺麗で、剪定した後から変な枝が伸びないし、残した葉の伸びと品質が段違いに良い。プランターの中で緑が小躍りしてる気がするくらいだ。
それでいて、機能一辺倒じゃない美しさも備えていて、ジュエリー製作で煮詰まったとき、村正さんが打った刃を眺めていると、気づいたら心が開けて天啓のように閃いたりなんかする。鋏を前に難関オーダーのアクセサリーが何度完成したことか!
村正印を知ってしまったら、もう他の鋏には戻れない。
気づけば俺はどこに出しても恥ずかしくない村正さん信者になっていたのだった。
そんな人気者の村正さんだが、本人はあんまり顔出ししない人で、雑誌や新聞の取材も殆ど受けない。写真も何かの賞を取った記念写真みたいな昔のやつが一枚あちこちで使い回され、まだ少年みが残る若い顔が10年近く掲載されている。たまに誰かのインタビューの余談でほっこりエピソードが伝わったりすれば向こう数年は追加情報も出ない。くだんの家族から始まる鋏の話しも別界隈の重鎮が勝手にポロリしたらしく、村正さんサイドは今だにノーコメントだ。でも次々に鋏がバージョンアップされ、それがユーザーの痒いところに手が届く改善だったりするから噂は事実なんだろうとみんな思っている。
そんな人が珍しくトークショーに登壇すると聞いた俺が飛びつかない訳がなく、ちょうどグリムさんもこのイベントに出展するって聞いてたから、一石二鳥とばかり俺は予定を組み合わせたのだが、予想以上に村正さんの人気は凄かった。ファン目線抜いても凄かった。正直まだ心臓がバクついてる。
見た目は写真とほとんど変わらなくて、若々しいというか年齢不詳な好青年風だった。ただ、オーラが半端なくて見た目で舐められることは絶対になさそうでもあった。
そこに来て初顔あわせのグリムさんが一生に一度見かけたらラッキーレベルの超美形なもんだから、興奮冷めやらぬところにカンフル打たれたのと変わらない衝撃で、俺の心臓はよく無事でいられるなと心配しているところだ。
当選100名の狭き門を奇跡的に突破した俺は、さっきまでいたトークショーブースから抜けるのに相当苦労した。トークが終わって村正さんがすぐハケたのも混雑回避のためらしかったが、当選の倍以上の落選組や野次馬がイベントブースを囲んで収集がつかなくなっていたのだ。これ系のトークイベントで規制退場かかるの初めてじゃないっけ?いやちゃんとアナウンス待つけども。
だが、そのせいで同じ館内の待ち合わせ場所まで到着するのに思った倍以上時間がかかってしまった。人でごった返すフロアから離れるのは、男ひとりでも結構大変だと社会勉強になった。
それにしても今日のトークイベ、最高だったな。羽織袴の正装でステージに立つ村正さんは匠のオーラが半端なくて、ぶっきらぼうに訥々と話すんだけどその声が優しくて温かくて真摯で、滲み出る人間性と深い造詣に俺も来場者も感激して、村正さんをもっと好きになってた。俺の一生の推しだ。
「なぁ、思い出に浸ってるところ悪いが、例の物は持ってきてるか?」
しまった! 人前でやってしまった! しかも俺の大事なお客さんで友達のグリムさんに! 待ち合わせにはちゃんと理由があるのだ!
「ああっすみませんっ! ご依頼いただいてた分ですよね! ここでお渡ししてもいいですか?」
バックバッグから収納ケースと依頼品を入れたジップロックを取り出す。中身を最終確認。間違いない。プレゼント用のペーパーバックにおまけのクリーニングクロスを入れて両手でお渡しした。
「大変お待たせしました」
「ありがとよ。アンタが作ったやつはどれも指にしっくりくるんだ。今回も最高だな」
袋から取り出したリングをぐるぐると検分したグリムさんはニカっと笑ってくれた。
気に入ってくださったのがそれだけでわかる。作り手冥利に尽きる瞬間だ。かわいい我が子を大事にしてくれるとわかってる人へお届けできるのは、この仕事を始めて知った最高の気分のひとつだ。
「オーダーのご要望に添えたならよかったです」
「石の持込みに革の指定といちいち煩い客ですまねえな」
「楽しかったですよ。創作意欲が湧きました」
グリムさんのオーダーは黒革のレザーリングだった。持ち込まれた透明度が高いゴールデンイエローの琥珀は、大きなカボションカットのど真ん中に松みたいな植物が入っていて希少価値が高いものだ。ネット検索して値段にビビったのも懐かしい。
「いい色だろ?あんまり気に入ったんで久しぶりに奮発したんだ」
自分だったらまず目にすることのないレア物をグリムさんは俺に預けてくれた。常連さんからの信頼に応えたくて、村正さんの鋏を歴代並べて製作に取り組んだが、その甲斐があったというものだ。それくらいグリムさんは嬉しそうで、俺は迂闊にも思わず訊いてしまった。
「大事な人へのプレゼントですか?」
見たことないけど鳩が豆鉄砲喰らったってこんな感じだろうな、って思うポカン顔してグリムさんが俺を見ている。大きく見開かれた目が真ん丸で、赤い虹彩がバッチリ見える。コスプレ以外で赤のカラコンつけてるどハマりする人っているんだな、と俺は場違いなことを思った。
「なんでそう思った?」
「サイズ指定が前と違うからご自分のじゃないなって。それにこんな最高級品質揃えてオーダー頼むのってよっぽどじゃないですか。女性って感じのデザインじゃないし、大切な人とかお世話になった方へかなって、思ったんだですけど
…
すみません。立ち入りすぎましたね
…
」
「いや、気にする必要ないぜ。お説ご尤もだ。そーだよなぁ。普通そうだわなぁ」
リングを贈る大事な人ってセンシティブな話題に踏み込んだ推理にもなってない俺の返答を、グリムさんは怒らなかった。恋人用ではって推測を口に出さなくても伝わってたみたいだ。
「アンタにもわかるならあいつならモロばれだよなぁ。うわ恥ずか死ぬわ」
独りごちるグリムさんは、わかりやすすぎたって反省会を繰り広げている。
「初顔あわせであの、なんかすみません」
「もう謝んなって! そもそもオレもアンタも何一つ悪い事してねえだろ!」
「でも、誰にも秘密
…
なんでしょ? その
…
お付き合いのこととか
…
。俺記憶全消去しますから! 口外も絶対しません! てか話す相手もいないし! 差し出がましいことしてほんとに申し訳ありませんでした!」
これだけわかりやすいオーダーで敢えて恋人ってワードを出さないってことは何かしら言わないなりの理由があるわけで、そこに踏み込んでしまった自分のノンデリに、俺の方こそ恥ずかしさで死にたくなった。しかも大事な友達の大事な部分に土足で踏み入るなんて最悪にも程がある。
場所的に土下座はさすがに無理だったけど、体を真っ二つに折ったみたいに俺は頭を下げた。誠心誠意。それ以外俺がグリムさんにできることはない。
ひたすら頭を下げ続ける体勢で、軽く肩を叩かれる。グリムさんの手がポンと肩口で跳ねた。
「顔あげてくれや、なぁ。で、よかったらちょっとばかりオレの惚気に付き合ってくれね?アンタの作品の感想も伝えてぇし」
頭上からびっくりするほど優しいイケボが下りてきて、俺は反射的に顔を上げる。
グリムさんはどっからどう見ても照れてますってわかる恥じらい顔で俺を別所に促した。イケメンの照れ顔に心を奪われた俺は、フラフラとグリムさんについていくしかできない。グリムさんってつくづく破壊力半端ない人だ。それでいてなんだか目が離せないんだよな。恋人さんもきっとそんな感じかもしれないと不遜にも思わせる隙があって、俺は頼もしい友人が初めて見せてくれた素顔にコロリと参ってしまった。
休憩スペースの外れ側にテーブルを確保する。缶コーヒーの蓋を開けながら、グリムさんが今回の注文のきっかけを教えてくれた。
たまたま見かけた琥珀のルースが恋人さんの目の色にそっくりだったんだそうだ。
「あいつの目みてぇって思っちまったら何が何でも欲しくなっちまってな。ちょうどご褒美用意しとくかってタイミングだったし、アンタに任せりゃ確実にいいのが出来上がるからよ。つい魔が刺しちまって」
「そんな風に思っていただけて光栄です!」
俺は食い気味にお礼を言った。
え? 滅茶苦茶嬉しいんだが? 俺の作品を大事な人に贈って身につけてほしいって最上級の褒め言葉すぎんか? それも長年俺を支援してくれてる大口顧客の常連さんが! 作家冥利もここまでくると感謝しかないが?
「記念に渡すならリングも悪かねぇって、今思えばオレかなり浮かれてたわ」
グリムさんは一見、男が求める何もかもを手にした余裕の塊みたいな風体なのに、初恋に戸惑う少年みたいな顔で俺に告白した。
あーこの顔、俺が彼氏さんだったら絶対に見たい。目に焼き付けるだけじゃ足りないかもな。脳から出力できるプリンターとかあったら連写で出力して部屋中に飾ってもいいくらい綺麗で、男とか大人とか全然関係なくグリムさんはかわいかった。俺の心に乙女が爆誕したのが何よりの証拠だ。この人、底なし系の沼だわやべぇ。
「あいつからも記念が欲しいってせっつかれてたし、オレがもらうばかりなのは気分よくねぇだろ? 1番喜ぶの何かってなって、そういや指輪は一度もやった事ねぇなって」
俺の作ったリングをそれは嬉しそうに眺めて、自分の指に嵌めたり外してまた眺めたりするグリムさんは、勘弁してほしいくらい美人だった。性癖歪んだらどうしようよりも、新しい世界こんにちわな気分で、リングの石にキスするグリムさんをメインディッシュにコーヒーを啜る。目の前の綺麗な人に神経が全集中していて、味なんかもうさっぱりわからない。グリムさんの語りに一言も口を挟む気にならず、俺はひたすら傾聴して満足を得た。
「自分を飾るのに興味薄い奴なんだが、前注文したバングルのことをあいつが珍しく褒めててな。革の加工も石の嵌めも見事だって、オレに似合うって喜んでたから、お揃いはさすがに無理でも作家繋がりくらいならいけんじゃねぇかって夢が膨らんじまったんだわ」
ありがたい。俺の作品を褒めてくれて身につけてくれて大事な人とシェアしたいだなんて、ありがたくて涙が出そうだ。
恋人さんを思い出しているのか、グリムさんの顔がへにゃって歪んだ。幸せの波動が独り身の俺を直撃する。
リア充爆発しろって妬むガキの暗黒期はとうに過ぎ去ったはずなのに、俺は思った。リア充爆発しろ! そんで復活してもっかい俺に幸せオーラ浴びせてください! 恋の霊験あらたか間違いなしです!
「へぇ、随分いいもんつけてるじゃねえか?」
恋バナに突然邪魔者が割って入る。
ギョッとした。黒のバケットハットに薄い色付きのカラーサングラス、マスクはしてないが見るからに変装した有名人がグリムさんの腕を取って俺の指輪を吟味している。サングラスから覗く視線が鋭くて物理的に突き刺さりそうだ。誰だこいつ?
「は? え? 千子村正? 本物? マジで?」
「おうよ。声はもちっと抑えてくれるとありがてぇぜ」
俺の誰何と相手の応えにグリムさんは完全に固まっている。
カチカチに固定された指を取り上げた暫定村正さんは、グリムさんから指輪を取り上げるとご自分の指に嵌め直した。左手薬指にぴったり嵌ったのをグリムさんの目の前にひらひらと見せつける。
「どうよ? お前さんのお眼鏡に適ってるかい?」
ニヤリと笑った村正さんは、グリムさんに見せつけるようにリングの石にゆっくりと唇を落とした。そこで、俺はようやく気づいたのだ。琥珀って村正さんの目の色だ! グリムさん詩人かよ! 恋人の目を宝石に例えるのって愛が深いわ! しかも恋人の指に嵌めるって独占欲が重すぎないか?
俺はこの人たちに挟まる状況が急に恐ろしくてたまらなくなった。
村正さんの目が怖い。でも俺なんか歯牙にもかけられてなくて、グリムさんを視線で射止めている。獲物を狩るハンターの顔だ。勿論獲物はグリムさんただひとり。一発で仕留める寸前のヒリヒリ感が肌を刺した。
ということは、多分俺たちの会話の一部始終を聞いていたのでは? リングに時間差で間接キスしたのも合点がいく。
「なんだ、待ち合わせされてたんですね!」
立ち上がって席を譲ると、村正さんが会釈して俺が使っていた椅子に腰掛け、すかさずグリムさんの腰を抱いた。推しが俺のいた場所に座ってる。夢じゃない。
グリムさんの助けを求める顔を悪いと思いつつ俺は全力で無視する。友人は大切だが命は惜しい。昔から言うだろ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるって。馬どころか推しに蹴り殺されたくなどないに決まってるじゃないか!
「まぁな。こいつの相手してくれてありがとよ兄さん。すぐあっちこっちへとふらつく奴でな。全く目が離せねぇや」
サングラスを下げた村正さんが俺に軽く頭を下げた。ニッと口角を上げる笑顔が余裕綽々で、あぁ俺の推しかっけーなって脳が飽和した。
「村正?」
「全く、どこをほっつき歩いてんだお前さん。イベント終わったら一緒にハケるって儂は伝えてなかったかい?」
村正さんは愛しい者を見る目でグリムさんを一瞥すると、指輪をつけた方の手でグリムさんの左手を取った。
「こんないいもんをくれたんだ。お返しは同等じゃねぇとな」
村正さんはグリムさんの薬指をなぞり、意味深に俺の方を見た。
「兄さん、さっきのトークショーにいなかったかい?」
「え? 認知されてる?」
テンパる俺を愉快そうに村正さんが笑う。
「あんな顔で凝視されりゃ気づくってもんさ。親の仇かって目つきだったぜ」
「はぇ、すみません! 大変失礼しました!」
「いや、お前さんが儂の話を真剣に聴いてくれてるのがようくわかって嬉しいばかりよ。こいつが庭木やら鉢植えやらあれこれ手をかけるってんで始めた鋏作りがこんなに大事になっちまったが、お陰で縁づいたものもあらぁ。まぁこれからもよろしくしてやってくんな」
まさか、噂の家族ってグリムさんなのか? それもう恋人じゃなくて伴侶じゃないか?
俺はふたりの関係を甘く見ていたことに気付かされた。グリムさんの惚気っぷりからはそんな長年の関係とは思えない新鮮な恋心が溢れ出てたから、完全に取り違えていたが、この人たち、万年ラブラブ系なんだ。だって村正さんの態度、余裕ある割に独占欲が酷い。
いくら推しと友人とはいえ、熟年カップルのやきもちに巻き込まれたくはなかった。
「ちょっ、おまっ」
グリムさんが焦った声で俺を引き止めようとする。腰に回った村正さんの手がグリムさんに何かしてそうなのなんか、俺には全く見えていない。
「しばらく着け心地を確かめていただいて、サイズ感とかおかしな部分があったらご連絡くださいね。メールでもDMでもかまいません」
「おう、ありがとよ」
「え? おい!」
村正さんはグリムさんを抱き抱えるように席を立った。グリムさんはすでに足がふらついてて村正さんに半分以上もたれかかっていた。この短時間で何されたらあんなに足腰ガクガクになるんだ? 村正さん凄いけど怖い。でも満更でもなさそうなグリムさんも相当おかしいだろ。
「じゃ今日はこれで失礼します。あ、老婆心ながら、おふたりとも早いところ家でゆっくりされてくださいね」
めちゃくちゃ含んでしまったのはもうしようがないと、諦めてもらおう。だってこれ以上イベント内でいちゃつかれたら世間にバレる。多分グリムさんはそれを望んでない気がした。
「なぁ兄さん、後日になるが儂からも頼まれてくれねぇか? こいつに似合うとびきりのを用意してぇんだ」
そそくさと逃げようとする俺の背中に、村正さんの声がかかった。
心に湧き上がるのは純粋な歓喜。推しからのオーダーだったら何にもまして最優先だ。即座にデザインが頭を駆け巡る。グリムさんのオーダーと対になるのはマストで、革の色もあわせて、石は希望を確認して、早く帰って1秒でも早くデザイン画に取り掛かりたい!
「喜んで!」
どこの居酒屋店員だと自分でも笑いそうになったが、俺の返しに村正さんもグリムさんも苦笑している。家族は似るって言うけど、この人たち笑い方もそっくりだ。
あーいいもの見た! でも、リア充は爆発しろ!
古典的な祝福兼呪いの言葉を胸に秘め、道行く人に奇妙な顔をされるのも気にならず、俺は浮かれた気分でその後も会場を周った。後日、本当に連絡が来て、しかもふたり揃ってオフで打ち合わせにやってくる未来が来るなど知らない間、束の間の平穏を楽しみながら。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内